覚醒、そして進化
目の前にいるのは幻覚か、もしくは夢なのか。俺の目の前に立っているのは俺のメダルに封じられていた本来の力の持ち主たちだった。
その姿は由々しく、それでいて清々しさを醸し出す英傑たちの風格。まさしく、歴戦の勇者という肩書きが正しい人物たちだった。
その主人公たちは、未来の俺を見て少し笑うと倒れている俺を見つめた。
「な、なんだよ……」
「いや? あんな雑魚にやられたのかと思ってな」
主人公の一人、神谷信五が憎まれ口を叩くが、実際に負けていたので反論できない。
俺は何度も立ち上がろうとした。何度だって戦った。それでも届かなかった。だが、それがこいつらにはできるという顔で見てくる。正直、腹が立った。力を使っても勝てないのに、どうしてそう余裕でいられるのかが不思議だった。
その理由は、直ぐにわかった。
「俺たちはお前の代わりに戦ってやることはできない。なぜか、なんて野暮なこたァ言うなよ? お前の喧嘩に、俺たちが参加していい理由なんてないだろうが。……でもまぁ、俺たちの力を使っている奴が負けるのも少し心苦しいから、お前に本当の力ってのを見せてやるよ」
言って、神谷信五は握りこぶしを作った。
「いいか。一回しか言わないからしっかりきっかり聞いておけ。力ってのはな、振るうもんじゃねぇ。完全に掌握して、グダグダ言わせねぇもんだ。体に這い回る力をかき集めろ。その一瞬一瞬で力の移動を意識し続けろ。一点に込めた力が一番強いって、相場が決まってんだよ」
神谷信五はそう言い残して消えていった。
続いて、磯崎京介が一本の黄金の剣を携えて立ちはだかった。
「あー、なんて言えばいいんだろうな。その、剣は振るうものじゃないんだ。剣には魂ってのがあって、剣だって生きているんだ。だから、振るうんじゃなくて、ちゃんと操ってやらないといけない。剣は、正しく使えば強力な武器になる。何者にも代え難い相棒に変わってくれるんだ」
磯崎京介は最後まで煮え切らない言葉で消えていく。
続いて、鬼怒狼太がかったるそうに地面に座りながら話す。
「時には壊さなきゃいけないモノだってある。時には変えられないモノだってある。その理不尽を覆すのは、いつだって理不尽だった。なあ、お前は何のために何を壊す? 何のために何を変える? 嫌だっていうのなら、テメェの理不尽の牙を、神でも悪魔でも天使にでも立ててやれ。この世に変えられない未来はないんだ。お前次第ってことさ」
最後にため息を付いて、鬼怒狼太は消えていった。
続いて、進藤雄馬が爽やかな笑顔で言ってくる。
「前にも言ったかもしれないけど、仲間は信じるに値すると思うか? 俺は思う。仲間は代え難い財産だ。そして、自分を支えてくれる大切なものだ。だから、諦めるな。仲間はお前の勝利を望んでいるんだろ? だったら、悲しませないために、戦え!」
親指を立てて、進藤雄馬は消えていった。
続いて、岸谷妙理が二本の刀を担いで俺を見下す。
「俺からは特にないな。前のやつらが全部言って行ったし、俺からのアドバイスはない。でもまあ、それじゃあ締まらんか。じゃあ、ひとつだけ、お前に言っておく。この力は俺たちのものだ。なら、お前には何がある? 仲間か? それだけしかないのか? 違うだろ。お前には、俺たちの力を通してみてきたはずだ。お前には、その経験がある。後は、お前が考えろ」
言って、岸谷妙理は消えていった。
みんな、勝手な言い分だけ残して消えていった。実のところ、一緒に闘って欲しかったが、やっぱりそう簡単にはいかないらしい。ったく、意味のわからないことばかり言い残していきやがってよ。面倒な希望ばっかり持たせてよ。
あーあ。ホントめんどくせぇや、この世界は。でも、
「お墨付きが出たんだ。こりゃあ、勝たないといけないだろ?」
俺は傷ついた体を無理やり起こす。体がどれだけの悲鳴を上げようと、どれだけの弱音を吐きたくなろうと、諦めずに立ち上がる。
そして、俺は最後に言われた言葉を脳内で反響させる。
俺はあいつらの過去を見てきた。歴戦を、悲しさを、辛さを、すべてを見てきた。挫折があっただろう、絶望があっただろう。だが、あいつらは倒れたままではなかった。ならば、その力を扱う俺は、もっと倒れてはいけないのだ。立ち上がって、絶対に勝たなくてはいけないのだ。
人生に負けは許されない。誰か、偉い学者がそんなことを言った気がするがそれはあながち間違いじゃないだろう。人生に負けは許されない。だから、人々は引き分けを狙う。勝ちを狙うのではなく、誰も傷つかない引き分けを望むのだ。
では、俺が引き分けを望むのなら、一体どういう行動をとればいい?
