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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

村娘が依存気質の勇者を更生し世界を救わせたあとは

作者: 走不 歩
掲載日:2026/06/13

 

 今の勇者は、同じ村出身の、特に才の無い村娘を溺愛している。


「リンネは何もしなくていいんだ。俺が守ってやるから安心しろ」

「リンネの為なら、俺はなんだってするぞ」

「ずぅっと一緒いような、リンネ」


 黒髪黒目の精悍な顔つきした少年が、真剣な様子でそんなことを言ってくるのは、冒険譚の冒頭かドラマチックな恋物語の終焉にも見えるかもしれない。

 赤毛の三つ編みの地味で取柄もない村娘が、勇者様に愛されているのが、ああ素敵だと、感動できると、憧れると、夢見がちな人々は言うのかもしれない。


 自分もあんなふうに溺愛されたいと世間様に、噂されているのも何度も耳にしたよ。


 でも断言しよう。これは溺愛じゃない。

 依存だ。

 望ましくないものだ。


 依存している彼にとっても、世界にとっても、望ましくないものだ。


 依存に至った過去を考えると、仕方ない事象かもしれない。

 あたしが15歳、ネヴィルが14歳の時、故郷の村は魔王によって、二人以外全滅させられたから、もう一人の生き残りに依存するのは必然だ。



 魔王とは、この世界の現象である。

 ある程度の期間ごとに、その現象は発生し形を成し、人語を話すようになり、人間を害する生命体、魔族を生み出す。出来るだけ長期的に最大限に人間を害することだけに目的としている。



 その現象に対して世界が均衡を保つために、勇者もまた同じ時代の人々の中に生まれる。

 勇者だけが、魔王という最悪な現象に終わりをもたらすのだ。


 だから、誰もが勇者に魔王討伐を願い、そして歴代の勇者もその願いに応えてきた。


 だけど、今世の勇者はそれを望まなかった。

 正確には、昔はそうすることを望んでいたが、今は違う。彼は村の人間に期待されて送り出されて、王都に勇者候補として出かけていった、その不在時に村は魔王に滅ぼされた。


 その時のことをよくあたしは覚えていない。あまりにも酷い出来事で記憶をなくしたのだとお医者様には言われた。勇者ネヴィルにも、村に戻ったら焼野原で、そんな中であたしは両手に大やけどを負ったうえ、うつろな目をして幼い弟の死体を目の前に座り込んでいたと嘆く。


 それから彼は勇者であることを拒むようになった。もう一人の村の生き残りのあたしの傍から、離れることを嫌がった。彼の判断基準が、村娘であるあたしリンネが中心となり、依存した。

 勇者が魔王を倒そうと立ち上がることがなかった。


 だから、あたしは彼を、勇者ネヴィルを叩き直すことにした。


「リンネ、一人でどっかいくな、危ないだろう?」

「四六時中監視されるのは趣味じゃないんでね。ネヴィルもたまには一人で空眺めでもして頭空っぽにしてきなよ」


「は、お前リンネになんつった? リンネを害するようなら殺――」

「あたしは売られた喧嘩はちゃんと自分で買うから、横やり突っ込んでくるな。剣に手をかけやがって、言葉には言葉を返すんだよ。過剰防衛は嫌いだ」


「居場所は常に把握してるに決まってるだろう? 何かあったらどうする?」

「気持ち悪いなぁ……あのね、あたしも一応年ごろの女の子なの忘れてる? 一人の時間をくれよ、精神的に苦痛なんだ」


 すりこみをされた鳥類の子供の用にくっついてきて、手負いの獣のように牙を誰にでも剥く、そんな少年にひたすら冷徹な言葉を並べた。


 それでも彼は揺らがなかったし、むしろ悪化していった。

 あたしがネヴィルに冷徹に振る舞おうが、あたしが一人になろうとすればするほど、魔王によって出来たあたしの両手の火傷を見るほど、彼はあたしに依存するのだ。



 それはきっと恋愛感情からじゃない、守りたい庇護欲からじゃない、正義感からじゃない、彼のそれは恐怖と罪悪感からだ。



 分かっていたから一時期は刺激しないように、手袋をして、彼の望みに従って大人しく彼の傍に居た。そうすればいつかトラウマが和らいで、また昔の彼みたいになって正義感や義務感から、魔王討伐の旅に出てくれると思った。




 でも、そんなことはなかった。あれから2年経っても、ネヴィルは立ち上がらなかった。




 どんなに世界が魔王によって荒らされても、

 どんなに人々が魔王によって傷つけられても、

 幾多の村や町が魔王によって故郷の村同様に破滅の運命を辿ろうと、

 彼はあたしの傍から離れようとしなかった。


 色んな国の偉い人々も、色んな立場の人々も、色んな才能をもった人々も、色々な年代の人々も、そしてあたしも、彼に魔王を討伐することを頼んだ。でも彼は動かなかった。



「俺は世界なんかよりリンネの方が大切だ」と言うのだ。


 それでも根気よく傍であたしが元気に生きていることを実感して、彼が魔王討伐に乗り出すことを願った。


 だけど、ある時、それではいけないと知った。


 その日の訪問者である(ひと)は、とある村の生き残りで、あたしとネヴィルに対して、「なんで、今世の勇者は女にうつつをぬかして、魔王を倒そうとしないのよ! あんたらのせいで私は家族も恋人も失った!」とまともに立つことも出来ないのか、床で慟哭した。


