意外な強者は卑怯者だろ
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一本の剣を携えて、俺が相手にするのは久しぶりのドラゴン。
しかも、今度のドラゴンはちょっとばかり手ごわそうだ。なにせ、邪龍だからな。
俺はしたくなくても苦笑いをしてしまう。
『どうした人間。顔が引きつっているぞ?』
「バーカ。これは……笑顔だよ」
『そうか。ならば、その顔を絶望に塗り替えて、殺してやろう』
そう言って、凶悪な牙を見せびらかしたヴリトラは巨体の体を器用に動かして俺の上半身を食いちぎる。そして、バキバキと上半身を噛み砕いて飲み込んだ。
若干の静寂が妙に痛い。ついでに噛まれてマジで痛い。
え、マジ? 俺、詰んだじゃん。
一瞬。本当に一瞬だ。俺が死ぬまでに、かかった時間は一瞬だった。
まあ、生き返るのも早いのだが。
「っっっってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! 何してんの!? 馬鹿なの!? 早々に上半身を食いちぎる奴がどこにいるんだよ! 少しは考えろよ、この駄龍!」
『……ふむ。我に戦いを挑んだ時点で貴様を人間としてみていた我が馬鹿だった。問おう。貴様は何者だ?』
化け物のオンパレードだ。一匹は人間の姿をしたものを一瞬で食いちぎり、もう一匹は食いちぎられた箇所から再生していくのだから。
だが、戦いは始まったばかり。今度はこっちの番だろ。
俺は剣を握ろうとして、握れないことに気がつく。
剣が、あいつの体内に入ってしまっている。
一度使った能力は丸一日使えない。だから、さっきの剣を呼び出すことはできない。つまり、全力を開放しないとさっきと同じような能力が発動しない。
全力を出してまで戦うべきか。それとも違う能力で倒すか……あいつを死滅させるだけの力は俺は持ち合わせていない。
俺は頭をフル回転させる。
真実を貫く拳は殺生にはその威力を発揮しきれない。
神殺しの牙は相手が神の時のみその能力をフルに使える。
俺が持ち合わせる全ての能力を省みても、勝利を約束された剣だけがあいつに有効なのだ。そして、それを俺は今なくした。
どうする。どうするどうするどうする! 俺の幸福は安易には削れない。俺の幸福は既に俺だけの幸福じゃないからだ。あいつらを巻き込む条件は呑むことができない!
対してヴリトラはやりたい放題だ。何もない奴はこういう展開の時に厄介なんだよ!
再び、ヴリトラは俺を食いちぎろうと顔を近づけてくる。
俺はそれを辛うじて避け、考えを展開する。
ここは全力を出して、あいつを死滅させることが最優先だろう。数知れぬ不幸を恐れて、全てを失うよりはマシだ!
俺はもう一度メダルを握り、宙に弾く。
「俺、御門恭介が願い奪う。逆境を切り抜け、希望を叶える力を。誰もが笑い合える黄金のような楽園を。今、俺の元に来い、勝利を約束された剣!!」
瞬間、あたりが輝かしい世界に変わる。
全ては黄金と数々の剣に染まり、荒廃した街はその姿を元に戻しつつあった。
勝利と平和を掛け合わせたこの能力だからこそできる芸当。全てを元に戻し、その上で勝利する。
その代償は大きいが、得られるものもまた大きい。
ゆえに。
「ここにあるのは全てまがい物で本物だ! テメェを死滅させるだけの力を持ったこの世界で、テメェはいつまで生きていられるかな!」
そう言って、俺はいつの間にか手に収まっていた剣を地面に突き刺し、すべての剣に命令する。
相手はたった一匹のドラゴン。こっちはドラゴンスレイヤーとも呼ばれた英雄の剣の集団。
こっちが有利なのは誰の目にも明らかだ。しかし、
「なっ……」
『ふん。貴様の力はその程度か?』
ヴリトラに飛んでいった無数の剣たちは触れる前にその姿を消していく。
何だ。何が起きた?
見ると、剣が当たる瞬間、呪詛と呼ばれた技が命中し、剣の威力と存在を中和、消し去っていた。
さっきしたことを、逆手に取られたのか!
今更、あいつの呪詛の攻撃を消し去ったことを後悔した。
きっと、ヴリトラはニヤッと笑ったのだろう。その証拠に意気揚々と、または悠然とこちらに近づいてくる。
こっちの攻撃が当たらない。ヴリトラの攻撃は無条件で喰らってしまう。
駄目だ。どうしようとも、勝算や突破口が見当たらない。完全な詰だ。
奥歯を噛み締め、自分の無力さに怒りを感じる。
主人公の力を使っても、勝てないのか。あいつの屈辱を晴らすことすらできないのか、俺は!
『さあ、死ね。人間!!!』
ヴリトラの顔が近づいてくる。凶悪な牙が、ワニの三倍はあろう口が、生臭い息が、言い逃れのできない恐怖が、俺を震え上がらせた。
何もできずに、死ぬのか?
俺は背後に目をやると、俺がまだ勝つと信じている奴らがいた。
あまりにも他人任せだ。それはもう、暴力の域に達するほどの想いだ。
でも、俺はそれに答えなくちゃいけない。
そう、たとえこの身が何度壊れようとも。
しかし、ヴリトラを止めたのは俺ではなかった。
「やめて……この人を、恭介くんを、殺さないで」
俺とヴリトラの間に立ったのは春だった。
春は恐怖のためか、またもや死を覚悟しているからか、膝が笑っていた。
「何……してんだよ」
「ごめん、ごめんね。私が蒔いた種だから。これは、私が止めなきゃいけないから。だから、ごめんなさい」
何がだ? 何がごめんなんだよ?
『野々宮春。では、貴様の肉体を頂く』
「うん。その代わり、この人たちには手を出さないで」
俺が固まっている間に話が進んでいく。
春が、行っちまう。ヴリトラのもとに。あれだけ嫌った、不幸に。
声も出せない俺は、ただ手を伸ばすだけだ。
春は、ちらっと俺の方を見て、いつものように微笑む。その微笑みには、悲しみしか映らない。
なんでだ。なんで、春が悲しまなきゃいけないんだ。
春はまっすぐ歩いていく。
奪われるのか。俺は、仲間を奪われてしまうのか?
何もできなかった。できるはずがなかった。なら、なんで俺はここにいる。最初からわかっていた敗北になんで悔しがる?
敗北とわかっていても、奪われたくなかったんじゃないのか?
違う。俺が求めた結末はこんなんじゃない。誰かを犠牲にしなければ成り立たない人生なら、俺は俺自身を犠牲にする。俺の人生を誰かの不幸によって成り立たせたくない。
俺は全身に力を込めて、立ち上がる。
行かせない。犠牲になろうとする奴を、春を。俺は行かせない。
見ると、春はヴリトラの腹部に手を触れようとしていた。
「やめろ。やめろぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
その時、俺のポケットから眩しい輝きが呼応するように光りだす。