嬉しくもない現実
読んでくれると嬉しいです
目を覚ますと、そこは見慣れた部屋。と言っても、ここは俺の家ではないのだが。
俺は上半身を起こして、あたりを見てみる。そして、先ほどの激しい戦いを思い出し、俺は頭を抱えた。
「うんっ……」
と、艶かしい声が聞こえて、俺はギギっと錆びた歯車のような音を上げながらゆっくりと声の方を見る。
思い出せ、俺は最後、どうなってあの戦いに身を投じた? どういう状況で戦いに向かった!?
俺の視線の先には着崩したパジャマを身につけていた薫が俺の手に手を重ねてニコッと笑いながら寝ていたのだ。
だんだんと思い出される記憶。先ほどの戦いが夢の中の戦いだとすれば、俺は寝ていたことになり、俺が最後に寝た場所はここ。そして、薫のうなされ方が尋常じゃなかったため、添い寝という形で寝たのだ。
つまりだ。薫がベッドに入り込んできたのではなく、俺が入り込んだのだ。
いやいやいや、これは不可抗力……というよりも、安全管理だ! そう、俺は安全管理のために薫に添い寝したのだ!
などと、誰にともなく言い訳をする俺。言葉には出してなかったが、ジェスチャーが出ていたので傍から見ればバカにしか見えないだろう。
「……お前は何をしてるんだ?」
「おおう!? な、おま、ノックくらいしろよ!」
「したよ。返事がなかったから起きてなかったのかと思ったが……」
突然部屋のドアを開けて入ってきたのは龍彦だった。
龍彦は俺と薫の現状を見て、小さく溜息を着くと、哀れみにも似た目を向けてくる。
やめて! そんな目で俺を見ないで! 俺も気が動転してたんだから!
「変態変態だとは思っていたが……まさかここまでとはな」
「なっ……無実だ!」
「この状況で、お前を信じると本当に思っているのか?」
うっ、と言葉を詰まらせ、俺は何も言い返せなくなった。
当然だ。起こしに来たら服を着崩した女の子と一緒に寝ている男子を見て、何を信じられるだろうか。
俺だったら殴ってる。リア充死ねと言って絶対に殴ってる。
「そんなことはどうでもいいんだ。さっさと着替えろ」
「は? 信じてくれたのか!?」
「信じるか。女と一夜を過ごしたクソを信じるほど器が出来ている人間じゃない」
「お、おう……じゃあ、なんで――」
「ヨハネの言い分を聞きに行く」
ヨハネ。その名前を言われて思い出した。
俺はさっきまで夢の中でヨハネに襲われたんだった。
そのことをまるごと忘れていた俺は、龍彦に言われた通り着替え、龍彦が向かう場所に歩いた。
龍彦に連れてこられた場所はリビングだった。まだ早い時間のためか女の子たちはいない、いるのは俺と雷電、フレイに龍彦と会長さんたちだった。
「さあ、みんなが揃ったわけだし説明してもらいましょうか。ヨハネ、なぜあのような愚行に走ったのかしら?」
会長さんがキッと鋭い視線をヨハネに向けて話す。
ヨハネとヨハネにソックリな幼女は態度は違うがどうやら話す気らしい。
「ふむ。しかし、妾には目的と呼べるものがなかったからのぅ」
「なに?」
「あわわ……ヨハネ様! もう少し考えてからお話ください、です!」
ヨハネの態度にキレた龍彦が睨むと、ヨハネにソックリな幼女、多分666の獣が慌ててヨハネに態度を変えるように言うが、弱々しくて聞く気を持てそうにない。
見かねた俺は、溜息をつきながら近くにあった椅子に座る。
「ヨハネ。そろそろいいんじゃないか?」
「……何がじゃ?」
「本当の理由、言ってもいいんじゃないか? ほら、元はといえば、俺がいけないんだし」
「そうじゃな。じゃが、別にお主が悪いわけではない。妾の興味がお主の記憶を蘇らせたくてしょうがなかったのじゃ」
そう言って、ヨハネは態度を変えようとはしない。
全く、幼女のくせに態度だけは一人前だな……。まあ、使徒聖ヨハネという名前だけはあるってことなのか?