 そして、ネヴィルは淡々とそれに対して、

「俺が奪われるきっかけになった世界なんかよりリンネの方が大切だ。お前は何もしない側の癖に被害者面出来て運が良かったな。ああでもこれから誰の記憶にも残らないから運も尽きたか」

 その(ひと)を世界もひっくるめて椅子に座ったまま嘲笑した。



 そんな二人の姿を見た時に、あたしは手袋をした両手に強い痛みを感じた。




 燃え盛る炎、鮮烈な赤い血、どす黒い血、全部まざってぐちゃぐちゃになってた。

 さっきまで話してた人が一瞬で物体になった。甲高い悲鳴と、自分の肉が焼ける匂い。




 ――ああ、思い出した。この両手の火傷は魔王が自らあたしに負わせたものだ。




 その日の村は、正義感が強く剣や魔法の腕が一流のネヴィルが、国のお偉いさんに呼ばれるのは凄いことだと噂すること以外はいつも通りだった。


 ……魔王が来るまでは。

 来て数分も絶たないうちに、村人たちは惨殺された。



 両親や村人惨殺後も、あたしに足とまぶたに停止魔法をかけ、その両手を灼熱の炎で覆い、さしのべることも、武器を掴むことも、目を塞ぐことも、耳を塞ぐことも出来なくして、幼い弟が泣き叫びながら拷問され、殺される場面を終始見聞きした。


 そしてとどめとばかりに奴はあたしに囁いたのだ。

「お前は勇者の枷になるんだ。枷として機能しないのなら、今度もまた訪れるよ。そん時は死ねたら幸運だろうねえ。実の弟の死に様よりももっと悲惨になるさ」


 その声や言葉は意思疎通の為には存在していない。人間に最大限の絶望と被害を与えるために存在しているのだ。



 魔王は戦略的にあたし達の故郷をネヴィルの不在時に狙った。

 そして意図的にあたしだけを生き残らせてトラウマと恐怖を植え付けて勇者に再会させた。

 勇者という魔王の天敵を活動をさせないために、あたしという勇者の枷を作り上げる為にそうした。



 それを、今更思い出した。



 両手の手袋をあたしは外して、あたしはその火傷を眺める。

 今でもそれは痛むし、見た目は幼い子供が見たら泣き出すだろうし、大の大人も見続けるのも辛いだろう。


 けど、この手は見た目に反して機能を失っていない。何かを握ることも、細かい作業をすることもできる。


 魔王という存在が、あたしが勇者に縋りつく機能として残したような不可解さに、怒りも湧き上がった。

 が、それ以上に、それだけネヴィルが魔王にとって厄介な存在なら、なおさらあたしは枷のままではいけないと思った。




「ネヴィルの所為でもないし、魔王が元凶だけど……そうだね。あたしはあたし自身が負った痛みややるべきことを忘れていたみたいね……魔王は早急に殺さないとね」

「リンネ、何を言ってるんだ?」


 あたしの言葉にネヴィルだけでなく、泣き叫んでいた(ひと)も唖然とする。そして手袋の外れたあたしの手を見て、手で口を覆う。ああごめんね、貴方を怖がらせるつもりで外したんじゃないんだよ。


