主人公の真実
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俺は、意識を失っていたときのことを病室に集まったみんなに事細かく話した。
生徒会長は自分には関係のない話だと察したのか部屋から退室してくれた。
部屋に残ったみんなはというと、綺羅は悲しみのあまり口元を抑え、真理亜と薫は少しだけ表情を曇らせている。神崎の婆さんは静かに俺の話を聞いていた。
今、この部屋の中でこの事実に目を背けていい人間はいない。これは、みんなが知るべき罰だ。
一人の少女の行方を左右してしまった、みんなの罰なのだ。
それを承知で、神崎の婆さんは言葉を出した。
「そう、か。真里奈が、のぅ」
「そうだ。真里奈は俺を助けてくれた。守らなくちゃいけなかった彼女を、俺は殺してしまった。簡単に言えば、それが事の顛末だ。だけど、腑に落ちないことがあるんだよ。……婆さん。あんた、まさか真里奈に俺を助けるように命令したんじゃないだろうな?」
キッと、怒りで鋭くなった眼光が神崎の婆さんを睨む。
婆さんは、短い間があって、やっと口を開いた。
「正直、わしは孫娘を助けたかった。じゃが、もう手遅れだったのと、孫娘自身が死に際にこう言ったのじゃよ。『私はもう助からない。なら、私の体を彼にあげて』っとな」
その言葉を全部信じるわけではない。しかし、その言葉は如何にも俺が知る真里奈が言いそうで、少しだけ、納得してしまいそうになった。
納得などしてはいけない。わかっているが、ここまで聞いて既に精神の方がやられてしまいそうだ。
だが、俺は問い続ける。
「じゃあ、真里奈は望んで俺に体をくれたのか?」
「そうじゃ。まあ実際、脳の移植なぞできるはずがないと思っておったがのぅ。しかし、わしの孫娘はやりおった。体の全ての部位がお主に移植可能じゃった。しかも、若干の記憶違いはあろうが、生きることに何の不便もないと来たもんじゃ。素晴らしいの一言じゃよ」
婆さんは自分の孫を自慢するかのようにケラケラと笑いながら話してくれた。
そうか。じゃあ、俺の体は真里奈の臓器がたくさん移植されているってことか。脳も、真里奈の半分が移植されているらしい。
俺は握りこぶしを作って、プルプルと震えていた。
すると、婆さんが話を続ける。
「しかし、わしの孫娘は死に損じゃった」
「何?」
「そうじゃろ? お主に今まで忘れられておったのじゃから。助けられた恩義も忘れられ、存在自体を消されたのがかわいそうと言わないで何と言えよう?」
「そ、それは……」
確かに、俺は忘れていた。完全に思い出せない事実だった。
きっと、未来から俺が来なければ思い出すことすらなかっただろう。それほどまでに、俺のこの記憶は思い出すことを拒否されるものだった。
だが、俺は思い出した。思い出してしまった。真里奈は思い出さなくてもいいと言ってくれたのに、俺は必死に思い出して、そうして今、ここに立っている。
俺は一歩踏み出して、婆さんに言った。
「婆さん。あんたに言うのも癪だけど……すまなかった。俺は、俺自身の都合のいいことだけを覚えていただけだ。逃げていただけなんだ。そのことだけは、すごく理解できた」
「ふん。もう遅いわ」
「そうかもしれない。でも、俺はまだ真里奈に会える手段があった。だから、俺は謝ってきたんだ、あいつに。そしたらさ、もういいって言ってくれて。それで……」
「お主の中にいる真里奈など興味ないわ。それに、今更謝られたところで真里奈は戻っては来ない」
「だから、俺を殺したんだろ?」
唐突に告げられた言葉に、病室内が凍った。
俺を殺した。それは、俺がこんな体(死ねない体)になる前の話だ。
俺はある日、大型ダンプカーに轢かれ、死亡した。しかし、幸運にもタナトスに命を救われ、死ねない体を手に入れた。
思い返せば不思議なことばかりだ。
聞けば、大型ダンプカーの所有者は見つからないらしい。そもそも乗っていたのかさえ怪しいという。
そして、絶妙なタイミングでのタナトスの登場。全ての死を見張る立場のタナトスが普通、轢かれた直後の俺に会いに来るわけがない。何故なら、そのときはまだ『死んでいなかった』のだから。
轢かれた直後、俺には自分が死んだのかもしれないという感覚が残っていた。それは、紛れもなく生きていた証拠であり、タナトスが俺の元を訪問するわけがないという理由にもなる。
これらのことから、俺なりに導き出した答えはこうだ。
「婆さん。あんたは、俺が憎かった。真里奈を無駄死にさせて、のうのうと生きている俺がこれ以上になく不愉快だった。そうだろう? だから、他神話の神であるタナトスに俺というおもちゃを渡す代わりに、殺す算段を一緒に考えようと提案した」
「何の証拠もない推論じゃの」
「そうかもしれない。でも、そうでもしなきゃタナトスは動かない。あいつはそういう奴だ」
タナトスは自分にどんなに利益があっても、その利益が面白いものでなければ動くことは絶対にない。その利益に俺は最適な素材だった。なぜかは分からないが、俺が不幸体質なのを知っていた婆さんは、それをタナトスに言って面白さを醸し出したのかもしれない。そうすれば、タナトスが動いたことにも説明はつく。
とにかく、俺を殺したのは婆さんで確実だ。
俺は、婆さんを見つめ、返答を待つ。
「……どこで気づいたのじゃ?」
「俺が、真里奈と一緒にトラックで轢かれたのを思い出した時だよ。あの殺し方は、あの時と似ていた。如何にもダンプカーの居眠り運転を模倣した殺し方だった。だから、わかったんだ」
言って、婆さんは少しだけ晴れやかな表情になって、真っ白な天井を見る。
そして、溜息をついたかと思うと、話しだした。
「そうじゃ。貴様を殺したのはわしとタナトスの合同の計画じゃった。しかし、理由は違うがのぅ」
「どういうことだ?」
「わしは別に孫娘のことを憎んではおらんよ。孫娘の選んだ道じゃ。どうあろうと、わしが口出しをしていいものではない。それに、お主がその分生きておったからのぅ」
……なら、なんで殺したんだ? 真里奈の分まで生きていてくれて嬉しいと思ったのに、なんで俺を殺したんだ?
