正義とは、犠牲になるということにほかならない
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右腕、左腕ともぎ取られ、尚且つ存在すら消し去りそうな攻撃を前に、先輩は未だに負けというものを信じていなかった。
私といえば、タジタジとして、今もなお動けていない。
どうやら、クロエさんは先輩を倒すために本気を出したみたいで、先輩はそれをどうにかしようと奮起しているようだが、どう見ても勝ち目などない。完敗だ。
それなのに、先輩は逃げない。まだ、立ち向かおうと思考を走らせている。
「せ、先輩!!」
私が叫ぶのと同時に、クロエさんが先輩に攻撃を放った。
すると、先輩は一瞬私を見て、消え去った。跡形もなく、灰と化した。
その姿を見て、時間が止まったように感じた。
先輩が……死んだ? 不死の先輩が、跡形もなく消えた?
状況はわかっている。だが、理解したくないと自分の心が叫んでいる。
「やっと、死んだのかな? これだから、不死は扱いづらいんだよね」
クロエさんはふぅと一息ついて、余裕綽々と佇んでいた。
それを見て、私が急に怒りが沸いてきて、ついにはクロエさんを睨んでいた。
「なに、その目」
「あなたは、何をしたのかわかっているんですか?」
「怪物を殺しただけだけど?」
怪物。確かにそうだ。先輩は怪物だ。死なず、龍を倒してしまうほどに強く、馬鹿だ。
でも、誠実なのだ。自分の決めたことは必ず突き通そうとする。自分の正義のためなら何の犠牲だって厭わない。そして、その犠牲はいつも自分だけだ。
これほどまでに純粋なヒーローは、世界中探したって先輩しかいない。
逆を言えば、それほどまでに馬鹿なのだ。なれないものに、一生懸命努力して真似をする馬鹿なのだ。
それが、私が気に入った怪物なんですよ。
「あなたは、何も分かってません。先輩は、あなたを助けようとしていたのに、なんで殺したんですか」
「面倒だったから。それに、アタシに殺されるような怪物が、アタシを助けられるわけ無いでしょ?」
「それでも!! 先輩はあなたを助けようとしていたんです! 敵わないとわかっていながら、あなたを助けようとしたんですよ!?」
「敵わないものに立ち向かうのをバカって言うんだよ」
クロエさんはそう言い捨て、そっぽを向いてしまった。
なんですか、その言い草は。自分を助けてくれようとした人を殺して、その言い草はなんですか!
先輩は……先輩は!!
「先輩は、あなたを助けたかっただけなのに!!」
「うるさい」
一言言われただけで、体が重くなる。どうやら、重力を上げる魔法でも使われたようだ。
しかし、ここで倒れてはいけないと、体が勝手に立ち上がる。
そして、
「なんで、先輩を殺したん、ですか」
「まだ、諦めないの? もう」
重力が増し、体の骨が根を上げる。
だが、倒れない。体は倒れることを拒否する。だから、倒れることはない。
それを見て、クロエさんは渋い顔をする。
「全く、これだからアイツと真理亜は。今も未来も変わらないんだね」
「み、未来? なんで、あなたが未来のことを……?」
「アタシはこれでも魔女ですから。と言っても、理由はそこじゃないんだけどね」
「何を、言って、いるんですか?」
「まだ、知らなくていいことだよ。だから、おやすみ」
もう一度重力を上げられ、とうとう私の体は立っていられなくなり、地面に叩きつけられる。
「がっ」
口からも血を吐き、内蔵が潰されそうになるのに耐えながら、クロエさんを見ていた。
痛い。体が潰されるように、痛い。
しかしながら、口は言う。
「クロエ、さん……」
「まだ、気を失わないの? バカみたい。諦めても、誰も恨まないのに。むしろ、真理亜は頑張った方なのに。しょうがないね。殺してあげる」
そう言って、クロエさんは右手に炎を滾らせた。
その炎は先輩の右腕をもぎ取った炎と相似していた。
だから、私は恐怖した。あれを喰らえば、簡単に体を真二つにされてしまう。
私は先輩と違って不死じゃない。つまり、死んだら生き返ることはない。
私の体は震え始め、目には涙を浮かべる。
嫌だ。死にたくない。先輩に救ってもらったこの命で、これからも生きていたい。
だが、クロエさんは無慈悲に右手を振り下ろした。
し、ぬ……?
目を瞑った瞬間、何かの閃光がうっすらと見えた。それから、数秒しても体に痛みを感じない。
どうしたものかと思って目を開けると、そこには雷竜が立っていた。
「雷電、さん?」
「おお、嬢ちゃん。元気してたか?」
「元気してたか、じゃないですよ! 今まで何してたんですか!」
「いやぁー済まない済まない。ちょっと、酒飲んでた」
「殺しますよ!?」
「安心しろ、まだちょっと酔ってる」
「何一つ安心できませんよ!? ホントに何しに来たんですか!!」
「いやはや、時間稼ぎというのは、本当にめんどくさいし、面倒だな、うん」
「だから、何を言って……時間稼ぎ?」
今、確かに雷電さんは時間稼ぎといった。
何のための時間稼ぎ? この場をひっくり返すことができる人はいないはずなのに……。
いや、居る。たった一人だけ、この状況をひっくり返すことができる怪物が。
「俺、御門恭介が願い奪う。逆境を切り抜け、希望を叶える力を。誰もが笑い合える黄金のような楽園を。今、俺の元に来い、勝利を約束された剣!!」
瞬間、黄金の光とともに剣の楽園が想像された。
「せん、ぱい?」
そこには、一人の少年が立っていた。
さっき、存在さえも消されたはずの、少年の姿がそこにはあった。
その事実に、私は涙を流すこと以外はできなかった。