 己の足がすくみそうな時に、心が楽な方向だけを選ぼうとする時に、自分の立場を自覚させそこから抜け出す為の戒めの為に、外したんだよ。


 あたしは椅子から立ち上がった。


「ネヴィル、やっぱり魔王を倒すべきだ。あたしはあたしやあたしの弟みたいな人たちが増えるだけだ」

「俺は世界なんかよりリンネの方が大切だ」


 こちらを見上げる年下の黒髪少年は、迷子の子供のような目をしていた。


「世界なんかって言い捨てないでほしいね。あたしは割と好きなんだよ。勝手に比較して軽視する対象を作るのは格好悪いよ……でも、あんたのそれは到底変わらないでしょう」

「恰好悪くとも別にリンネが無事なら、他はどうでもいい」


 あたしを傷つけない為か、あたしの服の袖をぎゅっと掴むネヴィルの声はかすれていたし、その黒い瞳は潤んでいた。


 だから、あたしはあえて笑った。


「ネヴィル、あんたの言う他には、あたしにとって大事なものも含まれてる」


 うそ、大事なものなんてもうあたしにはほとんどないの。だって、あたしも目の前のネヴィルと同じだもの。


 いやもっと、酷い。あたしはその場にいたのに何も出来なかった。

 小さな弟が苦しんで死んでいくのを見るしか出来なかったから。

 あの時から、あたしには、悲しみと、恐怖と、罪悪間と、無力感と、ほぼ負の要素で構成されている。


「あいにくあたしは、自分だけ無事でいても楽しくないんでね」


 それでもこの感情は本物なんだ。ほとんど失ったからこそ、魔王の残虐性とその人の心のなさをよく理解している。魔王が世界にもたらす悲劇に共感できてしまう。


 そんな自分が、魔王を唯一倒せる勇者の枷でいたままなんて耐えられない。

 あの魔王にとって都合のいい存在のままじゃ終われない。


「俺はお前を失う以上怖いことはない」

「そう簡単に死ぬつもりはないから安心してよ。あたしだって死ぬのは勘弁だ」


 たかが村娘が魔王の思惑に逆らうだなんて怖いよ。

 意図的にトラウマだって植え付けられてる。正直、あの日を思い出した今は足が震えているよ。


 だけど、得意げに笑え。


「でも全ては元凶の魔王を殺せば解決する。幸せになるために魔王を倒しに行こ――いや、ネヴィルがどうしようとあたしはいくよ」


 これははったりだ。

 あたし一人立ち上がったところで、魔王は倒せないのは明白だ。

 でも、勇者であるネヴィルを戦いを引きずり出す餌にくらいにはなれる。


 これで、あたしもネヴィルに勇者としての道を強制する一般人になって、彼の心のよりどころではなくなるわけだが、仕方がない。


 ダンっ

「ひっ」


 女が身を縮こまらせる。女の真横にフォークがささったからだ。


「ネヴィルっ! やめなさい!」

「この女が唆したのか? なあリンネ、お前が傷つく理由は全部俺が排除するから無理をしようとするな」


 その(ひと)を殺気立った目で睨んだ後、虫も殺さぬような顔をしてあたしに笑いかけるネヴィルを見て、ああこれは駄目だという言葉が頭に浮かぶ。


 あたしが枷として機能していることで、かつて『おれが本当に勇者なら、みんなみんな守ってあげるんだ。早く魔王を倒して安心できるようにするんだ』と誇らしげに語っていた村の少年も魔王に殺されたことが分かる。


 人を害すことなんて頭に一切無かった彼が、見捨てるどころか、積極的に害することまで考えるようになってしまった。


 ああ、そんなの駄目だ。あたしは刺さったフォークを抜き取って、ネヴィルの手に握らせて、卓上の野菜に突き刺す。


 あたしの突飛な行動を飲み込めずにいるネヴィルに、あたしは以前弟に何かを言い聞かせていた時を思い出しながら、出来るだけ優しい声音を出す。


「人に物を投げちゃいけません。

 フォークは食事に使うものです。

 相手の目線にたって物事を考えましょう。

 思い込みだけで行動するのはやめましょう。

 事実関係を整理して考えましょう。

 これは勇者である前に人間であるネヴィル、あんたに対しての忠告だ」


 そう言っても、彼から反応は返ってくることは無い。


 それでも今はいい。

 彼が勇者であることも、人であることも、今からあたしが時間をかけて教え込んでいけばいい。ネヴィルというあの少年はあの日、心を殺されて、深く杭が突き刺さっている状態なのだから。


 それに、あたしの言葉を受け止めたくないってだけではないだろう。

 その視線は手袋の外れてあらわになっている、あたしの手の火傷に刺さっている。それを認識した上で、トラウマを抉ると分かったうえで、あたしは彼の耳元で胸に巣食う重苦しい感情を載せて語る。



「ネヴィル全ての元凶は魔王だ。

 排除する対象はそっちだ。

 村を滅ぼしたのも目の前のその子じゃない。

 人間ではない魔王だよ。

 あたしさ、世界も、人間も倒して欲しいだなんて思ってない。

 倒すべきは魔王だよ」


 このまま、あの存在を野放しにしちゃいけない。

 このままネヴィルという青年が、ずっとあたしに拘って、留まって、縮こまって、本来得るべき勇者の道を、その先の栄誉や人々からの感謝をなくしちゃいけない。


 しかし、そんなあたしの誘導に従わないというふうに、彼はフォークを刺した野菜があった机を蹴り飛ばす。


 凄まじい破壊音と、皿や家具の破片が飛び散るが、あたしには一切当たらない。

 当たらないように防御壁を張られている。

 申し訳ないことに、あの(ひと)は大怪我はしてないものの、小さな破片が足に刺さったようで顔を引きつらせている。でもネヴィルが怖いのか声を抑えている。



「リンネ、俺は魔王を倒す必要性を感じない。奴は留まって大人しくしていれば来ないと言ってたんだろう。それに万が一あっても防衛戦の方が安全だ。なのに、なんでお前が魔王を倒すなんて言うんだ!」



 ……なんで、あの日の魔王の言葉をネヴィルが知ってるの?



