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龍姫と邪悪龍

 俺はまだ見えぬ未来の俺を探して校内を駆け回っていた。

 敵の襲撃で仲間を三人も残してしまったが、立ち止まっている時間はない。早く、元凶を片付けなければならないというのに、敵はまだ見えない。

 焦りからか、俺は柄にもなく必死になっていた。


『ゼハハハハ!!!! 待ってたぜ、虫けら!!』


 空から聞き覚えのある声が響く。見上げれば、そこには巨大な三つ首の龍が漂っていた。

 コイツは、確かアジ・ダハーカっていうやつだったような気がする。


「すまないな! 俺には時間がないんだよ!」

『知らんな! 俺様の相手は俺様が決める! 相手にどんな理由があろうとな!』


 どんなジャイアンだよ! ていうか、こいつ。マジで鬱陶しいな!!

 俺たちの前に立ちふさがる龍を睨んで、俺は歯ぎしりした。

 こんなところで立ち止まっていられないのに。早く終わらせて、みんなが怪我をする前に終わらせなくちゃいけないのに。

 どうして、俺はこうも愚図なのだろうか。

 自分で自分が嫌になる。でも、それはこの戦いが終わったあとで満足いくまで自分を否めばいい。今はただ、平和を守るために、みんなを守るために戦うのみだ。

 俺はポケットに手を突っ込んで、メダルを手にする。

 しかし、


「行って、恭介くん。ここは私が何とかするから」

「な、何言ってんだ、春! お前には戦う力なんて――」

「ある。私は、強くなったんだよ?」


 そう言って、春は俺の横をすり抜けアジ・ダハーカと俺の間に立つ。

 強くなったって。春は本当に一般人で、綺羅たちみたいな特殊なものは何もなくて、ただの女の子じゃ……。

 俺はいつから仲間を見誤るようになったのだろう? 目の前にいる女の子がただの女の子? バカじゃないか、俺は。目の前にいるのは、俺が認めて、俺が好きになって、俺が選んだ女の子じゃないか。


――――そんな女の子が、弱いわけないじゃないか。


 事実、春の体から黄金に似た神気が沸き立っている。その周りには雷電とヴリトラが綺麗な円を描きながら召喚された。これは、神降ろしか、はたまた神化か。いや、それ以外の何か、そう例えば……。


「だから行って、恭介くん。この戦いを早く終わらせて、みんなでまた遊ぼう?」


 龍に魅入られた姫、龍姫の名が今の春にはお似合いだった。






 愛する少年の背中を見送ってから、春は気合を入れるためにパチンと頬を叩いた。

 もう決めたんだもん。恭介くんの背中の後ろで隠れるだけじゃなくて、隣を歩くんだって。そのために強くなった。夏季合宿には間に合わなかったけど、今度はそうはさせない。流星さんに教えられたこの力で、私が恭介くんを守る!

 その思いに答えるように、神気も増していく。

 今、春が行っているのは思いからくる力。思いが強ければ強いほどその威力は増していくという日本古来の伝説。古来より、思いを込めた人形や道具には意思が灯るという。それは思いという思念が道具や人形に乗り移り意思になるというものだが、思いというのは純粋であればあるほど強く輝く。そして今、春は自身の体を道具として捉え、その道具に意志を込めた。ただ純粋に守りたいという願いを込めたそれは、この世の何者よりも光り輝く宝石の如く光を放つ。

