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多重人格者、河西龍彦

読んでくれると嬉しいです

「お前あいつを、ヨハネをどこにやった!!」


 龍彦の一言が事件の発端だった。

 ヨハネをどこにやった。つまり、ヨハネがどこかに行ってしまったということなのだろうが、もちろん帰ってきたばかりの俺には見覚えがない。

 しかし、龍彦が嘘をついているようには見えない。なら、ヨハネはどこに行ってしまったのだろうか?

 疑問に思うが、今は目の前の暴走している龍彦をどうにか鎮めて話し合わなきゃいけないだろう。

 俺は握ったメダルを宙に打ち出し、唱える。


「俺、御門恭介が願い乞う。理念を貫き、世界を否定し、自身の力を夢の為に、仲間の為に使い、全てを圧倒し続ける最強の力を。今、俺のもとに来い、最強の人間神谷信五の力!」


 瞬間、全身に痛みが生じる。筋肉細胞が死滅していっているのだ。

 しかし、全開じゃない分痛みは少なく、すぐにでも戦える状態の体に仕上がった。

 俺は地面を蹴って、龍彦のもとに飛んでいく。


「落ち着け、バカ野郎!!」

「あくまでも、戦うんだな」


 叫びと冷淡な声、対比するかのように全く違う視線を交わす俺と龍彦。

 拳と拳が交差した。


「がっ」


 だが、ダメージを食らったのはむしろ俺の方だった。

 龍彦は拳同士が交差した瞬間拳を引き、俺の拳を避けた上で再び拳を放ったのだ。

 しかも、その時間は目にも止まらぬ間。常人ならば、見ることすらできない瞬きよりも素早い攻撃に、常人に毛が生えたような俺は避けることもなく地面に背中を付ける羽目になった。


「なんだなんだ。お前は仮にもこの国の王様なんだろ? もっと強いはずだよな? あ? もっと俺様を楽しませてくれるんだろ?」


 嬉々として笑みを見せながら俺を見下ろす龍彦はさっきまでの龍彦とは全く違う。口調、表情、纏っている空気さえもまるで違う別人になってしまっていたのだ。

 思い出した。確か、会長さんが龍彦は四つの人格で能力がどうのこうのって言っていた。これは、そういうことだったのか。

 俺は口の中で滲む血を唾液とともに吐き出し、龍彦を睨む。


「おお、戦う気になったか? あ? 戦ってくれんのかよ!!」

「るっせぇな。こちとら、帰ってきて早々に怒られるわ、殴られるわで頭に来てんだよ!! そこに立ちやがれ、木偶の棒が!!」


 売り文句に書い文句に買い文句で男同士の喧嘩が勃発する。

 殺人級の拳と拳が鈍い音を上げながら両者の頬をえぐっていく。


「ってぇな!!」

「クソッタレが!!」


 汚い言葉の応酬で、女神化していた薫は呆れるように女神化を解き、喧嘩の余波で木から落ちる落ち葉をホウキで掃いていく。

 そんなことお構いなしに蹴り、殴り、フェイント、ありとあらゆる手段を使って目の前の相手を倒そうと試行錯誤しながら喧嘩を続ける俺と龍彦。

 もう、どれくらい戦っただろうか。気が付けば日が落ち、辺りを茜色に染め上げている時間になっていた。落ち葉を処理していた薫はいつの間にかいなくなっており、余波で落ちた葉は無残もそのままにされている。

 俺と龍彦は戦う力を失って、同時に倒れこみ空を見る。


「……クソ、たれ、が……」

「は、はは……はははは……クソッタレ、は、お前……だ」


 荒い息を整えようともせずに俺と龍彦は攻撃という名の口撃を繰り返す。

 そこに呆れた顔をする薫と、会長さんが割り込んできた。


「喧嘩はそこまでよ。二人共ボロボロじゃない」

「そーだよ。じゃないと真理亜と綺羅さんがお仕置きだって」


 それは嫌だな、と俺と龍彦は心の中で思った。

 どうやら龍彦はこないだの綺羅の一件で俺の仲間たちは危険だと本能的に感じ取ったらしい。その感情は表情からも伺える。

 仕方なく立ち上がろうとする俺たちだが、思うように起き上がれない。相当力を消費したらしく、起き上がろうにも筋肉が言う事を聞いてくれない。


「自分じゃ起きられない程戦ったって言うの? バカじゃないの?」


 そんな俺たちを見て、会長さんが皮肉か、嫌味か渋った顔をしてそういった。

 その後、俺は薫、龍彦は会長さんに肩を貸してもらってなんとか綺羅たちのお仕置きを受けずに済んだ。

 いや、待ってくれよ。今回の喧嘩は龍彦が悪いのであって、俺は全く悪くないんですよ。そこのところちゃんと理解してもらいたい。

 などと、自分を正当化してもそれを受け入れてくれる人は……薫くらいしかいない。たぶん、きっと、あいつなら理解してくれる。


「……というか、ヨハネが消えたってどういうことだ?」

「今更か……俺が帰ってきた時にヨハネの姿が見えなかったんだ。てっきりお前がどこかに逃がしたのかと思ったけど、そうじゃなかったのか?」

「馬鹿言え。俺だってそこまでバカじゃない。世界の存亡に関わる危険人物を逃がすか」

「そうならそうと早く言え。そうすればあんな喧嘩にもならなかった」

「言ったよ! 言ったけどテメェが聞き入れなかったんだろ!?」

「は!? 言ってねぇよ!! お前は適当なことしか言ってねぇ!!」


 犬猿の仲とはこういうことか。どうしても龍彦と俺とは相性が悪い。

 顔を合わせば喧嘩腰、喧嘩は既に日常化しかけている。昔、優しくしてやろうと思っていたのだが、それもついに叶いそうにない。

 と、喧嘩をし始めたら収まることを知らない俺たち二人だが、認めたくないが共通点が一つだけある。

 それは、


「刃、やりなさい」

「へいへーい」

「恭ちゃん?」

「先輩?」


 間違いようのない悪魔のような女がいるということだ。

 会長さんに命令された男――刃と言ったか――が龍彦の体を瞬時に拘束、裏方に引っ張っていく。

 俺は、綺羅、真理亜その他大勢の女の子に包丁やら槍やら魔法、光の槍、悪魔のような笑みに女神化した凶悪な笑みを向けられて顔が引きつっている。

 まあ、ここで真にかわいそうなのは、


「ま、待て、刃! 話し合おう! じっくり話し合えば分かり合える! 刃ぁぁぁぁああああ!!」


 恐怖に表情を塗り替え、龍彦の叫びは聞こえなくなった。

 と、視界に会長が入ってきて小悪魔な笑みを見せて、言う。


「教えてなかったけれど、彼……刃は男好きのゲイなの」


 訂正しよう。この女は小悪魔じゃない。大魔王だ。

 じゃあな、龍彦。たとえお前が婿に行けなくても、仕事に生きろよ。

 と、俺は内心笑いながら龍彦の死(社会的)を見届けた。

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