 現在のあたしにはネヴィルにあの日のことを話した記憶はない。

 だって、あの日から今日まで忘れていたという認識だから。


 でも、彼は『言ってたんだろう』とまるであたしに聞いたかのような口ぶりで話している。変だ。


 怒れる彼の黒い瞳に、疑問を隠せば見つめ続ければ、何故か目を逸らされた。そんなことは滅多に無いのに。何か後ろ暗いことでもあるみたいだ。


 勇者は、魔王に対抗するために世界に存在する。

 それ故に、体術面でも魔術面も飛びぬけた能力と才能を持っている。有名な話だ。


 今までのあたしの状況と、彼の言動と、その情報を結び付けると………………ネヴィルはあたしにあの日の記憶に関して魔術で制限をかけていたのだろう。


 彼なりの優しさなのかもしれないが、随分な真似をしてくれるじゃないか……それほど、傷ついているのだろうけど。人の記憶を勝手に許可なく奪わないで欲しいものだ。


 ますます、現状から抜け出さないといけないし、このネヴィルを叩き直して勇者にしないといけないな。


 このままじゃ、あたしもネヴィルも魔王の筋書きの上にいるだけだ。そんな屈辱的で人類や世界にとって最悪な状況は他にない。 


「ネヴィル、思い出したけどあんたがそうやってあたしに拘ることは魔王にとって都合がいいんだよ。それほど、あんたはあいつに恐れられてる。都合悪くなろうよ」



 あたしは、机が吹っ飛んで空いた空間、ネヴィルの真ん前に座り込んで、その両手を小さな子供にするように握る。


 しばらく、彼は沈黙を貫いていたが、そのうち、彼の手を握る両手に水滴が降ってきた。


「俺のせいでっ、俺が勇者だったせいでっ、村のみんなも殺されたし、君も狙われてるんだろ! だったら俺は勇者になりたくないっ!」


 黒曜石のような瞳は、絶望と悲しみに染まっている。これは彼がずっと抱えてきた、絶叫なのだろう。

 涙を流しているこの勇者を、あの時に縫い付けられて苦しんでいるネヴィルを、本当に優しい人間なら、本当に尊重するなら、黙って抱きしめるのだろう。



 でも、あたしはそんな人間ではない。


「ネヴィルのせいじゃないよ。魔王のせいだよ。あんな卑劣で残酷な存在がいるからいけないんだ。勇者のいない村だって滅ぼされてる。だからさ、魔王討伐しにいこうよ」


 手を放し、立ち上がる。しゃがんでロングスカートについた汚れを払い落とす。

 そんな日常の仕草をしながら、非日常で残酷なことを口にする。


「あたしはさっさと終わらせたい。大丈夫、一緒に行くから、あんたが離れている間に殺されるなんてことはないから」


 彼に寄り添わず、冷酷にあたし目線での事実を告げて、彼を無理やり魔王討伐に引っ張り出す。

 彼の心をおいてけぼりにしても、あたしは勇者の枷という役割から脱するために前に進みたいのだ。


「あたしの為に留まるんじゃなくて、あたしとあんた自身の為に危険要素である魔王を倒した方がずっと幸せになれるからさ。ほら、行くよ」


 振り向きもせずに扉を開けて、女やネヴィルのいた家屋を出ると、歩き出す。

 そうすれば、慌ててネヴィルが追いかけてくる。


 勇者以外のあの村唯一の生き残りが、こんな冷酷な村娘だったのは、ネヴィルにとっては悲劇だったのかな?


 故郷を失った可哀そうな(ひと)が「ごめんなさい」と言った気がするけど、いいんだよ。貴方のお陰で私は私の義務を思い出したのだから。


 だからね、

「ありがとう」


 夜に旅立つなんて馬鹿みたいなことをやったけど、その時私は不思議と夜が怖くなかった。だって、もっと恐ろしいことがあるって知ってるから。その恐ろしいものに、世界が脅かされてると知っていたから。





 ***





 そのあとは怒涛の日々だった。停滞していた時が動きだしたかのようだった。

 色んな村や町、都市を魔王の生み出した魔族から守り抜き、優秀な仲間を増やしていった。




 大国の騎士アレスは勇者が動き始めたと聞きつけて、すぐにあたし達に合流し、導いてくれた。


 影魔法と戦術の天才メリダは、最初はこちらを試すような態度に敵か味方か分からなかったが、お眼鏡にかなったらしく、「世界嫌いの勇者の魔王討伐という稀有な事象を研究させてもらうよ」と仲間になってくれた。


 魔族の殺し方を把握している猟師のジャックは、あたし達が停滞している間に辛い経験を経ていて最初はこちらを拒絶したが、魔王と魔族を殺すという意見は合致して、とりあえず手を貸すといってくれた。


 稀代の防御と治癒魔法の使い手の貴族令嬢ルミィは、何年も守り続けてきた故郷の都市を陥落されそうになったところを、勇者一行に救われ、手助けをしたいとついてきれくれた。


 仲間になっていたメンバーは、流石魔王に立ち向かおうとするような人たちだから、みんな優秀だった。



 だから、あたしのような何も出来ない足手まといでしかない村娘が一緒にいること違和感を感じていた。


 心配する人、邪魔だと眉を顰める人、非難する人、嫉妬する人、色々いたけど、その度にネヴィルが苛烈な対応を取ろうとするものだから、必死に止めた。彼らの反応は当然なんだよ。



