過去の英傑
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御門恭介が自分の未来と今の生活を守るために奮起していた頃、父、御門流星は自分の仕事を投げ出して帰郷してきていた。
普段から、仕事は投げ出さない流星だったが真理亜の祖母に恭介が過去のことを思い出したという電話をもらって、流石に様子を見に来たのだ。
ここまで聞けばいい父親のように見えるが、理由は至極単純、過去を思い出した息子がどういう反応をするのか楽しみだった、というのが本当のところだ。故に、今回の帰郷も流星の娯楽のためのものであり、仕事を優先するべきことなのだが、この御門流星にそんな常識に則った事柄は通じない。
何故ならば、御門流星の辞書に、常識といったことは一切載っていないからだ。そして、それは息子である御門恭介にもちゃんと受け継がれている。
「さぁーって。俺の家はどっちだったかな?」
ニヤニヤと大の大人が駅から笑いながら出てきて右と左を見回している。
それだけ見れば変人にしか見えないが、御門流星という人物にはものすごいスペックが存在する。まず、総理大臣を一人で守り切れる程の実力と、それを裏付ける古代呪術。呪術に関しては、御門流星にしか使えないものも存在し、一言で表すならばこの人物は国宝級の逸材なのだ。
そして、数多の戦いで手に入れた鋭い勘と、戦闘の絶妙な駆け引き、先読みといった戦闘スキルを常備し、ボクシングの世界チャンプや中国の仙人ですら逃げ出すような戦闘方法には世界で流星より強いものが存在しないということを言っている。
しかし、そんな流星にも勝てないものが存在した。
「やっほー、流星さん♪」
「げっ」
ぽんと流星の肩を叩いたのは恭介の母親にして、流星の妻に当たる御門美緒だ。
「なんでそんなに嫌がるのよぉ~。仲のいい夫婦でしょう?」
「べ、別に嫌がってなんて……」
「そう? ああ、そういえば、お仕事はいいのかしら?」
「そ、それは……」
「私の方も仕事場から追い出されて、少しは外の空気を吸ってきてくださいって土下座までされちゃったわ。どうしてでしょうね」
「お、おい! いい加減、要件を言えよ! 俺は忙しいんだ!」
「帰郷してきたのに?」
「うっ……」
ニコニコと目が笑っていない笑顔を見せられ、流星は言葉に詰まる。
この母親は医療に関しても、また情報収集に関しても世界に右に出るものはいないと評される鬼才の女帝だ。昔から負けを知らず、自分の目指しているものこそが世界のあり方だと信じてやまなかった彼女が、なぜ流星と結婚したのかは詳しく説明できないが、理由を言うならば一様に共通点があったからだろう。
過去の流星は自分に勝てるものなど存在せず、自分こそが世界を変えると豪語した。
過去の美緒は自分に勝る才能を持つ人など存在せず、自分の目指すことこそが真理だと叫んだ。
そんなふたりだからこそ、世界というイレギュラーをイレギュラーという形で逸脱でき、出会うことができたのだろう。
「早く答えなさいよ~。なんで忙しいのかしら?」
「み、美緒さん? め、目が怖い……」
「ん?」
「あ、その、えっと……ガキの顔を見に来ただけだ」
「最初から本当のことを言えば良かったのに。まあ、私も同じかしらね。あの子、過去のことを思い出したって電話をもらったし」
「俺もお前も、心配で見に来たわけじゃないだろ?」
「ええ、もちろん。あの子は私たちの子よ? 天才の私と、最強のあなたの血を引いた世界でたった一人しかいない私たちの息子。私たちとはまったく違う世界のイレギュラーくん。そんな子を心配するわけ無いでしょう?」
「はっ。その通りだな。まあ、そんなことよりも心配すべきはこの街だな」
流星の言葉に頷いて、美緒は駅の入口から街の様子を伺った。
前に見た時と何ら変わらない町並み、人は決して多いとは言えないが活気がないとも言い難い微妙な空気が、いやでも二人を安心させる。
しかし、その中で違和感が存在した。この街に相応しくない空気がただよっている。それこそが、今回の敵であると気がつくのに理由は必要ないだろう。
「だっけどよ。これはちょっと厳しいんじゃなじゃないか?」
「それも試練よ。私たちの息子が勝つか――」
「俺たちの街が消えるか、あるいは――」
「「二人の息子が生き残るか」」
流星と美緒が顔を合わせてニコッと笑った。
二人共この状況を楽しんでいた。いや、喜んでいた。だって、それは過去と未来が交差する、自分という強さを確認できる唯一の方法だったから。
もう、この夫婦にはわかっていた。敵が誰で、その理由と来るであろう結末の一端が。
だから、それを見逃すまいと、我らが息子が下した絶対的理不尽を覆す奇跡のような逆転劇を。彼らが進むであろうその未来の行く末を。
親としての責務を果たすため、この夫婦はそれを見に来た。否、見極めに来た。
果たして、それがどういう結末なのか。一体、どのような終を迎えるのか。それが、世界の未来にどう作用するのか。世界というイレギュラーが生んだイレギュラーにとって、それは目にしなくてはいけない現象で、好奇心が疼く遊戯で、何よりも高揚する戦争だ。
「さて、俺たちの息子たちは一体どんな未来を望むのかね~」
ニヤッと笑って、流星がそんな一言をこぼした。