最強の魔女と地獄の番犬
背後から良くない悪寒を感じて、真理亜に何かがあったのかと思ったが、きっと真理亜の日頃の恨みか何かだろうと考え、真理亜が開いてくれた道を走る。
「どこにいるんだよ、あいつは!」
走りながら愚痴をこぼしていると、急にクロエが俺の目の前に当たったら絶対にいけない何かを放った。
「おわっ! 何すんだよ、クロエさん!?」
「ちょっと、黙ってて!!」
一括されて黙ってしまう俺、超カッコ悪い。
しかし、それも仕方がないといえば仕方がない。なにせ、俺の目の前にこないだ家にインドラを運んできた少女がいたのだから。
しかも、当たってはいけない何かを食らっているところを見ると、こいつも人ではないようだ。
「ここから先は……通さない?」
「どうして疑問形なのか気になるけど、聞いてもいいのか?」
「ん~。でも、マスターが行かせるなって言ってたから……?」
「未来の俺の人選合ってるのか?」
「私、人じゃない?」
いやね? この人どうしてこう疑問形なの? そういう子なの? かわいそうな子なの?
しかし、通さないと言われてしまった。つまり、戦うということなのだろう。
俺はポケットに手を突っ込むと、背中を小突かれた。
「はあ、アタシがここをやったげる。先、行きなさいよ」
「クロエ……いいのか?」
「いいもなにも、アタシも戦うって決めたから。真理亜が頑張ってるなら、やるしかないでしょ?」
言って、しっしっと払われてしまった。
本当に大丈夫だろうか。いや、信じよう。あいつも強くなっていると聞いたから。
門の前で真理亜と別れ、今度は教室棟の前で自分が足止めを喰らった。その事実にあまりいいと思っていないクロエは、絶賛ご立腹中だった。
地団駄を踏みたいところだったが、敵が迫ってきているのでそうも言っていられないので、手を前に突き出し、
「とりあえず、跪いて」
言って、相手の行動を強制的に変えた。
今のはディスペル。言葉を魔力によって強化させ、更に命令を催眠術に近いものにまで引き上げた魔術だ。
そして、クロエのそれは神でない限り命令に逆らうことはできない。
「ん?」
跪いて、ケルベロスは首をかしげる。立とうとしても立てないことに疑問を感じているようだが、所詮はその程度の疑問。対して支障はないと、ケルベロスは自身の足を切り落とした。
「は?」
これはクロエも驚き、頬を引きつらせた。しかし、ケルベロスはすぐに生えてきた新しい足で立ち上がり、クロエに向かっていく。
クロエも正気を取り戻したらしく、再びディスペルで拘束する。
「倒れて」
「……おかしい。命令がすんなり通ってる。これは……魔術?」
「へぇ。あなたって頭がいいんだね。少しは見直したわよ」
「ありがとう? まあ、どうでもいいけど」
言って、ケルベロスが心臓に手をかざしたと思ったら、ぐしゃっと自身の心臓を潰した。
ぐったりと倒れたケルベロスの体。だが、次の瞬間立ち上がった。
「なるほど、死んで、もしくは切り捨てて催眠術を強制的に覚ましてるのね」
「わかった? 私は地獄の番犬、ケルベロス。ハーデスから保存、再生、霊化の三つの能力をもらっている偉業の――」
「わかったから、地面に張り付いて」
再び地面と触れ合うケルベロス。またしても心臓を潰して再生の能力で生き返ろうと目論むと、
「何度も同じ手を喰らうと思うの?」
クロエの冷たい言葉が流れた。
クロエは生まれてすぐに神のいたずらで不幸の運命を背負った。親は死に、引き取り先は次々と消えていく。そんな中で、クロエはカオスと出会い、人という人を喰らって生きてきた。
悲しい運命だったと言えばそれだけだが、果たしてクロエがそんな生活をしていて普通に成長するだろうか。そう、クロエは生まれながらにして冷淡であることを決めつけられた少女だったのだ。そして、冷淡でいるということは、同じく魔女になる素質を持っているということでもある。
魔女とは、古来より全ての禁忌に触れる絶対悪の象徴。悪さをしてなんぼの人種だ。そして今、魔女としての本性を現したクロエが顕現した。
「カオス。こいつ、どれくらいなら死なないの?」
『そうだな……地球が壊れなければ死なないだろうな』
「そう、そうなんだ。ふーん」
釣り上がる頬、冷えていく眼差し。いつしか、ケルベロスは逃げることを諦めていた。この呪縛から解放されることを拒否していた。命令などではない。これは、恐怖からの強制。拒否できないルールに近い何かだった。
「な、何を――」
「大丈夫。何千回かは死ぬと思うけど、生き返られるでしょ?」
言って、クロエの目の前を鋭利な刃物が燦々と降りしきった。
足元には文字通り千本地獄を喰らった地獄の番犬が体を再生させながら気絶していたが、クロエは再度痛みで覚醒させる。
「がっ!」
「恭介並に頑丈だと嬉しいんだけど、ハルマゲドンを喰らったら死んじゃうんでしょ? だから手加減してあげてんの、感謝してよ」
ちなみに、ハルマゲンドンを恭介が喰らうともれなく跡形もなく消し飛びます。
その後、何度か攻撃を喰らったケルベロスが、
「お腹、減った……」
「ん? もしかしてあんた、お腹減ったの? パンなら、カオスが出してくれるけど、食べる?」
「ほんと!?」
『……おい、クロエ。我は――』
「ほんとほんと。あっ、でも、敵にパンをあげたら――」
「今から、あなたが私のマスター。決定」
そう言って、パンをせびるケルベロスに、クロエは戦いがなくなるなら仕方ないとカオスに無理やりパンを作らせ、食べさせてあげた。
すると、本当にケルベロスは仲間になってしまった。
「ちょ、ちょっと。懐き過ぎでしょ!」
「マスター……」
ほほずりをしてくるケルベロスに体格差で押しつぶされ、クロエが少しだけ難儀しているのはここだけの話だ。