それでも神は人を弄ぶ
シリアスが消えてくれない……
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皆が寝静まった物静かな夜の中、タナトスとヨハネはにらみ合っていた。
と言ってもヨハネが一方的に睨んでいるのであって、タナトスはいつものように不敵な笑みを浮かべているのだが。
「タナトス。御身自らかの者を監視とは、随分と大げさではないか」
「ヨハネ。神に最も近い人足り得るものだったかな? 人から生まれた神を崇めて、未来の事を記した書物を書くなんて、存外なご身分だね」
「我が神を愚弄するか。たとえ、御身が神といえど、それは許されざる罪だぞ? それに、妾は書物など書いてはいない。言い伝えただけだ」
と、タナトスと肩を並べて言い合えるのは、きっとヨハネ自身が神に近い存在か、もしくは随分な度胸の持ち主だからだろう。
状況も、関係も知らない人たちが見れば大人ぶった子供が言い合っているように見えるが、この二人は神とその使者。普通はこの世界に存在することすらイレギュラーな存在だということを承知して欲しい。
神とは、存在することによって何らかの禍を呼ぶ源であり、人に幸福をもたらすと言うのはあながち嘘ではないが、その恩恵よりも禍で起きる恩恵の方が大きい。
そんなふたりが話のタネにしているのはある少年、御門恭介の今後についてだ。
「あの少年の過去。少しだけ見させてもらった。まさか、あんなことがあったとはのぅ。獣が恐怖して意識の奥に逃げるわけじゃ」
「だから、君自身が出てきたのか。意識の奥といっても、その体の主の意識はあるのかい?」
「ふむ。ないとは言わないが、少ないだろう。なにせ、死にかけの体じゃったからな。妾が手を掛けなければ死していた体じゃ」
「君も、僕を責める権利はないじゃないか。君も不死の人を作ったのだから」
「反論はない。しかし、理由が違いすぎる。御身は……異質だ」
静かに、少なからずの怒りを持ってヨハネは言う。
タナトスは肩をすくめて、笑った。そんなことは分かっていると言うように。または、意図的にそうしているのだと言いたそうに。
それを見て、ヨハネは呆れの息を吐く。
「あの記憶は無理やり呼び起こすものじゃないよ。失敗すれば、彼の怒りで世界が消える」
「怒りを覚えさせたのは御身でしょう、タナトス」
「はは、叶わないな。ますます記憶を呼び起こせなくなっちゃったよ。彼が僕を覚えているとは思わなかったなぁ」
「お戯れを。わかっていて、やったのでしょう?」
ヨハネは茶化そうとするタナトスを諌める。
タナトスも、うまく誤魔化すことができずに苦笑いをするが、これ以上話をする気はなかった。
この事に関して、あまり他人を巻き込みたくないというのがパートナーの意見であり、タナトス自身もそう思っていたからだ。
「じゃが。そうとわかった以上、妾はかの者の記憶を呼び起こさねばならなくなった。最初は好奇心で呼び起こそうとしていたのじゃが。タナトス、御身はやりすぎじゃ」
「させないよ。まだ、その時じゃないんだ」
「ならば、その時とはどの時じゃ? いつになったらかの者に、あの少年に真実を教えてあげられるのじゃ。いつまで、かの者は苦しめばいいのじゃ」
「苦しんではいないさ。彼は忘れているんだから」
タナトスは面白くなさそうに、そっぽを向いてしまう。
それを拒絶だと取ったヨハネは席を立つ。そして、何も書かれていない本を取り出し、唱える。
「666を称する獣よ。その禍と、能力を持って世界を終わりに導け。妾はヨハネなり」
瞬間、弱い風とともにヨハネ自身と変わりない幼女が召喚された。
「ど、どうした、です!?」
ヨハネと変わりない幼女はビクビクと震えながら縮みこまっている。
ヨハネはため息をついて、その幼女に活を入れるべく蹴りを入れた。
