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お疲れ燈時の一日


「――今、なんて言った?」

「ですから、師匠って呼ばせていただきます」

 師匠。その二文字を強調して、穂歌は照れながら言う。

 今までに、恋人のことを師匠と呼ぶカップルを見たことがあっただろうか。

「確認させてもらうけど、さっき穂歌が言おうとしたセリフってなんだったんだ?」

 そんな恋人関係があってたまるか。

「さっき、って――ああ、わたしの師匠になってくださいって言おうとしたんですよ」

 穂歌はいやだなぁ、師匠ったら、と付け加えて頬を染める。

「し、しょう……。俺が……」

「そうですよ師匠。魔法についてがっちり教えてくださいね」

 しまった。これは完全に浮かれていた俺の失敗だ。

 教訓、人の話は最後まで聞きましょう。

 でも、おかしくはないか? あの台詞回しとか雰囲気とかどう考えても告白するときのものだぞ?

「あー、聞きたいんだけど、最初からそのつもりで喋ってたのか?」

「そうですよ? ずっと前から憧れてたんです。こんな人が師匠になってくれたらいいなって」

 そういう憧れか……。

「すまん、悪いがこの話は無かったことにしてくれるか?」

 そうとなれば俺は断るだけだ。

 人に者を教える場合は普通の三倍は理解していないとうまく教えられないという。

 “魔法”という無限に等しい神秘は、一世紀生きて一割も理解できる人間なんて千分の一くらい、賢者と呼ばれる様な人間しかいない。

 ましてや俺は養成学校の学生。実際に戦線に立つ魔法使いを普通としたら俺はまだその二割程しか理解できていないだろう。

 第一、俺は元々師匠なんて器じゃない。

「そういうわけだ。師匠を探すなら他を当たってくれ」

 そして俺はその場を立ち去ろうとした。

「待ってください、師匠!」

 穂歌は行こうとする俺の手を握って立ち止まらせる。

「だから、俺はお前の師匠じゃ――」

「召喚魔法を使う魔法使いがそんなこと言っていいんですか!」

「……は?」

「ですから、召喚魔法を使う師匠がそんなこと言っちゃダメだと思うんです」

 こいつ、何言ってるんだ?