 それを見て、アジ・ダハーカは眉をあげた。


『なんだ、その光は。見ているだけで腹が立つじゃねぇか!!』

「黙って」


 静かな声が響くと、春の召喚に応じて現れていたヴリトラが呪詛をアジ・ダハーカにかける。

 その呪詛には沈黙という念が込められており、並大抵の生き物では話すことは愚か意思疎通さえもできなくなるものだった。

 しかし、相手は『絶対悪』と評される邪龍だ。その程度の呪詛など解くのに数秒の時間も必要ないだろう。それもわかっていた春は追い討ちに雷電の高圧の電撃を食らわせた。


『がっ!!』


 どうやら、呪詛を解いてしまったらしいが、雷が直撃したアジ・ダハーカは苦悶の悲鳴を上げる。


『ふむ。しぶとい、蛇め。まだ生きておるわ』

『お前さんだって蛇だろうがよぉ! だがまあ、しぶといってのは同感だぜ。俺様の一撃を食らっても立ってられるとはなぁ』


 ヴリトラと雷電の会話を聞いて、春は少しだけ安堵した。

 その安堵は、相手がまだ死んでいないということへの安心。そして、まだ相手を苦しめられるという安堵。少なくとも、春はあの邪龍を許せそうにない。


『ぜ、ははは。まさか、一撃で俺様を沈められるとでも思ってたのか? 侮るなよ、人間』


 言って、回復したばかりの体で地面を踏むアジ・ダハーカ。どうやら、相手が強敵だと認識したらしい。

 春は、元から一撃で沈めようとは思っていなかったが、生きていてくれて嬉しいという顔で、静かにアジ・ダハーカを見つめる。


「ヴリトラに呪われていたとき、私には何の力もなかった。夏季合宿の時、私は間に合わなかった。でも、今日は違う。流星さんにこの技を教えてもらって、今日、私はここにいる。もう、守られるだけじゃない。今度は、私が恭介くんを守るの」


 春は一歩前に出る。もう、少年の背中を見るだけの幼気(いたいけ)な女の子じゃいられない。一緒に戦う妻でいたい。だから、彼女は最初の一歩を踏み出したのだ。

 相手が本当の意味での強敵だと気がついたアジ・ダハーカは、ヘラヘラとした表情、口調を改めた。


『ふむ。お前は、俺様……吾輩が探していた人類なのかもしれないな。強く愛しい、吾輩が生涯をかけて愛してきた人類。その象徴か。よかろう、ならば吾輩は『終末論』を持って、人類の可能性を見出そう!!』

「雷電、ヴリトラ。私に力を頂戴」

『おうともさ!』

『……了解した』


 アジ・ダハーカの口にすべてを無に帰す破滅の光が収束していく。対して、春は技の応用で雷電とヴリトラを道具として見、尚且つ自身の力のもと、武器に変化させる。

 雷電は黄金に輝く巨大な銃に、ヴリトラは漆黒に染まる禍々しいマントにその身を変え、春の武器として沈黙する。

 互いの準備は整った。両者共に、技を放つ。


『耐え切って見せろ、人間!!』

「行くよ、みんな」


 破滅の光と同時に春の銃から高圧の電気を帯びた鉄の塊が放たれる。

 互いの技はぶつかり、やがては光を帯びて消えていく。しかし、攻撃に続きはあった。春は同時に呪詛を紡いでいたのだ。そして、その呪詛は何百もの呪いを持ってアジ・ダハーカを拘束する。


『な、んだと!?』

「もう、終わりだよ。その呪詛は、流石に『絶対悪』と呼ばれたあなたでも、解呪に相当の時間がかかる」

『ふん、こんなもの――――』


 アジ・ダハーカが無理やり解呪しようとすると、頭上からゴロゴロと雲の摩擦により発生する膨大な電気量を誇る『雷』が今落んと悲鳴を上げる。

 それに気がつき、アジ・ダハーカは喜びから笑い声をあげた。


『そうか。吾輩に打ち勝ったのだな、人間……よかろう! 絶対悪と呼ばれた吾輩に勝利した君よ、名は何という?』

「野々宮 春」

『ふ、ふふふ、ゼハハハハハ!!!! そうか! ならば、野々宮 春よ、どんな罪を持っていようと、今後どのような罪を犯そうとも、この吾輩が許そう! お前は吾輩に勝利した、初めての人間だ!!!!』


 その言葉を最後に、アジ・ダハーカは全身を雷に射抜かれ、全身から煙を上げながら地面に伏した。

 破ったアジ・ダハーカを見つめて、春は少し笑うと、


「ありがとう。でもね、私はもう、人間じゃないんだよ」


 悲しそうな顔で、龍姫は言った。

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