と、いうわけで、事態は進行していく
読んでくれると嬉しいです
ゲンナリとした表情で帰って来た龍彦を交えて、俺たちは今後のことを話し合う体勢になった。
さっきから、爽やかな笑顔ですっきりしたと言いたそうな顔をしている刃とかいうやつが気になるが、きっと龍彦と一戦見えたのだろう。ベッドの上という戦場で。
「さて、龍彦。状況を詳しく伝えなさい」
「ああ、はい。まず、俺が帰ってきたのは四時。その時にはもう、部屋にヨハネの姿はなかったです。ただ気になるのは、何も書かれていない本が一冊残されていたということです」
「何も書かれてない? そりゃ、どういうことだ?」
龍彦の発言に俺の言葉が紛れる。
龍彦はため息を一つしてから、俺にその本を見せた。
「何も書かれてないだろ? これはきっとヨハネの所有物。失われた聖書だ」
「失われた聖書? 聖書なら図書館に行けばあるだろ?」
「ああ、新約がな。しかし、これは旧約でもない。なら何か? 全く新しい聖書、失われた聖書だ」
「待てよ。新約でも旧約でもないのに、なんで失われた聖書なんだ?」
俺の質問に龍彦ではなく、会長さんが答えた。
「それは、ヨハネの黙示録が不完全な状態で載っていたから、よ。ヨハネの黙示録は見間違いようのない不変の心理の文学。世界の終わりの物語。でも、その先は誰も知らない」
「……つまり?」
「終わりの先が書かれないものは、気持ちが悪いでしょう?」
当たり前のように、会長さんが首を傾げてそう言う。
いや待てよ。それはどういう意味だよ。意味わかんないんだけど?
俺が困っていると龍彦が首を振って言う。
「つまり、ヨハネ自身がその先を知らなかったのか、知っていたのかによらずこの文学、ヨハネの黙示録にはいろいろな逸話が存在するんだよ。でも、誰もその先には行き着かない。終わりの先にあるはずの未来が、予想できないんだ」
「それの何が悪いんだ?」
「上の奴らは、何よりも未来を先読みしたがるからな」
「なるほど」
つまりだ。これは俺には関係ないというわけだ。
俺は勝手に自己完結させて席を立つ。
「お、おい?」
「ん? 何?」
「どこ行く気だ? これから逃げたヨハネを探しに――」
「逃げたとか、勝手に決めつけんなよ。だた出かけてたとか、さらわれたとか、そういうことかもしれねぇだろ?」
ニッと笑って、俺は龍彦に言う。
きっと、龍彦は今の言葉を甘いの一言で両断するだろう。だが、それでも良かった。俺は、それでも仲間を信じたいと思っているのだから。
俺は席を立ち、異能『絶対服従の言霊』を発動する。
部屋は黄金の光を放つ鎖に照らされ、ほのかな黄金に彩られていく。その中で、俺は叫ぶ。
「来やがれ、使徒聖ヨハネ」
鎖は俺の言葉に応えるように輝きが増し、俺の目の前に小さな女の子を顕現させる。
その少女、否、幼女はどこかに行っていたヨハネだった。
「ほ、本当に呼び出せたんだな」
「ああ、嘘はつけない生き方をしてきたんでね」
この能力に龍彦は心から驚いているようだった。震える声からその動揺が十分に見て取れる。
召喚された幼女、ヨハネはすっと起き上がると俺に向き直り、フッと幼女らしからぬ嫌な笑みを浮かべた。
「ほう、妾を召喚させたか。どういう意図かは分からぬが、貴様一体何ものだ?」
ヨハネは、いやヨハネに似た誰かさんは俺を射抜くように見つめ、切り裂くように言葉を放つ。
その言葉に身動きひとつできない俺は、焦りと後悔でいっぱいになった。
えっと、何? 現在進行中で面倒に遭遇してる? もしかして、このままバトル展開? やめてよ、そういうの。さっきの一件で結構、疲労困憊なんですよ?
と、冗談じゃない冗談で自分自身を茶化す俺。
やっとの思いで動いた口で、俺はこういった。
「……すみません、人違いでした」
などと言って面倒にはおかえりいただこうと思ったのだが、今のご時世そうはいかない。間違えたら告訴か? あ? 冤罪ですからね?
ヨハネは俺の言葉に面白さを見出した挙句、興味を示してしまった!
「くくっ。面白い奴め。妾は貴様が気に入ったぞ。どうじゃ、妾と一緒に来ぬか?」
「いえ、遠慮しときます」
「そう即答せずとも良いではないか。さあ、貴様のほしいものを言ってみろ。なんでもくれてやろう」
ヨハネさんはどうやら俺が心から気に入ったようで、モノで俺を釣ろうとしていた。
フッ、浅はかだな。俺がそこら辺に転がっているモノで満足できると思ったか? やるならもうちょっと――
「金と女と名誉をいくらでもくれてやるぞ?」
「待って、考えさせて」
俺は案外真面目に考え出す。
いや、金と女と名誉をいくらでもって言われたら考えるでしょ? 戸惑う奴がどうかしてるよ。
「恭介セーンパイ♪」
「ひぃ!」
考えに集中していたら背中に薫がのし掛かり、思わず叫んでしまった。
いや、そもそもこの状況で薫に捕まること事態がアウトだ。なぜなら、背後には、前には、横には、同じく嫉妬する凶悪な怪物たちが存在するのだから。
いつの間にか、随分と変わってしまったヨハネよりも、俺に向けられる殺気を帯びた視線の方がだいぶ多くなった。
どうしよう、死ぬ。これは死ぬ。
背後で俺に抱きついている薫はこれを予想していたらしく面白そうに笑っている。
「恭介先輩、大丈夫ー?」
「は? ……え?」
「だーかーらー、さっきの一瞬で恭介先輩はヨハネちゃんに攻撃されてたんだよ?」
「……は?」
気が付けばあたりは真理亜の家ではなかった。むしろ、闇。それよりも暗い闇の奥のような場所にいた。
あー、もう何でもアリなのね。そうですか。そうなんですか。はー。
薫の言葉によると、俺はヨハネを召喚した瞬間から見えない攻撃を受けていたらしい。それを完全女神化した薫が跳ね除けていたのだが、気がついたらこの場所に飛ばされていたと。
うーん、なんで俺はこういうことに巻き込まれてんの?
「ふむ。こんなところに呼び立てて悪かったの、少年」
暗い暗い闇の中、俺と薫ともう一人、ヨハネがただ存在した。
ヨハネは丈のあっていないコートを着て、フードをかぶっていた。
その声からは殺気も、その他の害ある感情は感じ取れない。本当に俺を呼び立てただけらしい。
「実はのぅ。貴様に話があるのじゃよ」
ヨハネの並ならぬ重みを帯びた声。百パーセント面倒に直結するルート。
ならば、俺が取る行動はただ一つ。
「だが断る!」