 中でもルミィ様は、初対面で勇者に救われたのもあって、ネヴィルに惚れてるようで、よくあたしを仇のように見てくることがあった。

 それでも彼女は人間が出来ていて酷いことはして来ないから、つっかかられても可愛いものだった。こんなかわいくて素敵な子の邪魔して申し訳ないなって思ってた。



 それなのに、時が経つにつれ、みんなあたしに優しくなっていた。

 理由は大体、予想がつく。



 というか騎士アレスさんには面と向かって「ネヴィル君は、その……良いとこもあるんだが、しっかり嫌がっていいんだぞ。おじさん代わりに叱るか?」と時には心配された。


 猟師のジャック君には「危機感を野生動物から見習えよ」と信じられないものを見るような目で見られた。

 あたしが「魔族は教えて貰ったおかげで、雑魚数匹とは渡り合えるようになったよ」と言えば、

「魔族なんかよりよっぽどやべぇもんに付き纏われてるんだよ」と言って、ネヴィルにシメられかけてた。勿論、それはさせないけど。



 勇者のあたしへの執着と依存は、普通の精神をしていれば、気味が悪く、流すことが難しいものだったから。



 ルミィ様に至っては、ある時から「リンネさん、魔王討伐したら、私が守るのであの男から逃げましょう。人生くいつぶされますよ」って急に方向転換されて驚いた記憶もある。

 ネヴィルはそんな悪い子でもないんだよと言えば、「貴方っていう人は……」とため息を吐かれた。




 影の魔女メリダさんはある夜、二人きりになったときに、心底不思議そうに首を傾げた。


「君は勇者が怖くないのかね、勇者からも逃げたくならないのかね」


 おっとりとした、でも深みと不気味さもある真夜中の森を想起する声を発する彼女は、人と距離をとってでも彼女なりに幸せに生きていた人間だ。

 そんな彼女だったからこそ、そうあたしに問いかけたのだろう。


 あたしは答えたよ。

「あたしへの執着は魔王が勇者にかけた呪いのようなものだから、ネヴィル自身を恐れる理由にはならないし、魔王を倒せばあたしもネヴィルも解放されます。

 これはあたしなりは魔王へ恐怖への逃げ方なんです。道中でも緩和には努力しますが心配や迷惑はかけると思います」



 あたしは、あの日の前のネヴィルも、知っているから。

 分かっていたから、彼の本性が元々どれだけ輝かしく無邪気なものなのか。信じていたんだよ。


 その答えにメリダさんは目を見張ったのちにケヘへと奇妙な笑い方をし、「君は面白い子だねぇ。面白いことや奇妙なことがわたしは大好きさ」と言ってくれた。

 そして、冗談なのか分からないけど「もし、魔王を倒したあかつきには、わたしも苦手な治癒魔法をあのキラキラしたお嬢ちゃんに教わって、君の手を直してあげるさ」と両手を握ってくれた。




 そんな素敵で強力な仲間を得て戦っていく中で、ネヴィルは彼の本来の在り方を思い出していった。


 ルミィ様を助けに行ったあたりから、その実感は生まれ始めていたけど、「この方が早く魔王に辿りつけるけど、その間に魔族にこの村が滅ぼされる可能性があるから迂回しよう」と提案したのを見て、昔の彼と重なった。


