不幸な夏の始まり
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季節は夏。眩い日光の下、海やら山やらで周りは浮かれるばかり。それもいいだろう。いいんだが、俺のこの状況が良くない。
終業式を終え、夏休みが始まった今、俺は学校という柵から逃れたように見えた。しかし違ったのだ。
今朝、俺の家に届いた手紙は、学校からの手紙で、内容は夏季合宿だった。
応募したつもりも、するつもりもなかった行事だが、どうやら勝手に応募されていたらしい。
「いや、待てよ? これって確か親の印鑑が必要だった気がするんだけど……」
俺の家には親がいない。つまり、俺が印鑑を押さない限りはこの行事には参加できない。
しかしだ。その行事の内容が書かれた紙を見て、俺宛の手紙だということはわかりきっている。郵便局が間違えるわけがない。なら、この手紙は一体……。
そんなことを考えていると、俺のケータイに着信が入った。
見たこともない番号、というよりも非通知のため番号がわからない。
電話に出ること自体が危ない気がしたが、一応電話に出た。
『やあ、御門恭介くん――』
ピッ、と電話を切って、俺はケータイをポケットにしまった。
すると、再び非通知で電話が鳴り出す。
『ひどいなー。ボク自ら電話をしてあげたっていうのに、いきなり切るなんて』
「……あの、間違い電話じゃ――」
『ありえないね。君の幼馴染のケータイにハッキングして、一番多く電話をしている番号を割り出して、その番号が君、御門恭介くんの電話番号だと下調べをして、この街一帯の電波を君のケータイだけに行くように収束させているんだから』
ありえないのはお前だよ!
などと、叫びたくなったが、そうも言ってはいられない。
ここまで無茶苦茶なことをする人を俺は何人か知っているが、その中でもおかしい頭をしている人を俺は一人しか知らない。
俺が通う学校の生徒会長である。
「……で、生徒会長が一生徒なんかに何の御用ですかね?」
『いやいやいや、君は一生徒なんかじゃないだろう? うちの学校の大切な生徒だ。それと、ボクのことは親しみを込めて安○院さんと呼びなさい』
いや、あの人は副会長ですよ。そうじゃなくて!
俺は一番関わってはいけない人に関わってしまったことを今更に後悔した。
生徒会長、牙獣芙美は俺の一個上の先輩で、三年生。しかし、彼女が持つポテンシャル、スキルは非常に普通殺しだった。
常に上に立ち、家事、料理はお手の物、機械類も一瞬で把握、機能させる。今日みたいに、電波の収束なんていう荒業は、生徒会長にしたらお遊び程度のことなのだろうが、それにしてもやりすぎだ。
『今日、君に電話した理由はすでに届いているであろう手紙に関してのことだ』
「はあ……でも、俺はこんなのに参加すると言ってないし、申し込んですらいないんですが」
『はっはっは、馬鹿だなー。勝手に申し込んだに決まってるじゃないか』
笑って答える生徒会長に、イラっとしたのは気のせいだろうか? いや、むしろキレかかっている。
いつもこうなのだ、この人は。人の予定を気にせず、勝手に話を持ち込んで、気がついたら大事な用をすっかり忘れてしまっているという事態が、生徒会選挙のときに起こった。
あの人の演説は素晴らしく、同時にものすごく長いものだった。気が付けば次の日になりかかったこともあった。叱りに来た教師もつい聞き入ってしまうほどのものだったのだから、言葉も出ない。
ゆえに、あの人は投票率百パーセントで生徒会長に就任。投票が始まる最後の演説での言葉は、すでに伝説とさえなっているほどだ。
『いいかね、君たち。ボクは君たちの票なんてものには興味はない。高が一票で当選する? そんな馬鹿なことをいっちゃいけない。本当に当選させたいのなら、弱者を脅してでもボクのために票を貢ぎたまえ』
堂々とした姿勢、まるで言っていることが絶対に正しいと思わせるスキルが、彼女の当選を確実にさせたのだ。
あの人は全てにおいて完璧なのだ。才色兼備、運動神経抜群で、なんでもできる。まるで神様のような人なのだがら、それゆえに周りに面倒をかけやすい。
実際、生徒会役員は毎日のように残業をしているようだし。
『今、君の後ろにいるのだが。そろそろ気がついてくれないか?』
「はぁ……は!?」
ばっと振り返ると、スペシャルトラブルメーカーの生徒会長が美しい微笑みで手を振りながら俺の後ろにいた。
いつの間に!? いや、そもそも、ここは俺の家の中なんですけど!?
