彼らの進む先
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薫が俺の胸に頬ずりをしてくる。その度、俺は背中に走るゾクゾクとした悪寒を感じながら息を吐いていた。
「どうかした?」
「い、いや……何でもない」
薫のいつもにも増して子供っぽく、色っぽい空気に飲まれていくのがわかる。
やばい。これは非常にやばいんじゃないだろうか。主に、俺の下半身が感じてしまいそうだ。
俺は薫に危ないことをされるのではないかという考えよりも、俺が薫になにかしてしまいそうで逆に薫を意識してしまっていた。
お、思い返すと、薫って真理亜と同い年だから中学二年生なんだよな。ね、年齢的にはオッケー? いやいやいや。病弱な女の子に手を出そうだなんて何を考えているんだ俺は!
いつも以上に可愛い薫に一瞬理性が吹き飛びそうになったが、なんとか持ち直した。
「顔、赤いよ? えっちなこと考えてたの?」
「ち、違っ……わないけれども! そういうことを言わないでくれよ!」
土壇場で真面目な俺は、こういう時の質問に正直なのだ。……はいすみません。ただ耐性がないだけです。
俺に抱きついて体温を取り戻してきたのか、薫の頬を少しだけ赤くなってきていた。それを見て、俺は薫のオデコに手を当てる。
……うん。さっきよりは体温が上がってる。それでも冷たいのは薫が極度の冷え性だからだろうか。どちらにせよ、絶対服従の言霊の効力が戻ってきていることに変わり無いか。
「あったかい……」
言って、薫が俺の手に頬をつけた。そのままスリスリと頬を擦りつけてくる。
……やばい。マジで可愛いんですけど、この子! このまま抱きしめたらいけませんかね!?
華奢な体、力の入りきらない状況、中学二年という思春期真っ盛りの時期。この全てが合致している今この瞬間で俺は薫に手を出してはいけない理由がどこにある!?
ありますね! 主に、ほかの子が俺を殺しにきますから!!
俺はそのことを思い出して我に返った。そうだ。そうだった! あっぶねぇ!! 危うく本能の赴くまま薫を味わうところだった!! そんなことしたら、もれなく殺人の嵐ですよ!!
ふぅっと息を吐いて、俺は弱々しくなっている薫に声をかける。
「ココアとか、いらないか?」
「大丈夫、だよ。それとも、薫にこうされるの、イヤ?」
「ううん! もっとしてくれると嬉しいです!!」
「ははっ。今日は正直さんだね、恭介先輩は」
可愛らしい笑顔をする薫の頬や頭を撫でてやると、薫は嬉しそうに俺に体をあずけてくる。
ああ、薫はこんなにも可愛かったのか。俺は、何も知らなかったんだな。薫のことも、もしかしたらみんなのことも。
でも、気が付けた。今日からでも遅くない。みんなのことを、もっと知ろう。そこからでも、始めて行こう。
薫の頭を撫でていると、
「恭介、先輩」
「ん?」
「か、薫。眠く、なって、きちゃった……」
「そうか。いいぞ、寝ても。このまま、ずっと傍にいてやるから。お前が起きるまで、お前を離さないから。だから、安心しておやすみ」
「うん。ありがと。恭介先輩……大好き」
俺もだ。と言っても聞こえていないだろう。俺が答える前に、薫は俺の体に抱きついたままスースーと寝息を立てて寝てしまっていた。
……少し冷えるな。毛布は……。
バサッ。と俺と薫を包むように毛布がかけられた。
毛布をかけた犯人は真理亜だった。
「真理亜……」
「まったく。仕方ない先輩ですね。薫が風邪を引いたら許しませんよ?」
「……ああ。悪い」
「わかってくれたならいいです。この子ったら、私たちに心配させないようにって我慢ばかりしてましたから。今日ぐらいは先輩を独り占めにしても許してあげますよ」
知ってたのか。でも、きっと言い出せなかったんだろうな。休んでもいいんだ、なんて相手の厚意を無駄にするようなことだから。だから、我慢した分の褒美をあげたってところか。
なんとも真理亜らしいことに俺はつい笑ってしまった。
それを見て、真理亜が少しだけ眉を釣り上げる。
「どうしたんですか?」
「いや、お前らしいなって思ったんだよ。助けたいけど、守りたいけど、相手のことを考えるとそれもできない。遠まわしにでも何かしてあげたいだなんて、不器用なお前らしいだろ?」
「わ、私は不器用じゃありません!」
「あはは。そういう不器用じゃねぇよ。他人との距離の詰め方の器用さだ」
真理亜は家事や掃除と言ったことは素晴らしく器用にこなす。だが、こと人の関係になるとからっきしの不器用だ。俺が敵なのかどうかを確かめるために俺を槍で狙い撃ちしたり、したくもないのに悲しい顔をしながら俺を殺したことが昔あった。
きっと、真理亜はこの街を守るために生まれてきたから、人との関係の維持なんて教わらなかったのだろう。教科書にも、参考書にも書かれていないそれは、真面目な真理亜からするとまさに未知の領域だったのだ。
笑っちまうよな。どうすればいいかわからないから槍でつついちまうなんて。俺じゃなかったら死んでるぜ?