 たくさん人を助けて、

 たくさん感謝されて、

 たくさんの苦難をみんなで乗り越えて、

 また世界や人間を愛せるようになった。

 人々を守りたい、世界を平和にしたいという勇者の心を思い出していった。


 そうして、あたしとの距離感もだんだんと正常よりになっていた。



 彼を信じたあたしは間違っていなかった。




 だから――旅立ってから2年後、魔王を倒した。



「ああ、吾輩は弱く見誤りすぎたな……」


 瀕死状態で消えそうになる魔王は魔王討伐メンバーを見て、隙間風のような声を出した。


 アレスさんとネヴィルに満身創痍にされ、

 メリダさんの影魔法に縛られ、

 ジャック君によって味方の魔族は殲滅された。


 これから淡々と崩れ行くことしかできないでああろう、魔王という現象にあたしは煽るように近づいて、嘲笑った。



「そうだね。ネヴィルはあたし程度の枷を設定しても強かったし、お前が眼中にいれて警戒してなかった皆も強かったからね」

「違うさ……おま――」


 魔王が何か言おうとするが、その前に魔術も籠った剣が飛んできて、魔王という現象が消失した。



「ネヴィル?」

「さっさと殺さないとまた何かするかもしれない。油断は出来ない」

「確かに、そうだね」

「もう魔王は討伐した。やっと終わりだ。もう誰も苦しめられない」



 とどめを刺した勇者ネヴィルの言葉を聞いて、確かにその通りで、ルミィ様の防御魔法があったとはいえ最後の最後で盛大な失敗をするとこだったと反省する。

 反対にネヴィルは、勇者として完成されたのだと分かった。



 だって彼は、「リンネが苦しめられない」じゃなくて「誰も苦しめられない」と言ってくれたから。



 彼は今、淡々と魔王を討伐し終わったのだ。

 彼の枷はもうなくなったのだ。あたしも勇者の枷ではなくなった。



 これでハッピーエンドだ。




 ***




 ハッピーエンドの筈だったのに。


「リンネ、ぼくと結婚し――「治らなかったんだね」」

 黒髪の精悍な顔つきをした青年が、小さなブーケを両手に跪く。

 青と白と黄色の花々と葉や茎の緑は、素朴であたし好みのものだった。



 これは世間ではきっとハッピーエンドの延長線か、真のハッピーエンドに見えるのだろう。


 魔王を倒した勇者が、一緒に旅もした唯一の幼馴染と結婚する。

 聞いた人々はまあ否定しない、様式美なんかっていうくらい普遍的に受け入れられる結果。

 勇者一行も優しい顔をしてあたし達のことを、見ていないフリをしていて見守っていた。




 ――だけど、これは決してハッピーエンドではないのだ。



 あたしは魔王討伐の祝いムードが冷めたあとに、ひっそりとで平穏に手の火傷を抱えて、家族のことを思い浮かべながら生きるつもりだったのだ。

 かつての仲間が華々しい素敵な人生を噂で聞いて、笑みを浮かべるそんな人生が正解だと思った。

 相応な人に、相応な結果を与えられる、それがハッピーエンドだ。



 だからあたしは火傷の跡があるこの両の手を伸ばさず、下ろしたままだし、食い気味に間違いを指摘したのだ。



「ねえネヴィル、あんたはいい加減にあたし以外を見るべきだよ。大丈夫、もう世界は平和だよ。あんたがそうしてくれた。いつまであたしという魔王の枷に依存して囚われているの?」



 そうあたしが言えば、ネヴィルはあたしの顔をまじまじと見る。

 見ていないフリをしていた魔王討伐メンバーは何故かぞろぞろとこちらに近づいてくる。



「リンネ?」

「魔王を討伐しても、あんたがあの日に負った傷は消えなかったんだね。依存しなくても、もう大丈夫だよ。あんた自由になっていいんだよ。魔王がいないからあたしは死なないよ」



 もうあたしが殺される理由なんて、離れたことで失うものなんて、後悔することなんてないから、安心してと微笑むが、整ったネヴィルの顔は更に歪むだけだ。



「リンネ、違う。俺はもう君に依存してないよ」

「依存してるよ。でないとあたしにプロポーズなんてしないよ。あたしを好きになるのはおかしいもの」


 あたしはただの村娘。どこにでもいる存在。


 だけど魔王の企みによって、勇者のトラウマを呼び起こす枷として生かされた。だからネヴィルはあたしに依存した。


 魔王を倒してやっと、あたしはただの村娘に戻れたと思ったのに。

 ネヴィルもやっとトラウマから解放されたと思ったけど、魔王の策は後遺症まで残すらしい。


 魔王への嫌悪と、自分自身の至らなさに表情を暗くしてしまいそうだが、それはきっと魔王の思う壺だから、笑ってそう否定する。



「お前を好きになるのはおかしいって、なんだよそれ。俺、正直普通に振られたら今までの行いのせいだから身を引く覚悟だったけど、それは……おかしいだろ」


 ネヴィルは拳を握りしめて、わなわなと震わせる。それをあたしは残念に思う。



 彼の性分を考えると、その拳が決して私に暴力を向けることは無い。いっそ、向けられたらほっとしたかもしれない。

 ああ彼は、まだ依存している。どうすれば彼は過去から解放されるのだろうか。




 勇者に、

 滅んだ同村出身のネヴィルに、

 どうしたら幸せで明るい道をどうすれば歩んでもらえるんだろうか? 


 あの日、何も出来ずにいたあたしは、ネヴィルのことも結局、救えないのだろうか?



 あたしもネヴィルも黙り込んで、睨み合うようにしていると、異変を感じたネヴィルの仲間達が間に割って入る。


 ああ、良かった……一緒に旅をしていた皆なら、ネヴィルの異常性をしっかり認識できる筈だ。



 なのに、


「おまっ、あれだけ好きとか、ずっと一緒にいようとか、正直見てる僕でも恥ずかしいこと言われてても、平静だったのって、まともに受け止めてなかったってことか?」

 ジャック君は珍しく声を荒げるし。


「ヤバい時に言い過ぎて信用度なくしたのかもなー。にしたって、リンネちゃん、初期から一緒にいるおじさんが見て、ネヴィルのやつは随分とまともになったぞ。だから言葉通りに受け止めて大丈夫さ。受け入れるのも振るのもリンネちゃんの思うがままにやればいい」

 アレスさんは優しい父親のような態度をとるし、


「リンネさんがネヴィルさんを好きになるのがおかしいっていうなら、全然理解できますよ。

 このプロポーズもネヴィルさんが振られたら引くって覚悟決めてなければ、今頃リンネさん連れて逃げてやりますもの……だけど、ネヴィルさんがリンネさんを好きになるがおかしいってどういうことですか」

