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忘れ去られた存在

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「守備はどうだ?」

「問題ないですよー。じゅんちょーじゅんちょーなのですよー」


 豊満な胸元、ふっくらとしているお尻から見えるのは純白の兎の尻尾、頭には兎の耳が生えている。肌は白く、真夜中なのにはっきりとその存在が確認できる。

 そして、それに話しかけるのは半透明な青年。髪は長く、右目には眼帯をしている。

 ウサ耳の少女がその手に余る程の大きなスナイパーライフルのスコープから目を離し、半透明な青年に抱きつこうとして寸前で押しとどまった。

 何故なら、間に神々しい光を放つ一羽の(からす)が停滞したからだ。


八咫烏(やたがらす)か。お前の方も、もう限界か?」

「はい。既に月が上がっていますので。もう、私では隠密行動は不可能です」


 一羽の烏はくるっと一回転すると金の髪、金の目、純白の肌の人の形になり、青年に敬意を表するかのように地面に膝を付いて話す。

 青年はその姿を嫌そうに見ながら、八咫烏と呼ばれた少女を立たせ、ウサ耳の少女に話しかける。


「だそうだ。今からはお前とケルに頼むしかないが、出来るか?」

「問題ないですよー。今夜は満月だから、私の力も最大限に利用できるんですよー」

「さすがは月の兎だ。で、ケルは?」


 ケルと呼ばれて現れたのは髪も目も真っ黒な長身の女性だった。女性は自身の短めの髪をいじりながらめんどくさそうに言う。


「眠い」

「がんばれ。後でパンをやる」

「ホントか?」

「俺が嘘をつくように見えるか?」

「わかった、頑張る」


 そう言って、ケルと呼ばれた女性は背後から野山を駆け下りていった。

 青年は疲れたのか溜息をつき、前方百キロ先の宿舎の一室を左目で見る。呑気に寝ている少女が三人、目的の少年は目視できないが、何らかの移動を行っているのだろう。もしくは、自分たちの行動に気がつきこちらに向かっているか。

 青年は冷静に考えを広げ、状況を判断する。その時点でこの青年が戦いなれていることは確認できるが、若干二十歳に見える体からは膨大な殺気と冷気が漂っているのは果たして戦い慣れているだけなのだろうか。


「こんなに下調べをしなくてはならない敵なのか?」


 話しかけられて青年はゆっくりと振り返ると、そこには三つ首の巨大なドラゴンが悠然と立っていた。青年はそれに向かって首を横に振る。


「いや。あいつはまだそこまでじゃない」

「なら、俺様の終末論を使って――」

「ダメだ。あいつ一人を殺すのに、大勢の犠牲は必要ない」

「だが――」

「確かに、お前の終末論なら人一人どころか、世界を難なく崩壊させられるだろう。でも、ダメなんだよ、アジ・ダハーカ」


 それ以上の言葉を許さない圧倒的プレッシャー。独眼から放たれる視線は、既に人の視線ではない。神という領域を脱した未知なる恐怖が絶対悪と評されたアジ・ダハーカを震え上がらせ、言葉を吹き飛ばす。

 それ以上はアジ・ダハーカも言葉を発せられず、静かに青年の後方に佇んだ。


「いやいやー。もう、出番なのかい?」

「ああ。そうだとも、タナトス。時は満ちた。俺の、いや俺たちの夢を叶えよう」


 宙を舞うのは見慣れた死の神タナトス。タナトスはニヤニヤと笑いながら、青年の前に浮かんでいる。

 その目からは今まで見たことがない冷たく、また生を奪われる視線。普段ふざけているため、タナトスは周りから戦力外とされていたが、これでも神なのだ。それも、死の神。死神なのだ。人を殺し、再生させ、再び刈り取る。人の天敵と呼ばれる存在なのだ。


「なら、君を生き返らせよう」

「頼んだ」


 タナトスが青年に触れると、半透明だった青年の体が発光し、厚みのあるしっかりとした体が生成されていく。

 完全に生成されると青年はポキポキと首を鳴らして体の感触を確かめる。


「どうだい? 久しぶりの体は」

「ちょっと重いな。さっきまで無重力だっただけあって、この重さは堪えるな」

「とか言って、もう慣れているんだろう?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」

「死に損ないのゾンビだろう?」


 タナトスの言葉を聞いて、青年は黙ってしまった。図星だったのか、または呆れているのか。青年の表情からは伺えないが、恐らくはどちらでもないのだろう。

 青年はふっと息を吐いて、顔を上げた。


「さて、準備は揃った。勝てる見込みは十分に存在する。これから、俺たちは目的達成のため出発する。――――王狩りの時間だ」


 青年の声に応して背後にいる三人と遠くからの声が応えた。

 タナトスはそれらの姿を見て、ニヤつきながらこう言った。


「行きたまえ、御門恭介くん。くくく……あちらは正義のために、こちらは欲望のために。これは、ものすごく面白いことになりそうだ」


 不穏な空気が、波と風と音ともに辺りを染め上げていくのを満月と三日月のような笑みを浮かべるタナトスだけが静かに聞いていた。

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