王様稼業には専念したくない
読んでくれると嬉しいです
海と山に挟まれるように存在する小さな街。そこに俺たちは一週間の勉強会という名目でもしかしたら遊びに来ているのかもしれない。
生徒会長は頭もよければ、美形だ。普通ならば、俺みたいな男に声をかけてくるはずもないのだが、もちろん、俺も普通ではない。だからと言って、女子にモテるのかと言われれば実はその逆だ。
しかし、この頃の傾向として俺のそばには欠点持ちの美少女が集まってきている気がする。まあ、その分面倒事が存在するのだが、否めないだろう。
なんで、こんなことを考えているのかを説明すれば長くなるが、簡単に言えば息抜きだ。
いやね? あの子達俺と一緒の部屋で寝ているわけですよ。左を向けば美少女、右を向けば美少女、起き上がれば美少女ですよ。心がね、いっぱいなんだ。
というわけで、俺は寝室から抜け出し、夜風にあたり来ているのだ。
「……で、なんでお前いんの?」
俺はせっかくの夜風を横から邪魔する人物に声をかける。
俺に声をかけられた人物はニヤッと笑って俺の前にアロハシャツにハーフパンツと言ったなんとも夏らしい姿を現した。
「いやー、確かに君の命令を無視して前に現れてしまったけど、あの時は危なかっただろ――」
「そうじゃない。俺との約束を破って、ヨハネを止めるのに協力してくれたのはむしろ感謝してる。でも、違うんだ。俺が言いたいのは、なんで今、お前がここにいるのかってことだよ!!」
俺はニヤニヤと笑いながら弁解する英雄神インドラに向かって罵声を浴びせた。
確かに二度と目の前には現れるなとは言ったよ! でも、助けてくれたんだからあの時のことは感謝してるよ! でも、プライベートな今、この瞬間になんで居合わせてるんだよ!
俺の言葉を聞いて、インドラは不意を突かれたように目を見開いて驚いていた。
「……驚いたなぁ。むしろ、怒るポイントが完全にズレてることにすら気づかないなんて」
「怒るポイントも何もねぇだろ。あの時はイレギュラー、今はプライベート。わかる? ドゥーユーアンダースタンド? お前の出番は今はない!!」
「まーまー、そう硬いことを言わないでくれよ。僕も暇だったんだ。話し相手にはなると思うよ?」
などとはぐらかしてくるが、はっきり言って話し相手は必要だった。夜風に当たったことで眠気が覚め、どうやって時間を潰そうか迷っていたところだったので、インドラの登場は幸運というにふさわしいものだった。
この行動さえも、インドラの計画通りでなければのことだが。
「お前、海にもいたよな? 気が付いてたからな? お前のその目立つアロハシャツ、思いのほか目立ちますよ?」
「参ったなぁ。ほら僕、神様だから。目立っちゃって目立っちゃって、あはははは」
このふざけよう。まるでどこぞの死の神様のようだ。まあ、あいつは完全な悪意をもってあざ笑うように言うので、インドラの方が幾分マシだが。
しかし、話していて疲れることは変わらないので、俺は手すりに凭れ、ふぅと溜息をついた。
「お前、よく生きてたな。かなりの大怪我だっただろ?」
「だから、あの時まで君の前に出られなかったのさ。ケガが治って、みんなの復活もし終える瞬間はあの時になって初めて完成したからね」
インドラの言うあの時とは使徒聖ヨハネの事件のときのことだ。あの時、死んだ英雄、怪我をした英雄が完全に復活したということだろう。
そういえば、黄泉からの脱走者が出たとタナトスが笑っていたが、それは俺が殺したジークフリートさんですかね。報復とかしてこないか心配で夜も眠れませんね!
