校長室は慣れてはいけないと思う
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「はぁ」
「物思いに耽ってるんですか?」
「どう見ても来たくなかったって意味だと思うけど?」
俺は神崎の婆さんの差し金で校長室に呼び出された。で、俺の横にいるのはニンマリ顔の薫だ。
その薫は、俺をここまで来させたという謂われは感じていないようで、俺にこんなことを言う始末だ。
「で? 婆さんはなんて言ってたんだ?」
「私が知るわけないじゃないですか~。私は、お菓子をあげるから呼んで来いって言われただけですよ~?」
「その口調やめような? おちょくりすぎだぞ?」
「あはは。恭介先輩は面白いですよね。つい、いたずらとかしたくなっちゃうんですよ」
「頼むからやめてくれ、お前のイタズラは洒落にならん……」
ついさっき、クラスで爆弾発言をしたばかりなのに薫は物足りなそうな言い方だ。
やだ何この子怖い!
でもまあ。神崎の婆さんが呼んでいるわけだし、急用なのだろう。そうでなかったらもう二度と来ない。
俺は校長室のドアを重々しく開ける。すると、そこには何とも言えない重い空気が広がっていて……
「失礼しました~」
バタンとドアを閉め、俺は回れ右した。
「またまた恭介先輩♪」
「ぐほっ」
回れ右した俺に、薫の笑顔付きボディーブローが炸裂。俺は腹を抱えて床に沈んだ。
待って。薫ってめっちゃ強いじゃん。しかもこの笑顔。やだ何この子怖い! ……もうこのネタやめよう。
数秒して、痛みは残っているものの薫が指を鳴らしてニコニコしているので俺は顔を青くして立ち上がった。
再びドアを開け、渋々中に入ると神崎の婆さんがギロっとこちらを見る。
「よぅ。呼んだそうだな」
「のぅ。御門恭介よ」
「な、なんだよ……?」
「真理亜には縞柄のパンツと無地のパンツどっちが似合うかのぅ?」
「むしろ履いてない方がいいんじゃないか? ……待て、ここまでの演出しておいて呼んだ理由がそれか?」
「悪いか?」
「帰らせてもらいます」
流石に頭に来た俺は回れ右する。すると、
「ダメですよ?」
笑顔の薫が右手を引いているのを目にして、俺はすぐさまガードの体制を取り、
「バカめ! 同じ技が通じるわけが――がっ」
「恭介先輩はお茶目さんですね♪」
ガードを敷いたことを悟っていたのか、薫はその先を読んでいてハイキックをしてきたのだ。
こいつ、プロか!?
だが、蹴られたことは甘んじて許そう。なぜなら、ハイキックのせいで捲れたスカートの中に、真っ白な夢の世界が、男のユートピアが!!
「ユートピが――!?」
「全く。恭介先輩のエッチ」
ユートピアと叫ぼうとしたのだが、戻り際の後ろ回し蹴りが俺の顎を揺らし意識が完全にシャットダウン。最後に聞こえた薫の声には非常に殺意の込もっているものでした。
そして、気が付くと俺は縄で縛られ拘束されていた。
「なあ。俺の記憶が正しいなら婆さんが俺を呼んだんだよな? この待遇はおかしくないか?」
「はて? そうじゃったか? 老体になってくると物忘れがひどくてのぅ」
「クッソババァ――」
「薫や。お菓子を追加してやるからそこの紐を引っ張ってくれ」
「は~い」
そう言って、言われるがまま目の前にある紐を引っ張る薫。紐を引っ張ると俺のズボンが脱げ、下がスッポンポンに……はい!?
縛られた状態での下半身露出とかどこのエロげだよ! じゃなくて、そんな目で見ないで薫さん!
「い、いや、待て薫。これはお前がやったことで、婆さんが企てた事だろう!?」
「死んでください」
「おかしくないかい?」
マジギレした薫の蹴りが俺の首から嫌な音を鳴らせる。
人って、首の骨折ると死んじゃうんだっけ? じゃあ、俺は死ぬんだな。さようなら人生。
そして、こんにちは来世! じゃなくて!
「死んだわ!」
「殺しましたから♪」
「やだ何この子怖い! てかこのネタしつこい!」
「もう一回逝きます?」
「いくがおかしい字なんですけど!?」
とまあ、そのあとも何度かそんなどうでもいい会話が続けられたあと、話は本題に入っていった。
「でな。お主に言っておかなくてはいけないことがあるのじゃ」
「まずこの縄どうにかして?」
「お前が送った使者。フレア・フレイが負傷して帰ってきたのじゃよ」
「だから縄を……は?」
神崎の婆さんが言っていることがわからなかった。
フレイが負傷? そんな馬鹿な。……死んでなかったのか?
「右目、左腕、右足、全身の骨の粉砕。どう見繕っても一ヶ月は動けない……何を笑っておるのじゃ?」
「くくく。フレイが負傷? そりゃおかしいぜ。俺の計算だったらあいつは死んでんだ。あいつが生きて帰ってきたってことは、あいつは俺が思っていた以上にタフで強かったってことか? こりゃあいい」
不思議と笑いがこみ上げてくる。
安堵とか、そんな生易しいもんじゃない。これはある種の希望への笑い。
敵、『ヴリトラを殺す者』は間違いを犯したってことだ。あいつ、フレア・フレイは怒らせると怖いぜ?
「で? 話はそれだけか?」
「あ、ああ。そうじゃが……」
「じゃあ縄解いてよ。俺、午後の授業受けなきゃいけないし」
「じゃから、そんな悠長なことを言っている暇は――」
「安心しろって。俺たちの平穏を壊そうとする奴らは俺が全員ぶっ飛ばすから」
薫は嫌々の顔を見せながら縄を解いてくれて、俺は立ち上がって出口に向かう。
その後ろで怒った婆さんが叫ぶ。
「ふざけるな!! 事はお主の思っている以上に進行しているのじゃ!! このままでは世界が壊れるのじゃぞ!?」
「事なんて、その場その場で考えれば事足りる。それに――」
それまで笑顔だった俺の表情から笑みが消え、冷ややかなとても冷たい目と表情で言葉は続けられる。
「何人も、俺の平穏を崩すことは許されない。たとえ、それが神という存在だったとしてもな」
「お主。一体何者なんじゃ?」
「見ての通り、ただの高校生ゾンビですけど?」
次の瞬間には俺の表情にいつもの笑みが戻り、またヘラヘラと笑っていた。
それを見て婆さんは凍えたように震え、同時に軽蔑するような眼差しを向けてくる。
だが、そんなことお構いなしに俺は校長室を出て、自分の教室に帰っていく。
「恭介先輩。ちょっと怖い人だね」
「何も考えておらぬ若人じゃ! 何が大丈夫なものか! 安心などできるわけもないわ!」
「そうかな? おばあちゃんはお年寄りだから気づかないと思うけど、恭介先輩は勝ち目があるって顔してるよ?」
「それなら良いのじゃがな」
未来が分かっているがために難しい顔をする婆さんを、薫は何の心配もしていないような顔でいる。
その理由は摩訶不思議だが、少なくとも御門恭介が関わっているからだろう。
「大丈夫だよ。恭介先輩がいるんだもん」
薫は笑いながらせんべいを口にして、笑った。