「ふにゃっ! な、何をするんですか、です! いきなり召喚されたら戸惑うでしょう、です!」
「うるさい! 仮にも予言の獣じゃろうが! 全ての上に立つ獣がビクビクするでない!」
「そ、そんなぁ、です。わ、私だって好きでこんな性格になったわけでじゃない、です」
呆れるほど弱々しく見える幼女を見て、タナトスは笑うことすら忘れて驚いていた。
確かに、ヨハネはあの暗闇の中で666の獣が最初に会った人物の正体だと言った。666の獣とはいろいろな逸話が存在する不完全な獣のはずだが、よもやその正体がこんな幼気で、弱々しいとは人間たちは思わないだろう。
そこまで考えて、タナトスは吹き出した。
「ど、どどど、どうした、です!?」
「い、いや、く、くくくっ……あはははは! 仮にも予言の一つの獣が、こ、こんなに弱々しいとは思わなかったから……」
爆笑するタナトス。分かりきっていたように頭を抱えるヨハネに、何がなんだか分かっていない獣。
だが、このままでは話が進まないと判断したのか、ヨハネが話を切り出す。
「タナトス。御身の策略、いや、計画といったところか。それをぶち壊したくなった。異論があるか?」
「あるけど、了承はしないのだろう?」
「もちろん。止めたければ、御身の力を存分の発揮するがいい。発揮すればあの少年の記憶も少しは開錠するだろう」
「そういうことかい。君は、彼を助けたいとでも言うのかな?」
「そうではない。ただ、御身の計画が非人道的だから、ぶっ潰したいだけじゃ」
タナトスと、ヨハネの冷たい視線がぶつかる。
タナトスたちの殺気で部屋の温度がだんだん下がり始めた瞬間、それを止める声が入った。
『ヨハネ。その辺でやめておけ。タナトスもだ』
「だ、誰じゃ! ……貴様、まさか――」
ヨハネが急に入ってきた人物に声をかける。しかし、どこにもその姿はない。代わりに、気配がごくごく僅かに感じられるがこの部屋の隅々から感じるため、どこにいるのかさっぱりわからない。
『俺の正体よりも、今はあなたの身を案ずるべきだ。あなたの半身たる獣が二人の殺気で弱ってしまっている』
「なっ……全く、これだからこやつは!」
「はは。それもそうだね。ああ、すまない。僕も熱くなってしまったよ」
『ヨハネ。あなたに忠告しておきたい。あいつの過去を解き明かすのは構わない。だが、あいつの怒りを静める算段が着かないのに無闇に記憶を呼び起こすのは、あなたにとっても誤算であり、致命傷となる』
「小僧、妾の何を知っている? よもや全てとは言うまいな?」
『正解だ。俺は全て知っている。あなたのことも、この世界の終わり方も。だからこそ、俺はここであなたに忠告しているんだ』
姿の見えない人物は神の下僕たるヨハネを戒めるように言葉を発した。
「……お主はそれでいいのか?」
『何、いつかは分かることだ。過去は変わらないが、未来は変えられる。まあ、俺はイレギュラーだが』
「……そうか。じゃが、妾はあの少年の過去を呼び起こす。怒りで世界を壊そうというのなら、それはそれでいいかも知れぬ。なにせ、妾たちは何もできなかったのじゃから」
『なるほど。あなたの覚悟はわかった。なら何も言うわけにはいかない。でも、これだけは聞き入れてもらいたい。あなたはあいつに負ける。完膚なきまでに、滅ぼされるぞ』
「どうかのぅ。あの少年はお主とは違う。お主と同じ考えをしているとは限らんじゃろうて」
姿の見えない人物の気配が消えたのを感じて、ヨハネは歩き出す。
「わ、私はどうすれいい、です?」
「お主はここで待て。あの少年の傍であの少年のサポートでもなんでもするがいい」
「で、でも……です」
「お主はあの少年が気になるのじゃろう? ならば傍にいるのじゃ」
そう言い残し、ヨハネは家を出ていった。
残された獣とタナトスは、気持ちの悪い空気の中で夜を過ごしたのだった。