「授業は取って無いんですけど、聞いたことはあるんです。魔法が完成しても、従者と契約できなかったらその魔法は使えないって」

 穂歌の言うとおり、折角完成した召喚魔法も従者との契約が出来なければ無効。意味の無い術になってしまう。

「師匠も色んな従者と契約してるんですよね、だったら契約の大切さはわかりますよね?」

「それは……確かに魔法使いにとっての契約は生死に関わることもあるから……」

 実に痛い所を突いてくれる。俺は「魔法使いたるもの〜」というニュアンスのワードに弱いのかもしれない。

「でも、穂歌との師弟契約は生死に関わることではないから別にいいだろ?」

 しかし、これで丸め込まれてはいけない。割り切って考えれば、何も押さえ込まれる要素なんかない。

「関係あります! わたしと師匠はツヴァイスなんですよ? もしこれから本物の戦場に演習に行くことがあったらどうするんですか」

「どうする、なんて言われてもそりゃ戦うしかないだろ」

「師匠がわたしを鍛えなかったから、力が及ばず二人とも戦死ってこともあるんですよ?」

 割り切った考えは、この言葉によって再び繋げられた。

「ん、まあ、そんなケースもあるかもしれないな……」

 自然と語尾が弱くなる。

「だから、そうならないためにも、未来の自分に投資するつもりで、わたしの師匠になってください。お願いします!」

「そういうことなら……いいことにしておくか……」

 こうやって丸め込まれたのは何回目だろう。その八割は晶子で、その中でさらに九割が金のことだけど。

 俺、世の中渡っていけるのかよ。

「ありがとうございます!」

 にぱっ、と顔を輝かせ、握ったままの手をぶんぶんと振り回す。

「では何の修行からしましょうか?」

「いや、今日のところはいいだろ。明日からってことで」

 元気なもんだ……。精神的疲労が著しい俺では付き合えない。

「そうですか……。じゃあ明日からよろしくお願いします」

 深々と頭を下げて、穂歌は意気揚々と帰っていった。

「……はぁ。俺も帰ろう」


 ハイライン学園は全寮制だ。

 俺は自分の部屋の扉を開く。

「お帰りなさい、マスター」

 部屋に入るなり、俺と同じ年代の少女が背の高い体を折り、お辞儀する。

「ただいま、フロス」

 今、出迎えてくれた少女は俺の使い魔。術名は“永久凍土の雪人形”。名前はフロス。術名の通り、解けない雪で出来た人形だ。

 三年程前に契約を交わし、それ以来この部屋の家事役をやってくれている。

 ただし三日に一回カキ氷を食べないと拗ねる。常にクールなのだが、とてもよく拗ねる。そんな人間味のありすぎる人形である。

 家事役と言っても食事は食堂で摂るので料理はやっていない。だからやることは基本的に掃除と洗濯。そして買い物。あと目覚まし代わり。

 それだけではなく、夏場は体から発せられる冷気によってとても快適に過ごせる。その分、冬が辛いのだが。

「これから何をなさいますか?」

「少し休む。今日は疲れた」

「ではお食事の時間になりましたら起こします」

「いや、いい。起きなければそのままにしておいてくれ」

「わかりました。では私は依り代に戻ってます」

 フロスみたいな使い魔タイプの従者は召喚したときからずっとこの世にいる。

 だが、存在するために自身の魔力を消費してしまう。

 そこで依り代というものを必要とする。

 依り代は謂わば使い魔の家。依り代に宿り、その中で魔力を温存、回復する。

 フロスの依り代は冷凍庫の中の雪だるま。

 ツリ目で銀髪でどこからどう見てもクールそうな彼女が雪だるまに入っているのを創造すると、なかなかシュールだ。

 今、冷凍庫に頭を突っ込んでもぞもぞしているのも、かなりシュールだけど。

「マスター、あんまり見ないでください」

「あ、悪い」

 白い頬を赤く染め、膨れた顔で睨んでくる。

 一応恥ずかしいという自覚はあったようだ。


「マスター、起きてください。来客です」

 何時間寝たのだろうか。部屋の中はすっかり真っ暗だ。

 フロスの声で起こされた俺は壁に掛けた時計を確認する。八時過ぎ。もう食堂が閉まった時間だ。

「客ぅ? 誰だよ……」

「鈴子晶子さんです。なんでも急ぎの用事だとか」

 晶子が、ねえ。

 とりあえずベッドを降りて玄関に向かう。

「よ、とーじ」

 などと気楽に挨拶する晶子。

「なんだよ、用事って……折角寝てたってのに」

「これから食堂にクラス全員集合だって。あんたのところだけ通話線テルクラフト通じなかったから迎えに来たのよ」

「集合か、わかった。フロス、行ってくるから留守を頼む」

 部屋の中からフロスの返事が聞こえたのを確認して、俺は晶子に付いて食堂へ向かうことにした。


 食堂では既にクラスの俺を入れて四十人全員が集まっていた。

 他のクラスや学年の生徒の姿は無い。そうなるとこれは、うちのクラス、イプシロンクラス恒例のイベントか。

 イプシロンクラスの連中は祭好きで有名だ。かくいう俺も祭りは嫌いじゃない。

 だから、イベントがあるとこうやって通常営業を終えた食堂を貸切にして盛大に騒ぐ。

「あんたたちで最後ね。よし、これから第一回アハスを組もう会を始めます!」

 仕切りをやっている女子は学級委員長。多分、俺たちの中で一番の祭好きだろう。

「先生に聞いたところ、アハスはツヴァイスと違い、自分たちで好きに決めていいそうです」

 委員長の説明は続く。

「なので後腐れとかそんなの無いように、この場で決めてしまいましょう、と言うのが今回の目的です。つーわけで好き勝手告っちゃってください、以上!」

 歓声が食堂に響き渡る。

 はっちゃけてるなぁ……。

 かくして、これからの学園生活を決める、一大馬鹿騒ぎが始まったのだった。


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