長い休みの終わり
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思い返すと、俺は長らく学校に行っていない。確か、夏休みに入って、今日までで三ヶ月以上は行っていない計算になる。
……ふむ。なるほど。つまり、俺は進級できるかどうか本気で怪しくなったわけですね、わかります。
などと、久しぶりの全員揃った寝室で両手、両足、腹から下全てを眩しい美少女たちの抱き枕にされて動けないまま、天井を見上げながらそんなことを考える俺。
う~ん。よく考えたら、俺のこの体勢、ちょっとまずくないか?
理解するまでもなくまずい。これはもう、彼女がどうこうの話ではない。所謂、ハーレムになりかかっているのだ(注意、なりかかっているではない完成している)。
はあ、とため息を着いてから俺は七人の美少女たちの顔を横目で見る。
寝ているときは可愛いのだが、何せ凶暴な女の子たちだ。一度目を覚ませば、俺の初めてが一瞬にして消え失せる。こんなに可愛い女の子たちに初めてを奪われるなんて本望だろうって? やめてくれよ。初めてを持っていったら持っていったで、今度は戦争になるんだから。それに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないぜ。
実際、毎日槍やら包丁やら光の鉄槌やらで死んでるんだ。これ以上の面倒は御免被りたい。
ということで、今日も俺は美少女達を起こさないように尽力するのだが……。
「恭介先輩♪」
その努力も始まる前に終わっていた。出鼻を挫くとはきっとこのことだろう。
「……お前は俺を絶望させたいのか?」
「何のこと?」
「はあ……とにかく、ほかの奴は起こすなよ? 俺が大変だからな?」
「とか言って、起こして欲しいくせに~」
いつから起きていたのかはわからないが、薫のこのテンションと毎朝のテンションの違いを見ると、随分と前から起きていたように思われたが、そうでもないらしい。
何故なら、薫の目の下にうっすらと隈が見えたからだ。
「……お前、寝てないのか?」
ベッドから這い出て、薫に聞くと、薫はバレた子供のように舌を出して頷いた。
「どうして、寝てないんだよ。お前らしくもない」
「薫は寝ぼすけさんじゃないよ?」
「嘘言え。お前、一度寝出すと起こしてても起きないだろうが」
「起きるよ~。恭介先輩が起きたら」
もちろん冗談だろうが、冗談に聞こえないのが薫の怖いところだ。
俺がベッドから出たことで、薫もベッドから起き上がってきたが、立ち上がったら、いきなりふらついて倒れそうになる。
「危ね」
床に倒れ込む前に抱き抱えると、薫の体がすごく冷たかった。
一瞬、死人じゃないかと思わせる冷たさに、俺は驚いて薫の顔をよく見た。すると、薫の顔は青ざめていて、少し痩せぼったくなっていた。
おかしい。昨日の薫はこんなんじゃなかった。いや、むしろ我慢していたとでも言うのか?
「お前……どうしたんだよ」
「あ、あはは……ほ、ほら、恭介先輩が倒れちゃったでしょ? それでクロエちゃんも寝込んじゃったって言ってたじゃん? じ、実は、薫もキツくって……」
クロエが寝込んだ理由は、俺からの生きるエネルギーの欠損だったらしい。
クロエには生きるためのエネルギーが必要だった。昔はカオスが他人を吸収して補っていたそうだが、俺と契約してからは絶対服従の言霊がそれの代用だった。しかし、俺が倒れたせいで絶対服従の言霊が機能しなくなりクロエが寝込んでしまったという事態を引き起こした。
だが、そのエネルギーを必要としていたのは何もクロエだけではなかった。
なんでだ。なんで、俺はそれに気がつかなかった!
薫も、女神化を多用したせいで生命維持ができない状態だった。だから、俺と契約して女神化も無限にできるようになっていたんじゃないか!
つまり、俺が寝込んでいた時、同じく薫も辛かったのだ。だが、自分も倒れてはみんなの迷惑になるからと、一生懸命我慢していたのだろう。
俺は、何度こんなことを繰り返せば……。
ふと、俺の頬に冷たい手が触れる。
「薫……」
「そんな顔しないで? 薫は、恭介先輩のせいになんてしないよ」
「でも――」
チュッ、と俺の口に柔らかくて冷たいものが触れた。
薫の唇だった。ちろっと舌を出す薫に、俺は何も言えなくなってしまった。
「ねえ、恭介先輩。二人で、リビングに行こ?」
「……お前、何する気だ?」
「それを聞いちゃう?」
不満そうな声を上げる薫。だが、確かに今の状態の薫をあのベッドで寝かせておくのも心もとない。仕方なくふらついている薫をおぶってリビングに移動した。
リビングにある時計を確認すると、午前四時だった。
電気を点け、おぶっている薫をソファに座らせてココアでも入れようかと足を進ませると、
「行かないで」
突然、手を掴まれて、俺は振り返った。
そこには弱々しい薫の姿があった。いつも天真爛漫な笑顔で、自分はなんでもできるという自信に満ち溢れている薫が、今はただの女の子に見える。否、最初からそうだったのかもしれない。ただ、俺がそう思い込んでいただけで、薫は最初からこういう女の子だったのかもしれない。
――行かないで
その言葉に拒否の選択肢はない。俺は大人しくソファに座ると、薫が俺の股に跨ってきた。
「お、おい……」
「じっとしててね?」
もぞもぞと動いて、ぴたっと体を俺に密着させてくる薫。
ゾワゾワと下半身が敏感になりそうだったが、ここでなってしまってはただの変態だ。そう言い聞かせて俺はなんとか抑え込んでいた。
すると、薫が全体重を俺に預けて深く深呼吸した。
「薫?」
「大丈夫だよ。薫は死なない。死ねないんだもん」
「お前……後悔してるのか?」
「そう思うの?」
言って、薫が俺の顔を見てきた。
その目には一切の後悔の念などない。むしろ、生きたいと言っているようだった。
「き、今日は、随分と甘えてくるじゃないか」
「ダメ?」
「い、いや!? べ、別にいいぞ!?」
裏返った声で返事をする俺。
いやね? 後輩に、しかも美少女にこんなこと言われて裏返らない男はいませんよ。むしろ、男なら大好物ですよ。
斯く言う俺は、顔が熱くなるのを感じながら必死に目をそらしていた。
「ねえ、恭介先輩」
「な、なんだよ」
「少しお話しよ? 今日は学校休んでさ。薫と一緒にいよ?」
「ホントにどうしたんだよ。お前、少し変だぞ?」
異様に甘えてくる薫に、少し異変を感じた俺は薫のオデコを触って熱がないか確かめた。
しかし、先ほど同様、オデコも冷たかった。
「言ったでしょ? 薫は寒がりなんだよ」
「そういうレベルじゃないと思うけど……」
「大丈夫。薫は死ねないから、お話したら、ちゃんと寝るから」
「まあ、お前がそういうんじゃいいけどさ」
こうして、午前四時の二人きりの時間が始まる。