 ルミィ様も金髪碧眼童顔と可愛らしい彼女の容姿にはもったいないしかめっ面をしだすし、



「勇者と呼ばれている黒いのも、出会った頃にあった排他性が無くなった。

 今や歴代同様の普通の勇者様になった。依存は人並みに緩和されたさ。

 それに、君、君、魔王はもう倒したじゃないか。

 なぜ、君だけまだ戦っているような顔をするんだい?」

 メリダさんは賢い彼女らしくなく、頭を抱えている。動揺しすぎて、周囲の影を?の形に歪めている。



「みんなこそ、どうしたの? だって、おかしいよ」

「何がおかしいって言うんだい?」



 困惑で息が浅くなるあたしに、アレスは私にそう優しく問いかけるけど、私はそうされるほど大層な人間じゃない。



「だって、あたしはただの同村出身の村娘で……

 それどころか魔王に勇者として枷として利用されていた女だよ。

 なんで、あたしなんかを好きになる人間がいるのさ。

 ましてや、勇者でもあるネヴィルが、あたしを正気で好きになるなんてありえない」



「まさか……ずっと、そんな風に自分を思っていたのか」

 ジャック君が口を覆って、でも茶色の瞳でこちらをしっかり見て、ゆっくりと、小さな声ででそうきく。

 その様子があまりにも真剣で、私の中で不協和音でつい笑ってしまう。


「え? うん。だってそうでしょ」


 思ってたのかって、思うよ。だって、事実しかあたしは言ってないもの。

 ジャック君はよく分かってると思ってたんだけど。



「あたしはあの日居たのに何も出来なかった」

 村の皆が殺されるのも、弟が目の前で酷い目に遭うのも、見ているだけだった。何も出来なかった。圧倒的な力と痛みだけが原因じゃない。あたしは魔王を恐れ、その囁きにさえも言い返せなかった。



「意図的に生き残されたって分かってたのに、生き残ちゃった」

 魔王が去ったあと、ネヴィルが戻ってくる前にあたしが死ねば、全滅した村を見たネヴィルは復讐者としてさっさと魔王討伐に向かった筈だ。

 でも、あたしは死ねなかった。事態が吞み込めなかったのもあるけど、それ以上にあたしは多分生に執着した。だから、戻ってきたネヴィルに起こったこと全てを話してしまったのだろう。本当に記憶を消してくれたネヴィルは優しいな。


「魔王の思惑通り、あたしは利用されて世界の救済を遅らせた」

 ネヴィルのトラウマに本気で向き合っているフリして、魔王という恐怖から逃げてたんだ。その結果、多くの人々の命が失われた、多くの人々が悲しんだ、多くの人々が傷ついた。



「その間に世界はたくさんのものを失ったんだよ………………どうして、みんなそんな顔して黙り込むのさ?」


 変なの? 誰もあたしを責めてくれないの。誰もあたしを憎んでくれないの。怒ってくれないの。あたし自身はあたしを許せないのにね。




 火傷痕のある手を下に下したまま組んで力を入れる。

 魔王が消えてから痛みは一切感じない。そういうものなのだろう。それが酷く寂しく感じる。

 村の皆のことを全部消し去ってしまうような気がしてしまう。


 皆良い人だったの、皆その日まで穏やかに生きていただけなの。

 弟なんか、よくあたしのスカートの裾掴んで、「ねぇね、これお花なの!」って花をさしだしてニコってもちもちしたほっぺたで笑ってくれたの。


 あたしが、知っていたのは悲しみや恐怖、怒り、魔王の策略だけじゃない。

 世界から無くなってしまった尊いものの価値も知っていた。


 知っていたのに、勇者の枷となり、更に無くなるものを増やした。火傷痕も生存者も残らない村だってあったのだ。



 ジャック君も失った側だから、よく知っている筈なのに、どうして昔みたいに睨んでくれないかな。

 なんでそんな申し訳そうな顔をするかな。


 旅立ちの日に来た女やジャック君達に怒られた時、彼らの痛みを知っている癖して私少しほっとしたんだよ。失われたものの尊さを知っているが故に、糾弾してくれる人がいるって。



 地面の自分の影からは火傷痕は見つけられない。黒一色だから。

 ……この影のように、いつか見えなくなってしまうんだろうか。忘れてしまうのだろうか。




 魔王が奪った全ては世界から消えてしまうんだろうか………………それだけは嫌だな。



 そう思った瞬間、あたしの影の手の先があたしの髪色のように赤く染まる。


 驚いて顔をあげれば、メリダさんが魔術を行使したのか、持っていた杖をこちらに向けていた。いつも被っているフードは外され、その顔がよく見える。


「わたしは普通というものを軽視していたねぇ。

 魔王の策略に対しての君の異端さに意識をおいていた。

 お陰で君を見間違い、火傷を直すだなんて安易に口にした。

 違うねぇ、君はずっと傷ついてたし、ずっと人や世界を愛してた」


 紫がかった巻き毛の下の、その顔はとっても柔らかくて、


「だからこそ、人の世を避けてたわたしも、君には何かをしてやりたいと思ったんだろうねぇ」


 その声は陽だまりみたいに優しかった。



 次にジャック君が「悪かった。ずっと最初の態度のこと謝罪をしてなかった」と頭を下げてきた。

 君が謝ることなんて一切ないよ。無言でそれを示すように首を横に振れば、


「僕がお前を責めたのは、お前のことをよく知らなかったからだ。無知で愚かが故だ。

 知れば知るほど、関われば関わるほど、分かったよ、お前が一番魔王という脅威に一番立ち向かってたって。

 ネヴィルが異常だったんじゃねぇよ。あいつのは経験に対して相応の反応だった。

 なのに、お前は魔王以外を敵視しなかった、すげぇよ」


 賞賛を口にする彼の茶色い瞳は真っすぐで淀みがないけど、それがどうしても受け入れられず横を向く。


「ごめんな……大人なら、リンネちゃんこともしっかり見てやるべきだった。

 魔王討伐と勇者のことばかりに必死になって、君に負担を強いていた」


 その向いた先でもアレスさんが謝っている。


「……リンネさん、私はずっと貴方を強い人だと勘違いしてました。いえ、強い人ではあるんですが、貴方が抱えている傷に、貴方が魔王にかけられた呪いに気づけませんでした」


