第8話 火の用心!
ドォォォォン!!
轟音と共に、私たちの村の防壁が紅蓮の炎に包まれました。
騎士団による一斉斉射。
数百発の火球が着弾したのです。
黒煙が空を覆い、爆風が荒野を駆け抜けます。
普通なら、石積みの壁など一瞬で瓦礫の山でしょう。
「はっはっは! 見たか! これが王立魔導騎士団の火力だ!」
ジェラルド殿下の高笑いが聞こえます。
しかし。
煙が晴れた後、そこには「無傷」の壁が聳え立っていました。
煤で少し黒くなった程度です。
「な……ッ!?」
殿下の笑い声が引きつった悲鳴に変わりました。
私は壁の上から、メガホン越しに解説を入れてあげました。
「残念でしたね、殿下。その壁はただの石ではありません。レオンハルト製『ミスリル合金』と、衝撃吸収材『高弾性スライムゴム』の五層構造です。魔法の熱と衝撃は、全て運動エネルギーに変換されて拡散されます」
簡単に言えば、魔法を弾くトランポリンのようなものです。
魔法偏重で物理を知らない皆様には、理解できないかもしれませんが。
「おのれ、小賢しい! 全軍突撃! 魔法がダメなら、剣で切り崩して中へ侵入しろ!」
殿下の号令で、騎士たちが抜刀し、馬を走らせました。
愚かですね。
そこは既に、私たちの「現場」だというのに。
「総員、第一工程開始!」
私が指を鳴らすと、壁の内側でオークたちが巨大なレバーを一斉に引きました。
ガシャン!!
平原の地面が、パカパカと軽快な音を立てて開きました。
「うわぁぁぁッ!?」
「な、なんだこのネバネバは!?」
先頭集団の馬が、次々と落とし穴へと消えていきます。
深さ三メートル。
底には、私が配合調整した「超強力トリモチ・スライム」がたっぷりと充填されています。
一度ハマれば、蟻地獄のように抜け出せません。
「くそっ、止まるな! 穴を避けろ!」
後続の部隊が左右に展開しようとしました。
しかし、そこにはレオンハルトに頼んで設置した「不可視の壁」が迷路のように配置されています。
ガゴンッ! ボグッ!
「ぐはっ!? な、何もないのにぶつかった!?」
「見えない壁だ! 進めない!」
トップスピードで透明な壁に激突した騎士たちが、鼻血を出して落馬していきます。
大混乱です。
そこへ、待ち構えていたオーク工務店が出動しました。
「へへっ、上質な鉄装備を着てやがるぜ!」
「剥ぎ取れ! 資材回収だ!」
オークたちは巨大なマジックハンド(木製)を使い、スライムの海で溺れている騎士たちを次々と「収穫」していきます。
殺しはしません。
装備を没収し、簀巻きにして捕虜収容所(仮設テント)へ運ぶだけです。
「ば、馬鹿な……僕の精鋭部隊が……子供騙しの罠ごときに……!」
ジェラルド殿下は、安全圏である後方でわなないていました。
彼のプライドはズタズタでしょう。
魔法も通じず、白兵戦もできず、ただ遊ばれているだけなのですから。
「ええい、役立たずどもめ! どいつもこいつも!」
殿下の顔が、憤怒で真っ赤に染まりました。
彼は首にかけていたペンダントを引きちぎり、指にはめた豪奢な指輪を天に掲げました。
指輪の宝石が、不吉な赤黒い光を放ち始めます。
ビリビリと、大気が震えました。
(……おや? あの光は)
私は目を細めました。
ただの魔力光ではありません。
周囲の空間から強制的に魔素を搾り取り、臨界点まで圧縮しています。
あれは「戦略級殲滅魔法」。
地形ごと対象を消滅させる、禁断の呪文です。
「スカーレットォォォ!!」
殿下が絶叫しました。
その目は血走り、正気を失っています。
「僕をコケにした罪、万死に値する! 貴様も、そのふざけた城も、この『炎帝の煉獄』で地図から消し去ってやる!!」
頭上に、太陽のような巨大な火球が形成されていきます。
熱波が肌を焦がすほどです。
レオンハルトが私の前に飛び出し、結界を張ろうとしました。
「チッ、あいつ死ぬ気か? あれだけの規模、撃てば自分も巻き込まれるぞ!」
「なるほど、自爆テロですか」
私は冷静に分析しました。
あれを撃たれれば、確かに私の村はタダでは済みません。
せっかく作った露天風呂が蒸発してしまいます。
それに、貴重な労働力も消し炭になってしまう。
それは「労働災害」です。
現場監督として、断じて許容できません。
「レオンさん、結界は不要です。私が『消火』してきます」
「は? おい、待て!」
私はレオンハルトの制止を聞かず、高さ五メートルの城壁の縁に立ちました。
ターゲット、ジェラルド殿下。
距離、約二百メートル。
障害物、なし。
「安全帯よし。足場よし。……行きます!」
私は壁を蹴りました。
ドォォォン!!
