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狂化の真実

 未来の俺は、はあっとため息を着いて、仕方なさそうに話し始めた。


「未来はな。俺のミスで死んだ。仲間は殺されて、愛する人たちは一足先に逝っちまった。そんな中でも、俺は最後の一人になるまで戦い続けた。誰が死のうと、自身の何を失おうと、これが正しい選択なのだと、後で後悔することを知っておきながら突き進んだ。今のお前も同じだろ?」


 同意を求められるが、俺は小さく首を横に振るだけで、言葉は出せなかった。そんな俺を見て、未来の俺は、はは、と力なく笑って続きを話す。


「そう思うならそれでいい。後悔は先取りできないからな、あとで十分に悔やめ。でもな、これだけは言っておく。俺と同じようなミスはするな。お前には絶対に死ねない体がある。誰にも負けない力ある。全てを縛る枷がある。俺にはなかった、三種の神器が、お前にはあるだ」


 そう言って、未来の俺は爽やかな笑顔を見せた。きっと、今の俺は未来の俺よりも優位な条件にあったのだろう。未来の俺にはこんな特殊な力はなかった。無限などなく、絶対などなく、枷など存在しなかった。たぶん、そういうことなのだろう。


「なあ、俺は、どこで間違ったんだろうな。タナトスと出会って、真理亜を助けて、クロエを救って、幼馴染を庇って、許嫁を守って、後輩を抱きしめて、たくさんのことがあった。本当に、たくさんのことが。でも、それは今のお前とは全然違うものだ。俺には最初、この剣しかなかった。家の裏に親父が隠していた、この禍々しい剣しかなかったんだ。守るには強力すぎて、倒すには残酷すぎて、扱いにくいものだったけど、俺に力と呼べるものはこれしかなかった」


 思い出すように、未来の俺は語る。ずっとずっと昔のことを思い出すかのように絞り出されたそれは、俺の記憶と重なっていく。

 俺は、死んでタナトスに出会った。勘違いした真理亜を助けた。世界を壊そうとしたクロエを救い出した。神様に持って行かれそうになった幼馴染を庇った。呪いに苦しむ許嫁を守った。人ならざる後輩を抱きしめた。俺の記憶はここまでだ。堕天使や、雷龍、邪龍、英雄、ライバルに主人公たち。これらは俺だけの記憶なのか、それとも言い出さなかった秘密なのかはわからない。でも、未来の俺は少しだけ幸せそうに見えた。


「幸せだった。みんなと居られるだけで本当に幸せだったんだ。邪魔する奴は全部ぶっ飛ばすって決めた。だけど、敵わなかった。倒せば倒すほど敵は強くなって、とうとう俺の力じゃ通じなくなっちまった。それでも、あいつらが生き残ってくれと言ったから、この世界を守ってくれと願ったから、俺はあいつらの思いに応えることでしか生きがいを持てなかった。それほどまでに心が苦しかったんだ」


 未来の俺の表情が沈む。仲間を失い、それでも仲間が願ったものを守るために奮起することは、常人ではできない。心が沈み、最後は死に果ててしまうから。

 しかし、未来の俺はそれを命が尽きる最後までやり遂げたのだ。やり遂げて、死に際で後悔したのだ。


「死んであの世でみんなで暮らそう。誰かがそんなことを言った気がする。でも、死んだら何もなかった。ただ真っ暗な世界を漂うだけだった。なぜかわかるか? 俺が魔剣の所有者だったからさ。魔剣は、持ち主を幸せになんてしない。それは、死後にだって言えるんだ」


 ある意味で真実を語る目に、悲しみ以外は見受けられない。よほど寂しかったのか、悲しかったのか、はたまたわかりきっていたのか、未来の俺は言い聞かせるように俺に言ってくる。


「俺自身から感情を取り払うためとは言え、英雄(あいつら)には悪いことをしちまったな。昔は仲間だったのに、死にかけるまで魔剣(こいつ)に食わせちまった。でも、あいつらは生きてるぞ。俺が死ねば、何事もなかったかのように生き返るだろうぜ」