「もし。お主が死んでその体になっておらんかったら、どれだけの被害が出ておったかのぅ」
俺を殺した理由だと言わんばかりに話し始めた婆さん。
……まさか、全部予知していたのか? 今日までの事件をすべて予知した上で、俺を殺して全てを丸く収めさせたのか? そんなこと、できるはずが――
「おばあさまは、星詠みです。星詠みとは、星を見て天啓を得ることを言います。そして、その天啓は未来の出来事を未然に防げるようにと、開発された術です」
俺の疑問を解消させるために、真理亜がそう言った。
星詠み。そういえば、俺が王になった時にも未来が見えるとかなんとか言っていたな。そういうことだったのか。
じゃあ、俺は最初から婆さんに利用されていたってことか。
「じゃがの。そんなわしにも予知できんことがあった」
「……それは?」
「お主が、真里奈のことを思い出したことじゃ。そればかりは、わしでも予知が出来んかった」
それは……一体どういうことなんだ?
俺が言葉の意味に困っていると、婆さんは俺の前で初めてやさしい笑顔を見せて、深く頭を下げた。
「ありがとう。わしの孫娘を思い出してくれて。お主には辛い記憶だとわかっておったのだ。わしが辛かったように、お主はお主なりに、記憶を失ってしまうほどにひどく辛い記憶だと知っておったのだ」
頭を上げ、婆さんは俺をしっかりと見つめたまま、続けた。
「その上、わしはお主を殺し、利用した。世界という不完全なものを守らせるために、わしの逃げ道にしてしまった。じゃが、わしにはそれくらいしか出来んかった。お主に世界を守ってもらわなければ、この世界はなくなってしまっていたのじゃ。お主の憎むべき世界を、お主に託してしまったことを、深く詫びさせて欲しい」
言って、再び頭を下げる婆さん。
俺はというと頬を掻き、理解の追いつかない言葉に困惑していると、生徒会長を含む全ての人が俺の返答を待つ体制に入った。
……ありがとう、か。
正直、憎まれていると思っていた。孫娘を殺した張本人だから、憎まれて当然だ。だが、やっぱり真里奈の家族ってことか、自分の事は蚊帳の外で、いつだって他人のことを考えている。まさか、感謝の言葉を言われるとは思わなかった。
頭を下げる婆さんに、どんな言葉をかければいいかはわからない。でも、今は正直なことを言おうと思う。
「……頭、上げろよ。なんだかさ、婆さんらしくないぜ? いつもの婆さんなら、一喝して、お前が悪いって言い切るだろうがよ」
言っても頭を上げようとしない婆さんを見て、俺は仕方なく話を続けた。
「俺は……別に世界を憎んじゃいないよ。確かに、こんな理不尽だらけで、幸福なんてなくて、いつだって誰のためでもなく動いている世界に不満はあるけどさ。憎むほどじゃない。もしその世界が、大切な人を失った世界だったとしても、俺は絶対に世界を憎みやしない」
「……そんなはずがないだろう?」
「本当さ。真里奈を失ったのは俺に力がなかったから。真里奈を救い出すだけの力が俺になかったからだ。俺さ、思い出したんだ。記憶を失った理由は、俺の弱さのせいだってな。だから、感謝されることは何もしてないよ」
俺の言葉を聞いて、ゆっくり婆さんが顔を上げる。
そう。全て俺がいけなかった。真里奈が死んだのは俺のせいだし、世界が歪んで見えるのも俺がこうだから。誰のせいでもない。誰のせいにだってさせない。これは、俺が背負うべき罰。弱さという罰なんだから。
「夢の中で、真里奈に聞いたんだ。俺は生きていていいのかって。そしたらさ。あいつ、私の分まで生きて欲しいって言いやがってよ。可笑しいよな。ははっ」
空笑いをして、婆さんの顔を見ると、婆さんの頬に一筋の雫が流れていた。
気が付いていなかったが、後ろの方で嗚咽が聞こえる。これはきっと、真理亜のものだろう。泣いてる奴が居るかは見たくない。女の涙は見ていていいものではないから。
それに、話は終っていないから。
「俺にはたくさんの大切な仲間ができた。やっと世界が楽しいと思えた。生きていて欲しいと願われた。そんな世界を憎んじゃ、罰当たりもいいところだろ?」
微笑んで、俺は目から溢れる心の汗をそのままに、一番伝えたかったことを口にする。
「だから……だから俺は、何が何でもこの世界を守る。昔、守れなかった人が大好きだった世界だから、俺は償うために、守るんだよ」
ったく。汗が邪魔で前すらまともに見えやしねぇ。拭いても拭いても出てきやがる。ホント、この汗は邪魔だな。
俺は笑った顔を一生懸命保ちつつ、意思表明した。
すると、婆さんから掠れた声が微かに聞こえた。
「ありがとう……ありがとう……」
俺は天井を見上げ、心の汗が枯れるまでそのままにした。
どうやら、今日はお天気雨のようだ。