終わらない物語などない
読んでくれると嬉しいです
俺の拳とスサノオの拳が交差する瞬間、
「そこまでじゃ!」
萎れたような、だが快活な声が聞こえた。
すると、俺の拳がスサノオの鼻を掠り、スサノオの拳が俺の頬を掠って止まる。
「お、おばあさま?」
真理亜の言葉を聞いて、俺の固く握られていた拳がやっと解けた。
同時に、スサノオも口惜しそうだったが拳を引っ込める。
振り返れば、そこには神崎の婆さんがいて、その後ろに黒い髪をした幼女がいた。
「神崎の婆さん。なんのようだ?」
「貴様こそ、何様になろうとしているのじゃ。神殺しなど、するものではない」
「うっせ、元はといえば――」
「わかっておる。神、健速須佐之男命。御身に会わせたい者がいるのじゃが、会ってみてはくれぬか?」
神崎の婆さんは、丁寧な言い方でスサノオにもの申し上げる。
スサノオはそれを鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「人間の、しかも老人の言葉などに耳を傾ける気はない。我に会いたければ、貴様から出てくるのが道理――」
「ほほう。私に会えと言うのに、道理も何も関係あるのかのぅ?」
神崎の婆さんの声じゃない。これは、引きこもり(アマテラス)だ。
その声を聞いて、スサノオは驚き飛び退く。
「あ、あああ、アマテラス!? な、なぜお前がここに……!? はっ、お、お前の領地だったのか!?」
「今更気が付くか。昔言ったのぅ? 私の領地に足を踏み入れるのならば、必ず私の元に来いと。しかも、一年に一度は参れとあれほどいっただろう!」
「ま、待て、アマテラス! こ、これには深い事情が!!」
逆立つアマテラスの髪を見て、スサノオは己の危機を認識し、弁解の言葉を上げるがアマテラスはそれを聞き入れようとはしなかった。
あれほど戦闘を好んだスサノオが、今ではただの怯える神様に早変わりしていた。
「さあ、今夜は私と一緒に飲むのじゃ! 一ヶ月は寝かせんぞ!!」
「ひぃ!!」
アマテラスはスサノオの首根っこをがっしりと掴んで大笑いしながらどこぞへ消えていった。
これは後日談だが、それから一ヶ月真理亜は学校に来なかったらしい。
まあ、それは置いておいて。
「はあ……お、終わったのか?」
神、スサノオが消えて数秒して俺は地面に崩れるように座り込む。
あたりを見れば、廃墟と化した住宅街。これは綺羅の家も無事ではなさそうだ。
しかし、そんなことよりも、何よりも、疲れた。
「先輩」
「恭ちゃん」
真理亜と綺羅が俺のそばに寄ってくる。
俺も断る理由はないので放っておくと、一人だけ不審な行動をする人物がいたことに気が付く。
「どうした? 神崎」
「いえ、やっぱり無茶ばかりするんだなぁって思っただけです」
「一応救った身だぞ? もうちょっと言葉選ぼうね? 傷ついちゃうよ?」
「傷つくほうがいっそ消えてしまうよりはマシですよ」
神崎の言葉で勝利の余韻もなにもあったもんじゃない。
俺は肩を落とし、深い溜息とともに神崎に向かって言う。
「お前さ。何か勘違いしてない?」
「はい? 何がですか?」
「今、お前の前にいるのは俺だ。御門恭介だ。お前の知ってる御門恭介でも、お前の見てきた御門恭介でもない。俺は、ナンバーワンでオンリーワンな御門恭介だ」
「意味が、わかりませんけど……」
「だから、お前の大好きな御門恭介じゃないってことだよ」
「なっ……ば、馬鹿な事を言わないでください!!」
そう言って、神崎は顔を真っ赤にしてそっぽを向いて大騒ぎする。
それと同時に、真理亜も顔を赤くして俯いてしまっている。
ん~。俺が思ってた以上の反応ですなぁ。オラ、ワクワクしてきたぞ!
内心、将来が楽しみだと思いながらそっぽを向き続けている神崎に言う。
「そろそろ、お前の現実帰ったらどうだ?」
「現実なんて、苦しいだけですよ」
「でもさ、焦がれるよりマシだと思うぜ?」
「……!」
振り返った神崎の目に、薄らと涙が見えたが、それを俺は無視した。
それよりも、怒りを顔にする女の子がいてはいけないと茶化すように言葉を放つ。
「そう怒るなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「茶化すつもりですか?」
「ああ、もちろんそうだけど?」
「あなたって人は!」
「ああ、すまんすまん。でも、了承してくれよ。俺、もう意識なくなりかけてんだしよ」
「え?」
気が付けば薄れゆく意識の中、掠れ行く視界を通して全員の顔を見る。
そして、
「あー、すまん。あと、頼んだ」
ついに、俺は全身を地面に預けた。
あとは沈む意識の心地よい感触を味わうだけ。
俺だけの勝利の余韻を十分堪能しながら、俺と幼馴染、未来の出来事も物語は収束を迎える準備を始める。