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心の支え

読んでくれると嬉しいです

 動揺、心の揺さぶりが収まって来て、俺は自分が何をしているのかを思い知らされた。


「落ち着いた? 顔色はまだ悪そうだけど」

「あ、ああ。えっと、その……すまん」

「え? 何が?」


 未だ真っ暗な世界の中、俺は真里奈に膝枕をされていた。どうやら錯乱状態になったらしく、記憶は曖昧だが、過去のことは完全に解放されたみたいで俺の頭の中を二度と消えようとはしなかった。

 忌々しい過去。逃れることのできない罪悪感。目の前にいるのはその象徴なのではないかと思えてならない。しかし、真里奈は俺に笑顔を向けてくれた。


「私の顔になにかついてる? ……て、想像の中だからそんなことはないんだけどね」

「……いや、すまん。何でもないんだ」


 俺の気持ちを見透かしたような眼差しは、俺にこれ以上の負担をかけないようにと気遣ってくれている。そんな真里奈の表情が、言葉が、優しさが、俺を更に苦しめた。

 真里奈はやさしい。守ると、できない約束をして死なせてしまった俺を否めることもせず、責めることもせず、罵ることもせず、ただただ俺のことを気遣ってくれていた。それが、どれほど苦しいか。どれほど罪悪感に浸るか。どれほど悲壮感に浸ればいいのか。俺は、再び頬に涙を伝わせた。






 十年前。俺が小学一年生になったばかりの頃。俺は近くの公園でいつものごとく一人で遊んでいた。

 親は俺が小さい時から傍にはいなかったし、俺もそれが当然だと思っていた。近所の綺羅は毎日遊ぶ程の中ではなかったが、極たまに俺と一緒に公園で遊んでいた。

 そんな俺が、公園の砂場で遊んでいると、そんなに歳の変わらない少女が俺の傍にやって来て、こう言ったのだ。


『ねえ。一人なの?』


 今思えば、その出会いは少しおかしい。歳の変わらない少女が俺と同じく一人で公園に来ているのだから。普通なら、親御さんは一緒に来るのが安全面ではこれ以上にない監視役だ。だが、少女は俺と同じく一人だった。

 その時の俺はそれを不思議がらなかった。俺自身がそうであったように、この子もそうなのだと勝手に思い込んでいたからだ。

 もちろん。返事はイエス。すると、少女はにこやかに、大人っぽい笑顔を浮かべて手を差し出した。


『じゃあ、私と一緒に遊ぼうよ』


 その手は、ものすごく輝いているように見えた。きっと、つまらない場所から出してくれるのだと思わせる程の輝きに、俺は無言でその手をとった。

 それから、俺と少女は毎日遊ぶようになった。学校から帰ってきても家には誰もいない。それなら、少女と遊んでいる方が幾分マシだからだ。その中には綺羅も含まれている時があった。

 俺と少女、たまに綺羅を含めた三人は、毎日遅くまで冒険と称して遠くまで散歩した。と言っても、子供なのですぐ傍の場所に行ってもそこが別の場所のように感じられて、実際には十分くらいで行ける場所でも遠いと感じられた。

 楽しかった。今思えば、もちろん昔思ったとしてもそれは確実だ。

 少女と遊んでいるうちに、俺は親父|(その時は陰陽師とかをしていた)みたいになりたかった。誰かを救えるような、誰かを守れるような男になりたかった。

 だから、俺は少女と約束してしまったのだ。出来もしないことを。


『僕が真里奈ちゃんを守るよ!』


 少女の名前は神崎真里奈。小学二年生で俺よりもずっとずっと優しくて強い女の子。そんなこと知っていたのに、俺は守ると約束した。

 しかし、それは果たされなかった。

 真里奈と出会って三ヶ月。それまでは、蜂を追い払ったり、傘を貸してあげたりと俺にもできることを一生懸命した。全ては真里奈を守るため。俺の自己満足のために。だが、今度ばかりはそうもいかなかったのだ。

 二人でいつものように下校していると、信号が赤になり律儀に俺たちは横断歩道のところで立ち止まった。普段なら車の通りなどない道。普通ならそのまま通ってしまえる場所でも、俺たちは律儀に止まったのだ。