それにしても、666の獣はなんだか弱々しいなー。
俺は頬杖をつきながらヨハネたちを見ていると、666の獣が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、です」
「え? 何が?」
「その、ヨハネ様がご迷惑をおかけしたみたいで……」
「馬鹿、妾は何もしちゃおらん」
「いや、しただろ」
これじゃあ、どっちが上なのかわからないぞ。
666の獣はヨハネの黙示録に書かれた獣だから、きっとヨハネのほうが高位のはずなのに、こうして見ると666の獣の方がずっと大人に見える。
……あれか。神様とか神様に近い人になるほどわがままになるのか? タナトスもかなりわがままだし。
俺はあのバカ面をしたタナトスのことを考えながら、目の前の自分こそが一番だと言わんばかりの態度をするヨハネを見る。
「なんじゃ、その顔は」
「へ? ああ、何でもない」
ヨハネは俺を疑問の視線で見ながら、ふむ、と言って会長さんたちに視線を戻す。
「もう、いいかな?」
「……やっぱり、あなたは危険だわ」
「今に始まったことではないだろう?」
「そうだとしても、見逃すつもりもないのよ」
そう言って、会長さんがヨハネと視線を合わせたまま、何かをしようとする。
俺はどうすることもできなかった。いや、どうするつもりもなかったのだが。だって、俺が動くよりも早く、俺の仲間たちが動いていたんだから。
「そこまでにしろ、女」
「そうそう、君じゃあ、俺たちには敵わないだろう?」
雷電とフレイがヨハネの前(つまり、俺たちとヨハネの間にある長机)に立ち、会長さんを静止する。
俺は一歩遅れて、口を挟む。
「まあまあ、喧嘩は終わったんだし、恨みっこなしで行こうぜ?」
「……王。あなたは楽観視しているわ。目の前の人物は――」
「危険、なんだろ? 何度も聞いたから知ってるし、戦ったから理解してる。でも、龍彦は知っているはずだぜ? この中で一番危険なのが、誰なのか」
視線は龍彦に集中し、会長さんは俺の言葉の意図を考え始める。
龍彦は突然に振られた話に戸惑うこともなく、だがすぐには答えようとはしなかった。
きっと、言いづらいのだろう。知ってしまっている事実を言うことが、今の状況をどう変化させるのかを龍彦はきっと悟っている。
しかし、言葉は話さなくては伝わらない。絶対に伝わることは保証できないが、話さなくては何も始まらないのだ。
俺が龍彦に微笑みながら頷くと、龍彦は重い口をゆっくりと開く。
「俺が、この中で一番危険だと思ったのは……そこにいる、御門恭介、この国の王だ」
目を逸らし、苦しそうに言う龍彦を見て、さすがに悪いことをしたと罪悪感に苛まれる。
「どういう、ことかしら?」
「俺は、ヨハネの召喚した悪魔サタンの龍化が、幻影だとは思いもしなかった。それを見破り、撃破した恭介は、ヨハネよりも危険人物だと、俺は思います」
「ま、待って、龍彦。じゃあ、あなたは――」
「はい。俺たちが優先して無力化しなくてはいけないのは、恭介だと思います」
それを聞いて、会長さんは青い顔をする。
当然だ。自分たちの敵が、国家級危険人物から、国家の頂点に変わったのだから。
しかも、俺は死ぬことができない完全なイレギュラー。たとえ龍彦たちが相手でも、俺は勝つ可能性があるのだ。
「ってことでさ。ヨハネよりも危険な俺がいるんだ、ヨハネなんてどうにでもなるだろ?」
「そ、そういうことではなくて――」
「じゃあ、約束するよ。もし、ヨハネが暴走したら、俺が責任を持って止める。これでどうだ?」
「……だから、そういうことではなくて」
会長さんはとうとう頭を抱えて考え込んでしまった。
うーん。どうやったら伝わるだろうこの気持ち。別に好きではないよ?
「はあ……わかったわ。王、あなたの言葉を信じましょう」
「お、マジか。サンキュー」
「だからと言って、私たちがヨハネを許したわけではないわ。また何か起こしたら、今度は――」
「あーわかったわかった。そのときは何でもすればいい。いいだろ、ヨハネ?」
「ああ、了承した」
ヨハネはすでにこの話に興味がないのか、花瓶に生けてあった花を抜き、花びらをちぎって遊んでいた。
待って、この部屋のもの、俺のものじゃないんだけど。その花、ぐちゃぐちゃにしたら怒られるの俺なんですけど。
ヨハネの問題行動に頭を抱えたいが、会長さんたちが玄関の方に歩いていくのでそうもしていられない。
「おい、龍彦」
「なんだ?」
「もう行くのかよ」
「ああ……俺たちも暇じゃないしな。それに早く帰らないと殺される」
「は? 誰に?」
「お前と同じやつだよ」
俺と同じやつ? え、なに、どういうこと?
困惑する俺に、龍彦は疲れたような表情を見せながら、俺の肩を叩いた。
「お互い、苦労するな」
「は、え、ちょ、何言って……」
さらにわからなく俺の、もう片方の肩にひんやりと、冷たい狂気がのしかかる。
この感じ、俺は知っている。これは、この感じは――
「恭……ちゃん?」
「き、綺羅、さん? どうして、そんなに怒っていらっしゃるのですか?」
背後には包丁を持った綺羅がニンマリと獲物を睨んだ豹のような笑みを浮かべていた。
待って、ちょっと待ってよ。どういうこと? なんで怒ってるの? 俺が何かした!?
だらだらと流れる汗を拭いもせず、俺が何をしたのかを丁寧に思い返していると、綺羅の背後でこれまた嬉しそうな顔をしている悪魔を見つけた。
その悪魔は、女神の力を有している危険人物で、尚且つ俺をいじめさせるのが大の好みらしい人物。
そう、薫だ。
もうお分かりだろう。薫が、俺と寝たことを自慢げに話したのが原因だ。
「さて、俺は帰るが。お互い、頑張ろうな」
「お、おう。じゃあ、な」
どうやら、龍彦もこのあと帰って、幼馴染に殺されるらしい。
ふむ。最後まで優しくしなかったが、龍彦も俺と同じなのか……。
嵐のような日々が去り、雲一つない空が広がる。ああ、俺には血で空が赤く見えるよ。地球は、いつの間にファーストインパクトを終えたんだろう?
俺、御門恭介は今日も今日もで可愛い女の子たちに殺されています。
俺は、真っ青、否、真っ赤になった空を見上げながら、深く深く溜息をつくのだった。
次章は学校がテーマの物語になるかもしれないし、ならないかもしれない。
ということで、次章も君の瞳に乾杯――