夢の世界
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目を開けると、そこはいつか見た真っ白な世界だった。
視界に入る全てに何も入らず、目に悪いような白い輝きだけが映る。俺は何度も目を擦るがここが夢でないという確証が得られないことに少しだけ恐怖した。しかし、恐怖は一瞬で済んだ。
「あっ、起きた?」
「……真里奈か?」
「うん♪ 一週間ぶり? まあ、私はいつまでも恭介ちゃんと一緒なんだけどね~」
空気を明るくしているつもりなのか、それとも茶化しているのかは分からないが、真里奈が俺をいたわってくれている事だけはわかった。
だから、俺は何も言わずに真里奈を見ていた。
「ん? どうしたの?」
「いや……そういえば、俺はなんでここにいるんだろうなって思ったんだよ」
「それって、私と一緒がイヤって意味?」
「そ、そうじゃないけどさ……ほら、俺は確か、確か? えっと、何してたっけ?」
「恭介ちゃんのお友達と戦闘中だったよ。もしかしてショックで忘れちゃった? ほら、記憶を見せてあげるよ」
ショック? 何があったんだ? いや、俺は一体何をやらかしたんだ?
俺の目の前に見せられた記憶には、グラウンドがあった場所をどこかの戦場、いやそれ以上に悪い状態に追い込んである情景を映していた。
でも、ショックを受ける程のものでもなかった。だんだん思い出してきた記憶を遡ると、極普通と言ってはなんだが、フレイと喧嘩をやらかした。それでこうなるのは言い得て妙だが普通なのだろう。
しかし、俺が最後に見たものはこれよりひどくなかった。
一体、俺の知らないあいだに何があったんだ?
「混乱もわかるよ。いきなり体の所有権をもぎ取られたんだもんね」
「もぎ取られた? 誰に?」
「神谷信五って人。知ってるでしょ?」
神谷信五。俺が最初に掌握した能力のもともとの持ち主であり、神を己が拳で粉砕してきた狂戦士の中の狂戦士。最強の中の最強の称号を持つ主人公だ。
俺はずっと前に手に入れた神谷信五という人間の記憶を引っ張り出す。
俺なんかが絶対に勝つことができない、ある意味で不死身の主人公のことを考えながら、俺はハッとなる。
そういえば、俺はあいつに体を占領されたことが今回だけではなかった。確か、真理亜を助けようとした時も乗っ取られた。クソッ、タナトスのやつ不良品を渡してきたかな?
「今回も私が追い出したけど、結構シンドいんだよね。ほら、彼強いから」
「今回も? じゃあ、真理亜を助けようとした時に乗っ取られた時も……」
「あっ、私の意思はまだ完全じゃなかったから、恭介ちゃんの覚醒の手伝いをしただけだよ。あの時は恭介ちゃんの力。今回は完全に私のおかげだけどね」
そう言って、えっへんと胸を張る真里奈を見て、俺は小さく笑った。
「何よぅ」
「何でもないよ。ああ、助かった。……にしても、こんなデメリットがあったとは、この力も考えて使わなくちゃいけないな」
「そうだね。まあ、手がないこともないけど……」
そう言って、真里奈が俺の方を見てくる。
ん? なんだ? 妙に嫌な予感がするんだが……。
この嫌な予感は、真理亜や綺羅に体を引き裂かれる時のようなものではなく、なんというか体に危険を感じるというか、多分そんな感じの奴だ。例を上げるなら頬を赤くした薫を相手にするときのような……。
そんなことが考えていると、完全に無防備にしていた体に真里奈が抱きついてくる。
おうふっ!? こ、これは何じゃ!?
「お、おお、おい! ちょ、な、何して――」
「言ったでしょ? 手があるって。これには私と恭介ちゃんの心のつながりが必要なんだよ~」
「だ、だからってどうしてこうなった!?」
気が付けば、真里奈の体は一糸まとわぬ姿になっており、俺の姿もまた同様だった。
ど、どどど、どういうこと!? ちょ、夢の中だからって何でもアリはいけないでしょうよ!!
紅潮した頬、少しだけ困ったような瞳、瑞々しい四肢が俺の体に張り付くようにくっついてくる。その感触には夢の中とは思えないリアルさがあった。
ま、まずい! こ、これはまずいんじゃないか!?
薫と違って、真里奈は俺の初恋の相手だ。いかに犯罪だといえど、はっきり言えばこのままがいいと思ってしまう。まあ、薫のも悪くないが、あっちは色々と危険が伴うのでやめてもらいたい。
チュッ、と真里奈が俺の首筋にキスをしてきた。
「お、おい……」
「どうしたの? 体の力が抜けちゃってるよ?」
そりゃこうなるでしょうよ! こっちはこういうのは苦手なんだよ!
俺がつくづく押しに弱いと再確認した瞬間だった。真里奈が俺の体に自分の体をぴったりとくっつけてお互いの体温を分かち合っている。
ああ、これは……なんというか最高だな。
「ふふ。今、嬉しいって思ったでしょ?」
「うっ……わ、悪いかよ……」
「あはは、可愛いなぁ、恭介ちゃんは」
そう言いながら真里奈が俺の頭をなでたと思ったら、スリスリと体を擦り付けてくる。サラサラな肌が、甘い香りが、もちもちな感触が、全てが俺の思考回路を焼き切るのにこれ以上になく効果的だった。
ど、どうしよう。起きたくないんだけど……。
もしかしたら、俺は死んでいて、ここは天国なんじゃないかと思ったが俺は死ねないのでそうではない。つまり、これは本当に夢の中で、俺の頭の半分を占める真里奈の世界だということになる。果たして、これは現実か否か。
「さて、恭介ちゃんとのスキンシップも終了。久々に恭介ちゃんを感じられたよ~」
「……おい待て。これは何かしらの手を使うための儀式的なものじゃなかったのか?」
「言ったでしょ? 心のつながりが必要だって。私たち両想いじゃん?」
「うっ……そ、それは……そう、なんだが。ていうことは、さっきまでのは……」
「うん。ただ私がしたかっただけ」
それはないでしょうよ。俺は儀式か何かだと思ってたのに。まあ、嬉しかったけどさ。
いつの間にか服を来ていた俺たちは見つめ合い、静かに唇を合わせた。
「あ、あはは。な、なんか恥ずかしいね」
「そ、そうだな……」
離れたかと思うと、二人で顔を真っ赤にしてそんなことを言い合っていた。なんというか、これが幸せというものだろうか。
俺は自分が手に入れた何かにどんな名前をつけていいのかわからず、少し困惑していた。しかし、そんな困惑ですら幸せに感じるのだから自分でも恥ずかしさがこみ上げてくる。
まったく、俺ってどんだけ単純なんだ?
笑ってしまうほど単純な自分のことをクスクスと笑ってから、俺は立ちあがった。
「じゃあ、俺は行くよ。みんなが、待ってる」
「うん。また、ね?」
「ああ、また来る。というか、呼んでくれよ。そうすれば、いつだっけ来てやるよ」
ニッと笑って、俺はゆっくりと存在を薄くしていく。
最後に、少しだけ悲しそうな顔をした真里奈を見て、心が苦しくなったのは内緒だ。