一頻り笑ってから、真理亜に横に座るように手招きした。
「へ、変なことするつもりですか?」
「して欲しいのか?」
「欲しくありません!」
「じゃあしない。……寒いだろ? ここは温かいぜ?」
「……わかりました」
ちょこんとソファに腰掛ける真理亜。微妙に俺との距離があるのが気に入らなかったため、右手で抱き寄せると「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げた。
「な、何するんですか!」
「静かにしろよ。薫が起きちまうだろ?」
「うっ……で、ですが……」
「俺にこうされるの、嫌なのか? 嫌ならやめるけど」
「~~~~っ や、やめなくていいです……」
「そっか」
俺に抱き寄せられた真理亜は俺の肩に頭を乗せると、シュゥゥゥゥと湯気を出しながら見る見るうちに顔を紅潮させていった。
俺はもう一度、ふぅっと息を吐くと、
「真理亜。こないだも話したけど、俺がお前の姉さんを殺した。こんな時に言うのもあれだけど、薫が起きたら俺を好きなだけ殺して構わない」
「……しませんよ。そんなこと」
「いや、お前にはその権利がある。お前の家族を殺した俺を殺す権利が。お前がそういうのを嫌いなのはわかる。でも、せめて俺を貶すことくらいは言いたいだろう?」
「……殺しませんし、言いません。だ、だって、先輩は、わ、私の大切な……だ、大好きな人、ですから!」
薫の告白を聞いていてそれに触発されたのか、それとも最初から言うつもりだったのか、真理亜が目を逸らしながらそういった。
俺はそんな感情に気がついていながら、無視してきたことを呪った。
「あー。そう、だな。うん、知ってたんだけどな」
「え!?」
「い、いや! 気がつくだろ、それくらい! どこぞの主人公じゃあるまいし、そこまで鈍感な高校生やっていられるか!」
「じ、じゃあ、先輩はほかの人の好意も……」
「も、もちろん知ってる。綺羅も、クロエも。積極的な春と駄天使はともかく、薙の好意も知ってる」
俺の言葉に、真理亜が小さくため息を着いた。
そして、薫同様に全体重を俺にあずけてきた。
「ど、どうした?」
「もういいです。私は怒りました。ふんっ」
「い、いや、意味わかんないんだけど……」
「私たちの好意に気がついていて無視していたのは、どうせ自分が人間じゃないから、なんでしょう?」
「……そう、だけど」
「ふんっ。先輩は何も分かってません!」
「わかんねぇよ。こんな気持ちになったのは、十年ぶりなんだから」
十年。長いようで短い期間。俺はその間、忘れていたトラウマのせいで誰の好意も受け取れなかった。そして今、俺は自分が人間じゃないということで好意を受け取ることができない。
それに、俺は罪作りなんだろう。一回で数人の女子を好きなってしまったのだから。ホント、感情っていうのはコントロールがうまく効かない。
「もう、先輩がどう考えようと関係ありません。先輩の考えを私たちでどうにか改善します!」
「……ああ、そうしてくれ。俺は、ダメな王様だからな。ちょっと痛めつけないとわからないタイプだ」
「ええ、知ってます。だから、『私たち』で改善しますよ」
言って真理亜が俺に引っ付くと、後ろの方で人の気配がした。振り返ると、そこにはさっきまでベッドで寝ていたはずのみんながいた。
……ああ、いつものパターンですね。しかも、俺が得する方の。
午前四時半、リビングのソファで、八人の少年少女が身を寄せ合いながら寝息を立てていた。木枯らしが季節の移り変わりを教える中、彼らの仲も若干の変化が訪れる。
この変化が、今後を左右するとは、まだ誰も知らなかった。
次章予告
「やっと、アタシの出番ね」
「お手並み拝見と行こうじゃないか」
「もう、誰かが傷つくのは見たくないんだ!!」
たぶん、こんな感じになるかもしてない……