どうも、ハイスペックゾンビです
読んでくれると嬉しいです
目が覚めると、そこは真っ白な世界――――いや、病室か。
記憶が戻ってきて、先ほど起こったことを詳しく思い出す。
タナトス。確か、どこかの神話の神で死を司る神だった気がする。そんなものが存在して、尚且つ俺を生き返らせた?
まさか。そんなことはありえない。……と、昨日の俺は笑うだろうな。
しかし、それは実際に起こった。目の前にタナトスと名乗る神が現れ、瀕死、いや死んでいた俺の体を元通りにした。
これは、奇跡などではない。神の必然だ。
「とは言ったものだが、俺は神は信じないんだよな」
俺が最も嫌う朝の日差しに、俺は初めて安心感というものを感じた。
窓の外を眺めながら、俺が小さくそう呟くと、
「それは困るな! 僕という存在と契約しておきながら、信じないのは! まさに、天罰が起きるかも知れないよ!」
……チョーハイテンションなんですけど、この神様。
「あのなぁ。いきなり出てくるな。俺でも流石にびっくりする」
「あははは! それは面白い冗談だ!」
「真面目だよ!!」
俺は頭を抱えて、深い溜息をついた。
ダメだ。自分のペースが乱れる。全部このよくわからない神様のせいだよ。
「何をそんなにアッツイ視線を僕に向けているのかな? まさか、そっち派かい? 二刀流かな?」
「違うわ!」
「え……まさか、男子だけ――」
「気色悪いことを言うな!!」
「好きなのかい?」
「言うなって言ったよな!?」
ツッコミに疲れて、俺は肩で息をし始める。
なんだよ。神様ってのはこんなにも馬鹿なのか? それとも、コイツだけが馬鹿なのか?
「ちなみに、ほかの神様はもっと偉い存在だよ」
「なら、もうちょっとそういう威厳を見せてくれよ……」
「嫌だね」
「即答、ね……」
流石にこれ以上はこっちがもたない。そう思って、俺は再び窓の方を見る。
「俺は……死なないのか。いや、死ねないのか」
「不満かい?」
「いや、全然。死ぬっていうのは、あまり興味がわかないな」
「はは。そうでなくては困る。君は、僕が見つけた新しい物語なんだから」
物語、ね。コイツが何を考えて、何を企んでいるのかは不明だが、死ねない体というのはそれはそれで面白みがあっていいかもしれない。
繰り返される毎日に、あまりにも理不尽極まりない世界に飽き飽きしていた俺には、それくらいの衝撃が、衝動がちょうどいい。
「ちなみに、俺が死ぬとどうなるんだ?」
「死ぬことはないが。たぶん体をバラバラにされても痛みだけを感じて、いつかは再生すると思うよ」
「思うって、どういうことだよ」
「そのままさ。再生するかもしれないし、しないかもしれない。ただし、痛覚はどちらでも適応される」
なるほど、体が再生ね。まあ、しない可能性もあり、か。
俺は再び体をベッドに預け、天井を見た。
何の面白みのない天井。しかし、俺は笑っていた。明らかにこの状況を楽しんでいた。ゾンビという自分に、神様というタナトスに面白さを見出してしまった。
「なあ、タナトス」
「なんだい?」
「楽しいとは思わないか? 死ねない体なんて、まるで物語の主人公みたいじゃないか。逆光をバネにするように、仲間の危機を助けるように、苦難の中でもがき、そして見出すかのように、俺はまるで主人公だ」
「はは。それは面白い見解だ。君が主人公なら、僕は何になるのかな?」
「あながち、導き役ってか? 大概、そういう奴が重要な秘密を隠してるんだよな」
タナトスは笑い、俺も笑った。
考える余地なく、俺とタナトスは似た者同士だ。面白さを好んで、つまらなさを否定する。面白いことのためならなんでもして、つまらないことはどうやってでも排除しようとする。
このふたりだからこそ、今こうやって笑っていられるのかもしれない。
「恭ちゃん? 恭ちゃん!!」
病室のドアが開き、綺羅が涙を流しながら俺に向かって抱きついてきた。
ふにょんっと、標準サイズの胸が俺の顔面で激しく揺れる。
ああ、これはこれで幸せだ。幸せなのだが。
「ひは! ひはっへふ、ひはっへふっへ!!(綺羅! キマってる、キマってるって!!)」
そう、首に回された腕が俺の気道を塞ぎ、尚且つ標準サイズの胸が俺の口を塞いでいるため息ができないのだ。
幸せの中で死ぬのか。いや、死ねないのだが、これは一度死んでしまうようだ。
俺の息が完全に止まると、綺羅もおかしいと思ったのか俺を抱くのをやめ、様子を見る。
「恭ちゃん!?」
俺が息をしていないことに気がつき、俺の肩をブンブンと振る綺羅。
そして、
「ぶはっ! し、死ぬかと思ったぁー……いや、死んだんだけどな」
物理的に生き返った俺に、再び綺羅抱きついてこようとしたので、俺はそれを避けて、
「恭ちゃん?」
「大丈夫だ。抱きつかなくてオーケー。オールグリーンだ」
ジェスチャー付きの説明で、なんとか綺羅の殺人絞め技を拒否できた。
しかし、ホントに綺羅にはタナトスが見えていないんだな。それをいいことにタナトスの野郎、綺羅のパンツを下から堂々と見てやがるよ。
俺がタナトスに視線を送っていると、タナトスは笑って親指を立ててグッジョブをしてきた。
何がだ!? 何がグッジョブなんだ!?