俺は小さく身震いをして、空を見上げた。
「君は、本当に強い」
インドラが詩を語るように呟いた。
「なんだよ、気持ち悪い。神様が簡単に負けを認めるもんじゃないぞ?」
「負けたよ。そして、これからも負け続けるだろう。僕は、君には勝てない」
「うー。ほんとやめろって! 鳥肌立ってきちゃったよ!」
俺はただでさえジークフリートの報復に恐怖しているのに、インドラのこんな言葉を聞いたら寒気さえも感じられてしまう。
しかし、インドラは横目で俺を見て、ニヤッと笑って言う。
「君は神を倒し、龍を倒し、聖人を倒し、今度は何を倒すんだい?」
「できることなら、何も倒したくないよ。ただ、向かってくる火花があるなら、襲いかかる火の粉があるのなら、俺はそれを取り除かなくちゃいけないんだ」
「なぜ? 君は逃げる権利を持っているんだよ?」
「持ってないよ、そんな権利は。俺は、逃げることを剥奪された罪人だ」
雲一つない夜空が、明るく見えるのはなぜだろう。きっと、夜という闇ですらも俺には明るいからだろう。
俺は逃げられない。何からも、逃げてはいけない。それが運命で、それこそが償いなのだ。
ヨハネが見せた女の子。名前も、正直顔もよく思い出せない。本当に少しの間だけ魅せられた過去に俺は何かを感じ取ってしまった。
それは俺が生きる意味であり、それは俺が強要されるべき宿命。あの笑顔を忘れ、過去を閉ざし、今の幸せに浸る俺は、きっと間違っているのだろう。
そこまで考えて俺は、インドラの今までとは違う、さっぱりとした笑いを見た。
「君は本当に面白いね。ふざけているのかと思ったら、いきなり一生懸命に自分を削る。かと言って、それを強要されようとはしない。まるで矛盾の塊だ」
「俺がお前の言っていることを理解できないのは、俺が馬鹿だからか? それとも、お前の表現がおかしいからか? ……どちらにしても、俺はただ迷っているだけの幼稚なガキだよ」
俺がそう言うと、インドラは肩を竦めて飽きたように言う。
「そうじゃない。君が、最も人間らしいといえば嘘になるが、それでも君は普通の人よりは人を楽しんでいるのさ。生きるってことは、そういうことの連続さ」
「なんだ。神様らしいことをいうじゃないか。頭でも打ったのか?」
「ああ。でも、頭じゃない、ここら辺をごっそり持って行かれたよ」
そう言って、インドラは昔、俺が放ったカウンターの直撃部分を軽くさすった。
こいつ、俺に何を言いたいんだ? 茶化しに来ただけなら即刻帰って欲しいんだけど。
「僕はね。君に負けて体が回復するまで、考え続けた。なんで僕は負けたのか。なんで君は勝てたのか。あの時、僕たちは優勢だった。君は覆ることがない敗北下にあった。なのに、君は勝利を手にした。それはどうしてなのか。考え続けたよ」
「……答えは、出たのか?」
「まだだ。答えのようなものは出ているのに、決定的に何かが足りない。最後のピースが、僕にはつかめない。だから――」
言って、インドラは俺の前に膝まづいた。
マジでやめてくれます? 人目がないとは言え、こういうのボーイズラブだと勘違いする人多いから。そうじゃないですよ? 俺は男よりプリティーで可愛い男の娘が……女の子が大好きです!
「僕は君に忠誠は誓わない。けど、君を主だと、王だと認識する。同時に、僕たちは君の仲間になることをここに誓う」
インドラが言うと、インドラの背後にいつの間にか英雄たちが膝まづきながらそこにいた。
待って。いや、ホント待って。これどういう状況? ねえ、これって、どういうBLもの? こんなゲームにログインした覚えないんですけど。
必死に状況判断をしようと試みるが、俺の頭にはエラーの一文字しか出てこない。
インドラが何を感じてここに来たのか、そして膝まづいているのか、全くさっぱりわからない。正直、押し付けられた役職である王様を誰かに代わって欲しいものだったのだが、今日この瞬間をもって考えを改めよう。誰か、俺と代われ。と
「ということで、これからも君のそばにい続けるよ」
インドラの嫌がらせが成功したときの子供のような笑顔を見て、俺は、あ、こいつタナトスと同じだったわ。と頬を引きつらせながら無言で呆然と立ち尽くした。