絡み合う三竦み
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スコープ越しから眺めていた少年と少女たちの馬鹿さ加減には目を見張るものがあるが、それは今のミッションでは関係のないことだ。
ミッション。それは少年と少女の監視、またはそれに害を成しそうなものの排除だ。
フンフンと綺麗なフレーズを奏でながら、可愛らしいウサ耳を揺らしてスコープから監視対象を観察する少女はピクっと何かに気がつき、スコープの位置を一時の方向から三時の方向まで動かした。
ちょっと遠めだが、見た感じ良い集団ではないとわかる小規模な集団が監視対象のいる施設に向かって歩いていることを把握し、狙撃するか否かを考えたが瞬時に諦めた。
距離が遠いということもあるが、今は生憎の朝。月の兎と称される少女には活動自体が厳しい時間帯だったからだ。
スコープから顔を離し、背後にいる青年に声をかける。
「距離三千メートル程の位置に良くない集団が近づいてるんですよー」
「わかった。お前はそのまま監視を続けろ。集団については近づき次第、追って指示する」
「はいですよー」
少女は命令された通り再びスコープに顔を近づけ、最初に監視していた少年らに視線を移す。
指示を出した青年は、木の陰に腰を落として、小さくあくびをする。
内心では鋭い論の掛け合いが行われているが、そのことを表情に出さず、全て内だけで解決させていく。
集団は三千メートル先、月の兎の本領をもってすればまだまだ近い距離だが、それも夜であればの話だ。日が一番高い位置にある今はさすがの夜見でも狙撃ができないだろう。
ならば、八咫烏か? いや、あいつも今が監視時だ。夜になってしまっては八咫烏は監視することができなくなってしまう。そもそも、二人で監視する必要があるか? それこそある。何せ、俺(御門恭介)はただでさえ面倒に巻き込まれやすい。
他に動ける人材は……ダメだ、朝方に動ける人材は存在しない。いっそのこと俺が戦うか? それもダメだ。となると、ここは近づかせるだけ近づかせて夜見に狙撃で戦力を減らせて八咫烏で難なく片付けてしまおう。
考えがまとまると、青年は体を休ませるために休眠を取った。
夏ということもあって、日向は暑いが風通しがいい場所なので少しばかり日陰は涼しい。そのことを知った上で、青年の近くに神々しい光が集まり人となって存在を新たにする。
その姿は青年。否、美青年というべきだろう。天使の男性の象徴とも言えるような美青年は手に持っていた毛布を眠ってしまった青年にかけてやる。
「ウルスラグナさん。おひさですよー」
「そうですね。まったく、敵が近くに来ているというのにこの方は……」
「仕方ないですよー。マスターはお疲れなんですよー」
「まあ、生き返って間もないですからね。少しの休憩を取っていないと、この先の戦には勝機は見えないですから。休める時に休んで欲しいものですね」
ウルスラグナと呼ばれた美青年は頬に手を当て、困ったものだと言わんばかりに首を振る。
月の兎、夜見もたははと笑うが視線は依然として監視対象だ。
「このまま、何事もなければいいのですが……」
「そうも言ってられないんですよー」
夜見に向けられたウルスラグナの言葉を受けて、夜見は少しも考えることもなく即答した。
だが、夜見の不吉な言葉はウルスラグナではなく、視線の先にいる少年に向けて放たれたように思われた。
遠視の能力で、男性は遠くにある建物を把握していた。
外見はそこそこ金がありそうだと、判断した男は仲間を引き連れ森の中をかける。
この集団は所謂、山賊。その末裔だ。
古来より金は盗むもの、女は捉えるものと教えられた結果、時代に取り残されることになっているが、その実力は平和ボケした人々を超越し、ありとあらゆる危険を嗅ぎ分ける能力を身につけている。
今度の狩りもうまくいくはずだった。現在進行形で、危険をかぎわけられない彼らに、今後何が起こるかは未知の領域だ。
大盛りに盛られた牛丼に齧り付くように頬張る俺。
それを見て、生徒会長は素晴らしいと賞賛し、綺羅と真理亜は恥ずかしいと頬を赤くしていた。ただひとり、薫だけは俺と張り合って頬張っていたが。
とりわけ何があったわけではないが、こう平和だと何か起こるのではないかと不安になってしまう。
それに、ここに来てから何かと視線を感じるが、その正体はわからないままだ。普段は自嘲も過剰な反応も見せないが、俺はあんな親に育てられたため、カンは鋭い。
「どうかしたのかい?」
生徒会長が窓から外を見ていた俺に声をかけてきた。
俺はすぐに窓から目を離し、生徒会長さんに向かって屈託のない笑みを見せつつ首を振って答えた。
「いえ、何でもないです。強いて言うなら外が綺麗だなって思っただけですよ」
「ああ。それは確かにね」
俺の言葉を受けて、生徒会長が外を眺める。
太陽の日を、森の若葉が反射し、もしくは木漏れ日などで綺麗に彩られていて素晴らしい景色が探訪できた。
しかし、俺が眺めていたのその先、不吉な視線を送る人物を探し出そうとするが、俺にはそんな特殊な能力は持ち合わせていない。
故に、俺はその探索を諦め、相手が出てくるのを気長に待つことにした。
これまでも幾度となく繰り広げてきた死闘。それをくぐり抜けてきた俺はいつの日か、戦いというものを甘く見ているようだ。もちろん、こんなことを今の俺が知るはずもないが。
つまるところ、この先、俺はこの考えのせいで痛い目を見る。いや、見たのだった。