驚きすぎて、持っていたケータイと手紙を落とし、ゆっくり後ずさる。
「そうそう。確か、この手紙のことを話すために電話をしたんだったね」
「え、あ、はい」
不法侵入のことを問いただそうにも、生徒会長の話の切り替えが上手すぎて、俺は一瞬で話を切り替えられた。
「終業式が行われる三日前に、暇だったから学校にハッキングして、生徒の個人情報を――」
「待て待て、何してんだ、あんたは!?」
「まーまー。そのくらいで怒らないでくれよ。――そうして、生徒の個人情報を模索していたら、君の名前が目に入ってね。興味本位で調べてみたら、素晴らしいね。君ほど素晴らしい劣等生はいない」
くくっと笑って、生徒会長は心底面白そうに話している。
俺はというと、生徒会長が何を考えているのかわからないため、気を抜かないようにしていた。
「正直、この学校に、この世に君ほどに劣等生らしい劣等生がいるとは思わなかった。無断欠席、無断早退、教師に対する暴言、オール赤点。いやはや、とんだトラブルメーカーだね!」
「あんたに言われたかないわ!!」
確かに、生徒会長が言うことは正しい。しかしだ。しかし考えてもらいたい。
無断欠席は、神やら、何やらでの戦いに体の回復が追いつかず、寝込んでしまったためであり、無断早退も同じ理由だ。
あのロリコン教師は暴言を吐かれても仕方ないと思うし、赤点は必須だろう。
ほら見ろ、俺は何も悪くないじゃないか!
「君の言い分も是非とも聞きたいところだけど。ボクも時間がないんだよね。こんなに面白い生徒を退学させたくないのでね。この夏季合宿でボクと一対一で勉強をしようじゃないか」
「嫌です」
「即答かい? それは残念だ。せっかく、お風呂で背中を流してあげようと――」
「是非とも一緒に勉強をしましょう!」
俺は目にも止まらぬ速さで身支度を済ませ、最初から用意していたのではないかと思わせるような旅行用の支度を終えて、今すぐに合宿に行こうとリビングのドアの前でスタンバる。
それを見て、生徒会長は嬉しそうに笑って、立ち上がろうとすると、
「牙獣先輩ですよね? 確か高等部の生徒会長さんの」
「恭ちゃん? これはどういうこと?」
騒ぎ過ぎたせいか、寝ていたはずの女の子たちが一斉に起き出し、リビングに向かってきた。
俺はそれを見て青くなる。何せ、うちの女の子たちは嫉妬しやすいんだ。朝早くに美少女の生徒会長と二人で旅行の支度をしているところを見たら、確実に勘違いする。
思った通り、女の子たちはみんな俺の旅行用のカバンを見て、キッと俺を睨んでくる。
「仕方ないなー。せっかくボクたちの恋の逃避行が台無しじゃないかー」
と、生徒会長が笑っていない目で、しかも棒読みで言う。
待って、そんなこと言ったら、俺が殺される! 完膚なきまでに千切りにされるから!
「恭ちゃん?」
「先輩?」
ひぃっ! 目が、目が怖い!
まず真っ先に動いたのは綺羅と真理亜。愛用の包丁と槍を携えて、俺を千切りにしようと距離を縮めてくる。
俺は逃げることも、弁解することもできずに、壁側に追いやられる。
「はっはっはっは。やっぱり面白いな、君たちは。そうだ、みんなで一緒に合宿に行こうじゃないか!」
生徒会長が言ったこの言葉が、この先俺に降りかかるであろう災難のキッカケになるとは、この時の俺は知る由もなかった。