 それがいけなかった。立ち止まらず、後で叱られたとしても渡るべきだった。

 大型のトラックが、赤信号で止まっている俺たち目掛けて猛スピードで突っ込んできたのだ。

 居眠り運転だった。トラックの運転手は全身から血を出すほどの大怪我し救急車で病院に運ばれてから死亡したことが告げられた。

 俺たちはというと、真っ赤な血の海の中でお互いがお互いを探していた。

 視界は真っ赤に染まり、目の前など見えない。音もちゃんと聞こえず、皮膚から伝えられる感覚も通常とは違う。

 だが、俺たちはお互いの場所を知っているかのように引き合った。


『ずっとずっと、一緒だよね?』


 不意にそんな言葉が聞こえたような気がした。


『そうだよ。ずっと、一緒だよ』


 だから、俺もそう返した。聞こえているのかはわからない。でも、そう伝えたかった。守ると誓った相手だから。守りたいと思った人だから。


『大丈夫だ! 僕が真里奈ちゃんを守ってみせるから!』


 答えが返ってこない恐怖に、俺は痛む体にムチを打って叫んだ。


『そうだよね。大丈夫、だよね?』


 弱々しい声が、聞き取りづらいノイズとなって耳に入ってくる。

 そこで、俺の意識は完全になくなった。

 次に目を覚ましたとき、俺は真里奈が死んだことを親父から聞いた。親父は、その時だけは茶化すことはせず、母さんも俺を優しく抱いてくれた。

 親父は真里奈の死因を子供の俺に伝えてくれた。どうやら、トラックに轢かれたとき俺よりも真里奈の方がトラックの正面に居たらしく全身を強く打ったらしい。そのせいもあって全身の臓器や骨は壊滅状態。あの直後に俺と話していたという事実が不思議なくらいだったらしい。親父は俺の状態を詳しくは言ってくれなかった。言いづらかったのだと思う。何せ、俺の表情が真里奈をどれほど好きだったのかを物語っていたから。


『嘘だ。うそだよね……真里奈ちゃん。僕は……君を――』


 いなくなってしまったことが、自分が弱かったのだと分かってしまったことが、自分を苦しめた。そして、俺は再び意識を失くし、目覚めた時には何故俺が病院にいるのかを覚えてはいなかった。






「……俺は、君を助けられなかった。それどころか、君に助けられたんだな」


 膝枕をされながら、俺は真里奈にそう言った。

 すると、真里奈は困ったような顔をして、えへへと笑った。


「そう、なるのかな。で、でも、恭介ちゃんのせいじゃないよ!」

「ははっ。少しは責めてくれよ。でないと、俺はどういう顔をすればいいのかわかんねぇよ」


 俺はわかっていた。真里奈がたとえ自分を殺した相手だろうと優しく接するということを。でも、俺が耐えられなかった。そんな優しさが。

 でも、真里奈の優しさを突き返すことができなかった俺は、そう諭すように真里奈に言う。

 すると、真里奈は俺のおでこにデコピンをすると、子供を叱るようにめッと言った。


「そういう時は、笑ってればいいんだよ。ほら、笑う門にはなんとやらって言うでしょ?」

「福(きた)る、だ。……まあ、そうだよな」


 言われて、俺はハハッと笑った。

 変わらない。昔からずっと真里奈はこういうやつだった。だから、俺はこいつのことが好きになったのだろう。

 ……そうか。俺は、真里奈のことが好きなのか。ライクではなく、ラブの意味で。


「なあ、真里奈」

「なに?」

「俺、さ。大切な仲間ができたんだ」

「うん」

「毎日が、楽しいと思えたんだ」

「うんうん」

「お前を見殺しにした俺でも、生きていていいのかな? 約束も守れなかった俺だけど、生きていていいのかな?」


 強請るように、祈るように言う言葉は、いつの間にか掠れ、しわくちゃになった顔から出た、搾りかすのような声だった。

 滲む視界で、真里奈の顔がいつものやさしい顔になるのを捉えた。そして、真里奈は俺の頭を優しく撫でて、こう言った。


「馬鹿だなぁ。昔のヒロインだったら、私の分まで生きてって言うはずだよ?」


 答えは、俺の視界をもっと滲ませた。

 見殺しにした俺でも、忘れてしまった俺でも、生きていていいと、生きていて欲しいと言ってくれた事に、俺は涙した。

 こんな優しさは反則だ。でも、報われる反則だ。

 泣きじゃくる俺の頭を撫でる真里奈。撫でながら、真里奈は言葉を続けた。


「私と恭介ちゃんは一心同体。もう、離れることはないんだよ。ずっとずっと一緒だよ」

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