石壁の一部が砕けるほどの踏み込み。
私は砲弾のように空へ飛び出しました。
風を切り裂き、放物線を描いて戦場を飛び越えます。
眼下では、泥まみれの騎士たちが口をあんぐりと開けて私を見上げていました。
「落下地点、確認!」
殿下の目の前の地面。
私は空中で姿勢を制御し、右足を突き出しました。
ズドォォォォォン!!!!
隕石の落下のような衝撃音。
着地と同時に、衝撃波で周囲の地面がクレーター状に陥没しました。
殿下の乗っていた白馬が「ヒヒィィン!」と嘶き、恐怖で後ろ足立ちになります。
殿下は無様に鞍から転げ落ちました。
「がっ!? な、なんだ!?」
砂煙の中から、私はゆっくりと立ち上がりました。
膝についた土を払います。
「こんにちは、殿下。現場視察ご苦労様です」
「ひっ……!」
殿下は尻餅をついたまま、後ずさりしました。
目の前にいるのが、かつて自分が捨てた令嬢だとは信じられない顔です。
まあ、私もドレスではなく作業用つなぎ姿ですからね。
「く、来るな! 化け物め!」
殿下は震える手で杖を構え、まだ空中に維持されている巨大火球を私に向けようとしました。
「消えろ! 燃え尽きろ!」
「現場での火気使用は、許可制となっております」
私は一歩踏み込みました。
縮地。
瞬きする間に、私は殿下の懐へ潜り込んでいました。
「火の用心!」
バキィッ!!
乾いた音が響きました。
私が握りつぶしたのは、彼が持っていた魔導杖と、指にはめていた「炎帝の指輪」です。
「あ……」
制御を失った頭上の火球が、プシュゥゥ……と音を立てて霧散していきました。
魔力の供給源(指輪)を物理的に破壊されれば、魔法は維持できません。
単純な理屈です。
私は粉々になった杖の残骸をパラパラと地面に落とし、ニッコリと笑いました。
「危険物の持ち込みは禁止ですよ、殿下。没収です」
「……あ、あ、ああ……」
殿下は腰を抜かし、ガタガタと震えています。
失禁しているようですね。
汚い。
後でそこも掃除しておいてください。
戦場は静まり返っていました。
騎士たちも、オークたちも、全員が動きを止めて私たちを見ています。
勝負あり、です。
「さて、殿下。不法侵入と器物破損、それから業務妨害。……慰謝料と修繕費、たっぷりと請求させていただきますからね?」
私の笑顔を見て、殿下は白目を剥いて気絶しました。
こうして、ソルヴァニア王国軍による第一次攻略戦は、開戦からわずか三十分で、
「負傷者多数(主に打撲と精神的ショック)、死者ゼロ」
という完全決着を迎えたのです。
ああ、忙しくなりますね。
これだけの捕虜(労働力)、収容するプレハブを建てなければ。