 死ねば。その言葉が引っかかって俺は問いかける。


「おい。まさか死ぬつもりじゃないだろうな?」

「言ったろ? 俺にはもう、時間がなくなったんだ」


 その言葉の意味が、少しだけわからなくなった。時間がなくなった。それはつまり、こいつの肉体が限界を迎えたのではなく、命が限界を迎えたということなのか、もしくはその両方なのか。俺には、理解したくないと(かぶり)を振った。


「何か、何かないのか! タナトスに言えば、お前に死なない体を与えることだってできるだろ!?」

「無理だ。あの体は俺がいた世界にいたはずの人々の命を凝縮したものだ。これから生まれて来るであろう命さえも糧にして生き残るもんだ。俺には、そんなことできねぇよ。まあ、それはお前も同じか」


 そんな……俺は、未来の俺の世界の住人を喰らって生きていたのか? じゃあ、俺が死ねば、未来の俺の世界で誰かが死ぬってことなのか? 何かを守るために、俺以外の犠牲を出し続けていたってことなのか?

 わからない。未来の俺の考えも、俺の信念さえも。もう、わからなくなってしまった。


「迷え。今は迷っていていい。どれだけ苦しもうと、お前の過去は変わらない。未来は一向に変わり続けるけどな。さて、もうすぐ俺の世界も消滅だ。俺の世界が消滅すれば、その世界の住人の俺も消滅する。わかるよな。もう、時間切れなんだ」


 言っているそばから未来の俺の体が光を帯び始めた。消えるということを連想させるそれは、俺には耐え難いものだった。

 俺は未来の俺に歩み寄り、胸ぐらをつかむ。

 何か、何かないのか。こいつをこのまま惨めな運命で終わらせない方法が、何かないのか!

 考える。だが何も思いつかない。こういう時、主人公だったらいい手段を持って対処するのだろう。俺のようにくよくよ悩むことはないのだろう。どうして俺は、こうもダメなのだ。

 何度も同じ問をしてきた。これでいいのかと、焼き付くくらい考えた。惨めにもなった。それでも幸福はあったんだ。目の前の、この、ダメな男にだってそれくらいの幸福があってもいいじゃないか!


「待てよ! 待ってくれよ! お前はそれでいいのかよ! お前は俺を殺すんじゃなかったのかよ!!」

「馬鹿言え。俺みたいな弱っちい奴が、最強を殺せるわけがないだろ? 最初から、こういうシナリオだったのさ。夜見たちには黙っていたけどな。俺は、最初から死ぬつもりだったんだ。死んで、未来を守るつもりだったんだ」

「そんな、そんなの無いだろ!! そんなのは、ただの自己満足だ!!」

「自惚れるなよ。ただの自己満足なのは、俺を助けたいって思う、お前の方だ。俺は俺の信念を貫き通す。守りたいものがあったから、真理亜や綺羅、春やクロエ、薫や数々の仲間の笑顔を守るために、俺は捧げられるものをすべて捧げる。あいつらを笑わせられるなら、この命ですらも、俺は快く差し出したやるよ!!」


 いっそ、清々しいほどの意見だ。自身を削って他者を守る。仏教の教えのそのままだ。そして、それは俺の信念と相似していた。

 仲間を守るためなら、なんだって支払う。例え、自分の命でさえも。

 でも、今わかった。そんなのはダメだ。そんなことをしても誰も報われない。俺には、仲間ができちまった。仲間ができちまったら、差し出せるものなんて何もなかったんだ。俺を縛る枷になるんだ。それを、俺が望んだんだ。


