最近、幼馴染のようすがちょっとおかしいんだが。
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翌日、いつもなら綺羅が元気よく起こしに来るのだが今日に限って起こしに来なかった。
よって、俺は自分で起きなくてはいけなくなり、眠い中、重い体をゆっくりと起こして項垂れる。
「あぁ……眠ぃ……」
本物のゾンビもびっくりの低い声で、俺は深く深く息を吐く。
時計を見ると、午前七時。もう、あと三十分で家をでなくては遅刻ギリギリだ。
綺羅がいないということは自然と朝飯ができていないということにほかならない。つまり、時間がない中で飯の支度をしなくちゃいけないということだ。
仕方なく布団を出て、俺は朝飯を作りに行った。
だが、キッチンには先客がいた。
「あ、先輩。やっと起きたんですか?」
「……おぉ、俺にはまだ神崎という最終防衛ラインがいたんだった」
「はい? 朝から頭がおかしい人が言うようなことを言わないでください。……もう少しでできますから、着替えてきてください」
「へいへい」
「はいは一回」
「へーい」
「はあ……どこのわからず屋ですか」
「ここのわからず屋ですが?」
キッチンにいたのは神崎だった。神崎はピンクと白のエプロンをつけて、鍋とフライパンを器用に動かして朝ごはんを作っていた。
そんな神埼と朝からそんなくだらない会話を繰り広げ、俺はあくびをしながらも着替えに部屋に戻った。
にしても、綺羅が飯を作りに来ないのか。風邪か? あとで電話しよう。
俺はパジャマを脱ぎ、制服に着替え、キッチンに向かった。
「はい。できてますよ」
「おお、サンキューな。今日は和風か」
「嫌ですか?」
「いや、俺は作られればなんでも食べる。食べられるものならな」
「安心してください。食べられますから」
席に着き、箸を持って焼き魚に箸をつけていく。
うん。絶妙な塩加減がご飯を次々と口に運んでいく。なかなかに美味だ。
俺はそんなことを考えながら、ご飯を直ぐに完食した。
「そうだ、神崎。綺羅は?」
「え? ああ、綺羅さんなら、朝電話で朝ごはんを作ってあげてと言われて……って、どうしたんですか?」
俺は神崎の言葉を聞いて、俄かに信じられずに、持っていた箸を床に落としてしまった。
綺羅が、自分以外に俺の飯を作らせる……だと? ありえない。あいつに限っては絶対に!
しかし、現に神崎は許可を得て作っているわけだし……綺羅のやつ、何考えてるんだ? 本当に風邪なのか?
俺は幼馴染が柄にもなく心配になり、携帯を取り出して電話を掛ける。
「……綺羅か?」
『ふぇぇぇぇ!? き、恭ちゃん!? どどど、どうしたの!?』
「おい待て、どうしたはこっちのセリフだ。お前、自分以外に俺の飯作らせるとか大丈夫か?」
『だ、大丈夫だけど!?』
「全然大丈夫そうに聞こえねぇよ! なんで声が裏返ってんだよ!」
『と、とにかく大丈夫だから! あと、今日学校行かない! 晩ご飯も真理亜ちゃんに頼んで! じゃあね!』
「あ、おい! ……切りやがったよ」
俺は綺羅の動揺っぷりに完全に何かあると勘付いているが、面倒なので助けを求められない限り助けないと決意した。
真理亜はそんな俺に疑問符を起こしていた。
「先輩。綺羅さんは、何かに巻き込まれているのでは?」
「だから?」
「助けないといけませんよね?」
「なんでそうなるんだよ。なんで、困ってたら助けないといけないわけ? 俺は有志のヒーローじゃありません。ちゃんと給料制のヒーローです」
「給料なんて払われてませんよね?」
「このご飯だろうが」
「……なるほど、理解に困ります」
神崎は眉間に皺を寄せて、頭を抱えていた。
俺は立ち上がり、学校へ行く準備をしようとすると、どうやらうるさくて起きてきたクロエが目を擦りながらリビングに入ってきた。
「おう、クロエ。おはよ」
「おはよぉ~。もう行っちゃうの?」
「いや、まだ少し時間がある」
「じゃあ、ご飯食べさせて?」
「なぜ? ひとりでも食べられますよね、クロエさん?」
「恭介が優しくしてくれない」
「先輩!」
「二対一とか……ひどくない? ねえ、ひどくない?」
クロエの幼い眼差しに神崎は既にノックアウト状態を通り越して、寝返ってしまった。よって、二対一に俺は勝てずに、クロエの思惑通りご飯を食べさせることになった。
しかし、しかしだ。この状態はまずいだろう。なにせ、幼女が高校生の膝に座ってお口をあーんさせているんですよ? ロリコンが見たら発狂ものですよ? まあ、俺はロリコンじゃないから発狂なんてしないけど。
「ほれ、口開けろ」
「あーん」
「美味しいですか? クロエさん」
「うん!」
「そりゃよかったな……そろそろ――」
「次はこれね!」
「……はあ」
俺がクロエの口元にご飯を持っていき、クロエは嬉しそうにそれを頬張る。神崎は、そんなクロエを見てニコニコと母性愛に満ちた笑顔で見つめている。
傍から見れば仲が良い夫婦に見えるのだろうが、忘れてはいけない。今、俺にご飯を食べさせてもらっている幼女はついこないだ北半球を吹き飛ばそうとした張本人であり、母性に目覚めたムチムチな体つきの神崎は槍で既にふた桁に近い殺人を行っているのだ(主に、俺を殺して)。
こんな殺伐としている食卓があっていいはずがない。
そういえば、さっきから心臓がバクバクいっているのだが、これは何だ? 恋? もしくは幼女に目覚めた? ……いや、どう感じても恐怖か。
まあ、そんなことは置いておこう。というより忘れよう。
「綺羅のやつ、本当に大丈夫なのか。ったく、あいつは昔っから俺に心配かけないようにして、迷惑かけるんだからよ」
「本当に仲がいい幼馴染なんですね」
「あ? どこをどう聞いたら仲が良く聞こえんだよ。迷惑してんの、俺は。毎朝侵入してくるし、飯は作るし、包丁は投げるし」
「でも、楽しいんですよね?」
「……まあ、それは……そうだな」
「じゃあ、今日綺羅さんをお見舞いをしに行きましょう」
「いや、いいや」
「ええ!? ど、どうしてですか!」
あの様子から、俺が行ったらきっと綺羅に迷惑をかける。というよりも、両方迷惑する。
あいつが来るなって言った時は行かないべきだ。あいつが来いって言っても行かないべきだ。どちらにしても、迷惑を被られる。
「先輩、今日お見舞い行きましょうよ!」
「行くか、バカ。それより、さっさと学校行くぞ」
「ま、待ってくださいよ!」
「いってらっしゃーい」
神崎との会話を一方的に遮断し、俺はカバンを持って外に出る。神崎もそれを追いかけてきて話のことなどとうに忘れていた。クロエはまだ残っている朝食をチビチビと食べながら俺たちに手を振っていた。
まあ、綺羅のことだ。きっと、面倒なことに巻き込まれているのだろう。放課後、お見舞いにでも来るか。もちろん、一人でだけど。
どうやら、俺はひねくれているらしい。しかも、矯正できないくらいに。
とにもかくにも、こうやって面倒な一日は開幕した。