俺はポケットに入っているメダルを眺め、一つの事に気がついた。メダルが、変わっているのだ。黄金だったメダルが、今では赤く鈍く光るメダルに変わっている。
これは、どういう変化なのだろう。いや、違う。これは俺の、俺だけの力。あいつらの力を織り交ぜて、俺だけのオリジナルのモノに変えたもの。なぜか、そんなことがすんなりと理解できた。これもきっと、あいつが関わっているのだろう。
しかしまあ、これはこれで好都合だった。俺は一枚のメダルを持ち、宙に弾く。
「俺、御門恭介は誓う。真紅に光る剣を持って、目の前の悪鬼羅刹を破らんと。すべてを生還させる英雄になりて、皆を輝く明日に誘おう。真実を切り裂く罪の剣」
瞬間、全身にやんわりと力が回り、手には一本の真紅に輝く剣が装備されている。
このメダルに記憶はない。今から、その記憶を作っていくから、現存するものはないのだ。しかし、この剣の扱い方はわかっていた。
そうか、剣(お前)はそうしたいんだな?
俺は薙ぎるようにすっと剣を振るう。すると、未来の俺に向かって見えない斬撃が飛んでいった。
「くっ! 何が起こって――」
言い切る前に、俺は新たなメダルを弾いた。
「俺、御門恭介は誓う。認めない理不尽を必ずや打ち破り、すべてを飲み込む闇を払うと。天罰を払い除け、神を地に落とし、この世に平和を呼び込もう。神を縛る十字の呪い」
瞬間、俺の思考は冷えて冴え渡る。そのおかげで相手が今、どういう状況で、どういう感情を抱いていのかがまるわかりだ。だから、俺は冷静に能力を扱うことができた。
迫り来る未来の俺に、俺は右手を向け、まるで掴むかのように虚空を握る。すると、未来の俺の行動が止まった。
「な、んだって言うんだ!!」
「無駄さ。さっきのは真実を否定する剣、今のは神ですらも縛り付ける拘束具。どちらも、お前を倒すのに申し分ないものだ」
俺は動けなくなっている未来の俺に、地獄を見せるかのようにメダルを弾いた。
ちなみに、すでに俺を拘束するデメリットは存在しない。このメダルの力は俺が俺でいるために編み出された俺だけのオリジナルの能力。メリットはあれど、デメリットは存在しない。
「俺、御門恭介は誓う。飲まれた闇を光で照らし、百鬼夜行を己の武具で打ち払うと。絶望に彩られた仲間を助け出し、希望の光で彼らの道を記そう。大天使の聖槍」
俺の手に握られているのは薫とキスをした時に扱った高エネルギーの槍だ。だが、あの時とは違って、今度の槍は無数存在する。これでやられてくれればいいのだが、そうもいかないのだろうと思いながらも槍を放つ。
「負けられるかぁぁぁぁああああ!!!!」
覇気と気合いだけで髪という存在を超え、拘束を無理やりちぎって禍々しく黒い剣で槍を次々と撃ち落としていく未来の俺。ここまで来たら本当に化け物だな。正直、面倒を通り越して呆れてきたぜ。
俺は槍を打ち出しつつ新しいメダルを弾く。
「俺、御門恭介は誓う。儚いものと過ぎゆくものを悲しませないと。無と夢を持って、俺は彼女を笑わせよう。罪人たちの楽園と神々の地獄」
瞬間、攻撃やなんやで壊れていた校舎や校庭が元のあるべき姿に戻っていく。これは楽園と地獄を形成する上で元に戻すための、逆転の異能。この異能ならば、死人を復活させることもできるだろう。
そして、校舎が完全に復活したのを見て、俺は最後の一枚を弾く。
「俺、御門恭介は誓う。絶望を砕き、罪人を敵を神を全てを壊す狂人となると。何もない世界でただ笑い合えるものを作り出そう。終結と始発の境界を壊す拳」
瞬間、全身に力が這い回る。俺はあいつに言われたとおり力の移動を観察し、全てを掌握するために尽力する。
そして、力が均等になったのを感じてから、誰もいないところに手をすっと突き出す。すると、数十メートル先にいた未来の俺を地面ごと抉った。
「がっ!!!!」
どさっと、今度は未来の俺が地面に伏する番だった。