8.銀の夜に誓った決意
エリスが眠りについたあと、雪誠はそっと彼女を長椅子に寝かせ、自分の上着を掛けてやった。
彼は夜空を見上げる。銀色の髪が月光を受けて冷たく光った。
十五歳で死ぬ。
治らない病。
王国最強の治癒師でさえ手の施しようがない――そう聞いた。
だが雪誠は知っていた。
彼女は、自分にとって大切な人だ。
賢者の知識。
隠身という自由。
その力は逃げるためではない。
運命を変えるためにある。
雪誠は拳を握りしめ、胸の奥に初めて明確な“目的”が生まれた。
「……強くなる。
彼女を救えるほどに。」
翌朝。
エリスがまだ眠っている頃、雪誠はすでに湖畔に立っていた。
彼は王都の方向を見つめる。
その瞳は揺るぎない決意を宿していた。
王都――
そこには王国最強の剣士、魔法師、賢者、錬金術師がいる。
古代の書庫、禁術、失われた治療法もある。
エリスを救う方法が、きっとどこかにある。
雪誠は深く息を吸った。
「王都へ行って弟子入りする。
彼女を救うための力……全部学ぶ。」
危険な道だと分かっている。
自分はまだ十歳の子どもで、何も持っていない。
父は自分を認めず、探しもしないだろう。
だが――
初めて、守りたいと思える人ができた。
雪誠は長椅子の方を振り返る。
エリスは穏やかに眠っていた。
風にそっと支えられた花のように。
雪誠は小さく呟いた。
「エリス……待ってて。
必ず戻る。
その時は……もう死を怖がらなくていい。」
彼は静かに歩き出した。
影のように軽い足取りで。
そして、彼が去って間もなく――
エリスは目を覚ました。
湖畔にはまだ朝霧が漂い、花と露の香りが混じっていた。
エリスが目を開けた瞬間、最初に見えたのは雪誠ではなく――
彼が残していった上着だった。
その上着には、まだ彼の体温が残っていた。
昨夜、彼に抱きしめられた時の温もりが。
エリスは呆然とし、そっと布を握りしめた。
まるで最後の温度を逃すまいとするように。
そして――
彼女は気づいてしまった。
エリスは勢いよく起き上がり、周囲を見回した。
「……雪誠?」
湖畔には誰もいない。
風が花を揺らし、水面が朝の光を返すだけ。
胸の奥がゆっくり沈んでいく。
「雪誠……どこ……?」
彼女はふらつきながら湖へ、森へ、道へと走った。
雪誠の足音は軽い。
影のように。
彼は隠身できる。
気配を消して去ることもできる。
でも――
本当に行ってしまうなんて、思っていなかった。
呼吸が乱れ、胸が締めつけられる。
「いや……いやだ……行かないで……」
声は震え、今にも砕けそうだった。
長椅子のそばの草地に、小さな足跡があった。
とても軽く、浅い。
存在を消すように歩いた跡。
エリスはしゃがみ込み、指先でその足跡に触れた。
涙がぽたりと落ちた。
「……行っちゃったんだね。」
彼女は大声で泣かなかった。
ただ、雨に濡れた花のように、静かに俯いた。
その頃――
雪誠はすでに王都への道を歩いていた。
森の風が彼の横をすり抜け、まるで旅立ちを見送るようだった。
彼は振り返らない。
だが心の中には、はっきりと刻まれていた。
自分を待つ少女がいる。
だから強くなる。
彼女を救えるほどに。
運命を変えられるほどに。
影は初めて湖畔を離れた。
初めて世界へ踏み出した。
初めて――光のために歩き始めた。