 ルミィ様が神妙な面持ちで近づいてくる。

 キラキラの金髪が眩しいな、青い瞳は宝石みたいだな。それはそうか、彼女はあの絶望的な期間に故郷を守り切った英雄なのだから。あたしの憧れなのだから。


「リンネさん、貴方もネヴィルさんと同じ日にご自身の定義を魔王の枷と固定化され、愛されていたリンネさんという少女を殺してしまったんですね」

「え?」


 そんな理想の人に、抱きしめられて足の力は抜けていく。それでも彼女は一緒に地面を膝をついてでも、あたしのことを強く強く抱きしめる。




「リンネさん、私達の中のリンネさんを伝えさせてください。

 まずは私から、『誰よりも世界と人間を魔王から守ろうとした人』です」


 違うよルミィ様。

 守れなかったの。たくさんの人が死んじゃったの。

 ボロボロになった都市で血管が浮き上がるくらいに、守護魔法と防御魔法を使っていた貴方を見た時に、あたしはああはなれなかったと思ったもの。

 貴方がいなければ、とっくのとうに都市は滅んでいたの。

 抗っている貴方を見て、あたしは希望を見たもの。



「『誰もが恐怖や憎悪で現実が見えなくなる中で、現実見定めて、周りを立ち上がらせた、魔王討伐の立役者』」


 違うよ、ジャック君。

 見えていたのは君だよ。

 全てを失ったのに、自分の持てる力と知恵と技術を使って、魔族を迅速に適切に殺していく貴方を見て、あたしは本人の憎悪の感情さえも利用して、無理やり勇者一行に引き入れたもの。

 あたしのこと最初は嫌ってたのに、その時でも身を守る方法と魔族の撃退の仕方を教えてくれたもの。



「『めちゃくちゃになった世界もネヴィル君も決して見捨てなかった底抜けに優しい女の子』かな」


 違うよ、アレスさん。

 貴方は勇者不在の間も根気よく手紙を送っていたし、その間も魔族から人間を守っていた。

 決してあたし達を責めることなく、ただただ自分の出来ることをして待っていてくれた。

 あたし達も世界も見捨てないのでくれた。



「『魔王の策略を真っすぐに生きることで唯一打ち破った賢い子』かねぇ」


 違うよ、メリダさん。

 あたしは魔王への負の感情で禄に何も考えられなかったの。

 そんな時に貴方に出会って、淡々と戦略を考えている姿を見て、冷静に魔王という現象を分析することが出来るのだと驚いたもの。

 手も足も出ない魔王の存在が、貴方を介して聞けば、ただの一事象になったんだもの。



「『どんなに俺が道を踏み外したり、迷惑をかけても、信じ続けてずっと付き合ってくれた、優しくて強くて素敵な人。俺が世界で一番恩返ししたくて、誰よりも幸せになって欲しい人』」

 違うよ、ネヴィル。

 あたしが君の依存を利用したんだって。

 君の感情を無視して、無理やり色々と義務を押し付けてそれを強制させたんだ。

 あたしが魔王への恐怖や、消えることのない罪悪感から逃げるために利用したんだ。



「だから、自分のことをそんな風に思わないで欲しいです。貴方が今まで成してきたことはそれだけのことなんです」

「わ、分からないよ」


 今、起こっている事象が分からなくて、ルミィ様に抱きしめられてる自分があまりにも異物で、逃げ出したくなる。



「リンネ」

「ネヴィル……」


 声をかけられ見上げると、ネヴィルの黒い瞳と目が合う。



「君が何度も言ってくれた言葉を返すよ。悪いのは全部魔王だ。だから、君は悪くないし、むしろ君がいなければ魔王を討伐は出来なかった」

「……魔王討伐したのは皆だよ。あたしは村娘だから何も出来なかった」


 事実を口にすると、ネヴィルは眉を下げる。

 しかし、すぐに真剣な顔をして、あたしの前でにしゃがみこむ。



「すぐに飲み込めとは言わないよ……君が何年も俺に付き合ってくれたように、俺も何年も待つし、言い続けるさ」


 あたしの頬に勇者は、手を伸ばす。

 バランスは整っているが、その手には無数の傷がある。そして、その傷はあたしと違って、村が滅んだ後に増えていったものだ。



「それでいつか君が君自身の価値を認められたら、あらためてプロポーズするから君が思うように返事をして。君が幸せなら、君が本心で望むのなら、振られても構わない。

 それだけ君にずっと背負わせた」



 なんで勇者が村娘ごときに振られるなんて馬鹿みたいなこと話すんだろう。



「今はただ、お疲れ様。みんな君に救われたんだよ」


 そう微笑む勇者が、同村出身の優しいネヴィルが、なんだか眩しくて目を細める。

 頬に冷たい何かがつたう。



 ああ、そういえば………………村を失ったあの日以降、泣いてなかったや。



「ありがとうリンネ。みんな君が大好きで、君の幸福を望んでるよ」




 ***



 村娘が依存気質の勇者を更生し世界を救わせたあとは、初めて彼女が救われる番になる。



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