かくして、面倒はお帰りになった
読んでくれると嬉しいです
目を覚ますと、そこは見知らぬ和室。
なんか、こんなこと前にもあった気がする。
俺はデジャヴのような感覚に陥りながらも、上体を起こしてあたりを見る。
「先輩。起きたんですか?」
和室の扉を開けて、神崎が入ってくる。
俺は適当に相槌を打つ。
「先輩……私、そろそろ現実に戻ろうと思います」
「そう、か。じゃあ、今日は別れの挨拶か?」
「はい。もう二度と、会うことはないでしょうね」
「おいおい。悲しいこと言うなよ」
いつものように、俺はどうでもいいことで茶化す。
神崎は、さすがというべきか慣れておりそんな茶化しを躱して話を続ける。
「覚えていてください。先輩は三年後、死にます」
「いや、厳密には何回も死んでんだけどね? おもにお前のせいで」
「わ、私はそんなに殺してませんっ!」
いや、何回槍で腹を裂かれたことか。物理的に内蔵が強くなっちゃうよ。
神崎は床に正座して、下を向きながら小さくつぶやくように言う。
「先輩……私は、未来を変えることができませんでした。先輩のようにみんなを幸せにすることは、できませんでした」
悲しみに溢れる瞳で、悲しげに放たれた言葉は美少女の涙とともに俺のもとに届く。
俺はそんな言葉を馬鹿にするように笑った。
「先輩?」
怒ると思ったが神崎が不思議そうに首を傾げているだけだった。
だから、俺は言葉を紡いだ。
「別に、俺はお前らを幸せにしようとはしてねぇよ。俺は、俺の幸せのために戦ったんだ。それを、勝手に解釈するなよ」
「で、でも!」
「バーカ。俺はそんなに誇れるようなやつじゃないんだよ。他人のために戦えるのは英雄や少年漫画の主人公だ。俺は英雄でも、少年漫画の主人公でもない。ただの怪物だ」
俺は視線から神崎を外し、そういった。
すると、神崎はもう話すことはないと言うかのように立ち上がる。
「先輩は、変わらないんですね」
「変わってたまるかよ。俺は俺、お前はお前だ。一生変わらない、たった一つの信じられる事の一つだ」
「じゃあ、私はこれで」
「あー、なんだ。ちょっと未来のやつに伝言があるんだけど、大丈夫か?」
「はい?」
神崎は再び不思議そうに首をかしげる。
神崎が立ち止まったことを確認してから、俺は神崎を見ずに言う。
「テメェの女に心配させんじゃねぇ。って、未来の馬鹿なゾンビに言ってくれ」
「……先輩は、生きていると思うんですか?」
「死ぬ理由がないからな。それに、言ったろ?」
俺は神崎に向き直り、笑顔でこう言った。
「ずっと、俺のそばにいろってな。なにも、綺羅だけじゃねぇ、これはお前もだ。だから、俺から離れることは絶対にしねぇ」
「……やっぱり、先輩は変わらず馬鹿なんですね。分かりました。私に出来ることなら、未来で馬鹿なゾンビにこの伝言を渡しましょう。では、二度と会うことがない、今生の別れを」
「ああ、じゃあな」
神崎は言って扉に向かって歩いていく。
扉を潜る瞬間、小さい声で、
「ありがとうございました。恭介さん」
と、聞こえたのはきっと幻聴だろう。いや、そうであってほしい。
俺は、あいつが求めていた御門恭介ではないのだから。
「お話は済みましたか?」
考えていると、小さい子特有の甲高い声が室内に響いたので、俺は再び扉の方に目を向ける。
そこには一人の幼女が立っていた。
「お前は確か、神崎の婆さんと一緒にいた」
「はい。健速須佐之男命の愛刀、天叢雲劍、またの名を草薙の剣と申します」
「おおう。まさか、無機質な物がこんな可愛らしい子になるとはな。もう、何でもアリなわけだ」
「? 意味がよくわかりませんが、今日はお礼を言いに来ました」
そう言って、天叢雲劍と名乗った幼女がぺこりと頭を下げる。
俺、感謝されることしたっけ?
「我が主、健速須佐之男命を止めていただき、ありがとうございました」
「いや、俺は何もしてねぇよ」
「いえ、元はあなたが我が主を本気にさせてくれたおかげで、我が主の位置を特定できたわけですし。やはり、ありがとうございます」
幼女は俺に頭を下げたまま、丁寧に言う。
なんか、これって犯罪っぽく見えるのは俺だけ?
幼女に頭下げさせるとか、なんか倫理的にダメな気がする。
だから、俺はさっさと話を済ませようと早々に切り上げる準備をする。
「ああ、もういいからさ。頭上げろよ」
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、私は最後にこんなにも綺麗な景色を見られました」
「は? 最後? なんで?」
「剣とは、人を殺めるものです。戦争や争いごとがなければ存在価値はありません。存在価値がなくなったものは消え去るのが世の理、ゆえに私は消えます」
常時無表情な幼女は悲しげな顔すらせずに淡々と自身の最後の理由を語る。
それを聞いて、俺はため息を着く。
そして、
「天叢雲劍」
「はい?」
俺が名前を言うと、幼女を無数の鎖が絡め取っていく。
幼女は理由がわからない間に鎖に絡め取られ、身動きがとれないでいた。
「これは、どういうことですか?」
「お前さ。自分は存在価値がないとか、意味不明なんだけど。それでいいわけ?」
「私は剣。剣は考えることはしませんよ?」
「はあ……なら、俺がお前に存在価値を与えてやるよ。俺のそばにいろ。永遠に俺のそばでいろんな景色を見ろ。その代わり、俺がお前にもう二度と消えたいと考えられないような思いをさせてやるからさ」
「……」
「ん? どした?」
「不思議です。我が主、いえ元我が主にも昔そんな事を言われました。そして、それは叶えられませんでした。あなたの言葉は信じられますか?」
「さあ? 分かんねぇけど。あいつよりはマシなんじゃね?」
どうにも無責任な言い方になってしまったが、幼女はそれでもいいと言うように頷く。
すると、鎖は契れ、契約が完了する。
「御門恭介様。あなたを新たな我が主として、我が力を献上します。この命、亡くなろうとも我が魂は永遠にあなたのそばを離れないことを誓いましょう」
「堅い堅い。いいよ、俺にそういうのは。気楽に行こうぜ?」
「そうですか? では、御門恭介様どうすれば?」
「まあ、そういうのは後々考えよう。それと、御門恭介様って呼び方やめようぜ? 恭介でいいよ」
「分かりました。恭介様」
先に言っておく。さっきまでは目の前の幼女は無表情だった。
しかし今、目の前にいたのは無邪気に微笑む可愛らしい幼女だった。
「? どうかなされましたか?」
「な、なんでもねぇよ」
ったく。可愛い顔しやがって。
俺は本能的に幼女から顔を背け、ちょっと怒ったように言う。
チクショウ。あっついなぁ。