「俺はバカだから! だから、敵であるお前でも……仲間を傷つけたお前でも、救いたいって思っちまうんだよ!!」

「はっ。大きなお世話だ。これは俺が望んで、お前が決めた結論だ。もう、お前にはどうしようもないんだよ。それに……俺はもう、満足だ」

「な、に?」

「この世界で、夜見に会えた。ケルにも、ウルスラグナにも、八咫烏にも、アジ・ダハーカにも会うことができた。まだ見ぬ仲間に会えて、話し合えて、俺は、満足だ」


 未来の俺はとうとう地面に倒れ込んだ。もう、起き上がっているだけの力も残されていないのだろう。俺は、それ以上は何も言わなかった。


「そう、いえば。俺に勝った、報酬を、やらないとな」

「いらねぇよ」

「そうも、いかねぇだろ。何か、お前に役立ちそうな、もの……ははっ、俺にはこいつしか、ねぇや」


 途切れ途切れの声が、かすかに聞こえた。

 もういい。話すな。これ以上、守れなかったのだと思わせないでくれ。

 だが、未来の俺は、俺に向かって一本の剣を残り少ない力でかすかに動かした。


「お、い。タナトス。い、るんだろ?」

「……ああ、御門恭介くん。僕は、ここにいるよ」

「いろんな世界で、手に入れた、ものを。こいつに混ぜて、あいつに、くれてやれ」

「いいのかい? これは、君の全てだろう?」

「構わ、ない」


 地面に落ちている魔剣をタナトスが持ち上げ、懐から他世界から持ち出してきたものを混ぜ合わせる。すると、禍々しいオーラを放っていた魔剣が強い光を放つ、一本の聖剣へと、姿を変えた。


「これは、ダーインスレイヴから生み出された、聖剣。名前は、まだないよ。これを、受け取ってくれるかい?」

「……後でちゃんと話してもらうからな、タナトス」

「うん、本人にちゃんと聞いてね」


 口調が急に変わった。見れば、姿も少年から解かれ一人の少女に姿を変えていく。

 その、姿は……。


『ありゃ? わ、私!? いや、でも……そっか、未来の、私、なのかな?』


 脳内で聞こえる真里奈の声、だが目の前にいる少女も神崎真里奈その人だった。

 もうひとりの真里奈。未来の俺の脳内にいた、真里奈。すべて、タナトス(あいつ)しかけた大仕掛けのストーリーだったってことか?

 なんという、本当に言葉にならないくらい神様ってのは暇なんだな。人一人を『幸せ』にするために、こんなことまでしちまうなんて……。


「真里、奈? お前、どうして……」

「君が心配で、お姉さん帰ってきちゃったよ。ホント、君は無茶ばかりするんだから」

「は、はは……無茶をするのは、お前の、方だろ。タナトスとの、契約で、何を支払った?」

「君を幸せにすること。それが、私が支払った代価。これから、それを果たすよ。未来に戻って、私たちの子供を成そう? 真理亜ちゃんや、綺羅ちゃん、他にもたくさんの子がいたでしょ? みんなのいいところを受け継いだ、私たちだけの子を成そう。そして、この世界の君に託そう。私たちの意志は、私たちの子供が受け継いでくれるよ」


 子を成す。真里奈の考えた、みんなを幸せにする方法。報われなかった未来の俺を癒す、ただ唯一の方法。

 やっぱり、真里奈は天才だ。人を幸せにする天才だったんだ。

 現に、未来の俺は幸せの涙を流していた。


「お、い、おい。今、そんなことを言うなよ。格好が、つかないだろうが……」


 気が付けば、みんなが集まってきていた。俺の仲間、未来の俺の仲間。見慣れた面子が、未来の俺の最後を見送りに来ていた。

 お前は、一人じゃなかった。俺も、一人ではなかった。虚しいことなんて一つもなかったんだ。悲しむ要因なんて必要なかったんだ。俺は、お前は立派なことを成し遂げたんだ。


「お、い。御門、恭介。ひとつだけ、ひとつだけでいい。俺の、俺のわがままを、聞いちゃくれないか?」

「なんだよ。俺にできることだったら、なんだってしてやるよ」

「夜見を、みんなを、俺の仲間たちを、守ってくれ。あいつらが、悲しまないように、守っちゃくれないか?」

「守ってやるよ。お前の仲間だろうと、未来で仲間になる奴らだってみんなみんな守ってやるよ! だから、安心して、もう眠れ。お前は、充分頑張った」


 握りこぶしを作り、男の最後を見送る。


「ああ。長かったような、短かったような、大変で、楽しくて……満足だ。俺は今、誰よりも満足だ!!!!!!」

「じゃあ、行こうか」

「そう、だな。もう、目も見えないけどよ。みんな、いるんだろ? ありがとう。こんな俺に、ついてきてくれて。短い、付き合いだったが、楽しかったよ」


 光に包まれる中、彼は最後の最後で初めて笑顔を見せた。





――――また会おう。輪廻の先、未来の彼方で。また――――





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