俺は何か不吉な予感がしたので、さっさとそこからいなくなれとジェスチャーすると、
「恭ちゃんどうしたの? やっぱり頭打っておかしくなっちゃった?」
「おかしいのはお前だ! いや、おかしくはないけど、とりあえず俺に近づくな!」
主に、タナトスが近くにいる状態で! 何が起こるのかわからなすぎて怖い!
それでも、綺羅は俺の態度が明らかにおかしいとわかっているので、俺に近づいてくる。
来るな! マジでやめて!
俺も近づいてくるに連れて下がっていると、床になぜか落ちていた缶に足を乗っけてしまい――
「おわっ」
ドンッと勢いよく転んでしまった。
そして、それを見た綺羅が俺に急いで近づいてくる。
そこで、俺は見てしまった。タナトスの、決して人では作り出すことのできない怖いくらいの笑顔を。
バサッ。
綺羅のスカートがキレイにめくれた。
「え?」
「ぁ……」
キレイなクマパンがこんにちわ。
そして、鋭いビンタもこんばんわ。
「ぐへっ」
「み、みみみ、見た!?」
「みぜばぜん」
「見たんだ!」
見てないって言ったよな!? まあ、実際見たけどさ!
「最低! お、女の子の一番見てもらいたくないとこ見て!」
「今のは、不可抗力だろ? 俺が無理に見たわけじゃないだろ? 待て待て待て! 何だその手は! なんでリンゴの皮むく包丁に手を付け――やめろぉぉぉぉぉおおおおおおお!! 俺はりんごじゃない! 皮をむこうとするな!!」
「だ、大丈夫。恭ちゃんを殺して、私は生きるから」
「そこは一緒に死のう!? お前だけ生きようとしないでさ!」
最悪だ。綺羅の目に光がなくなってやがる。黒化だ。綺羅の黒化が始まっちまった。
黒化とは、よくヤンデレとかに使われる言葉だが、この場合は違う。綺羅の黒化とは、その名の通り、心の隅々まで真っ黒になるのだ。
つまり、相手を殺しても何の感情もわかないというわけだ。
ずっと昔、今と同じように綺羅の下着を間違えて手に取っちまった時、俺の家が半壊した。
別に破壊されたのは家自体じゃない。家具が、ぶっ壊れたのだ。
そして、ここにある家具。つまり置物とは何か。
「ま、待つんだ。ここは病院だぞ? クソ高い電子機器とかがだな、おおい! 待て! 動くな。ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!」
綺羅のやつ形振り構わず包丁を振り回してきやがった!!
「馬鹿野郎!! お前、そこら辺で総額百万超だぞ!!」
「うるさいうるさいうるさい!! 私は女の子!!」
「突っ込むのそこじゃないから!! てか、やめろォォォォォォォおおおおおおおおおお!!」
俺は綺羅を止めるための最終手段を駆使した。
それは、
「だ、大丈夫だ。見てないから、いや、見たけども。だ、誰にも言わないから、な?」
包丁を手にした綺羅が俺に抱かれるような体勢で留まっている。
「うわぁお。君ってホントはプレイボーイ?」
誰のせいでこうなっていると思ってるんだ、このクソ神が!
だが、タナトスに見られるくらいならいい。一般人に見られるよりは――
「まあ、おばちゃんは邪魔だったかしら♪」
おおう。まさかの綺羅の母さん来ちゃったよ。
入口で微笑みながらこちらを見る綺羅の母さん。
対して、俺たちは病室の中央で寄り添うように抱き合っている。
ダメだ。どこからどう見ても、そういう関係にしか見えない!
「い、いや、おばさん! これには深い事情が!」
「まあ、お義母さんと呼んでもいいのよ?」
「お、母さん? ……お母さん!?」
目に光を取り戻した綺羅が、現在の状況を誤解するのに時間はそうかからなかった。
「なっ……恭ちゃんのエッチ!!」
「ぶへっ」
「ふふっ、若いっていいわぁ」
いやいや、これでも苦労してますよ、おばさん。
本日二度目のビンタを受けながら、そんな状況でニヤニヤと笑っているタナトスを睨みつけながら、俺は悲しくも笑うしかなかった。
大嫌いな朝の日差しが、なんでだろう。微笑んでる気がする。
――――――ホント、何なんだろうね。現実って。