第10話 開拓ライフは終わらない
カンカンカン! トントン!
軽快な金槌の音が、青空に吸い込まれていきます。
心地よい音です。
騒がしい怒号や爆発音ではなく、何かを生み出す建設の音。
私は完成したばかりの「大浴場・別館サウナ」の屋根の上で、最後の釘を打ち込みました。
「よし、施工完了!」
額の汗を拭い、眼下を見下ろします。
そこには、もはや「荒野」と呼ぶには相応しくない光景が広がっていました。
石畳で舗装されたメインストリート。
整然と並ぶログハウス群。
湯気を上げる広大な温泉施設。
そして、畑ではトマトやキュウリが実り、牧場では捕虜……いえ、更生した元騎士たちが、オークの指導の下で酪農に励んでいます。
「ソルヴァニア王国・特別自治領」。
それが、陛下から賜ったこの地の新しい名前です。
ジェラルド殿下からふんだくった……いえ、頂いた正当な慰謝料のおかげで、向こう百年の予算も確保できました。
ここは私の国。
私の現場。
そして、私の家です。
「――おい、スカーレット。いつまで屋根にいる気だ」
下から不満げな声がかかりました。
見下ろすと、日傘を差したレオンハルトが立っています。
相変わらずの日光嫌いですが、今日は珍しく起きていますね。
「すみません、すぐに降ります。……おや? その格好は?」
私は足場を軽やかに飛び降り、彼の前に着地しました。
レオンハルトは、いつものパジャマ姿ではなく、仕立ての良い漆黒の燕尾服を着ていました。
銀髪も丁寧にセットされ、まるで童話に出てくる王子様のようです。
「……オークどもが着ろとうるさいからだ。今日は『特別な祝い』だとか言って」
「戦勝祝賀会ですよ!レオンさん!」
私はポンと手を打ちました。
今日は、村の皆で平和を祝う宴の日です。
トマさんが最高級の牛肉とワインを運んできてくれています。
「肉を焼く行事に、正装が必要なのか?」
「儀式ですからね。形から入るのも大事です」
私は作業用つなぎの埃を払いました。
私はこのままで参加するつもりですが、主賓のレオンさんが正装なら、少しは華やかな方がいいかもしれません。
「では、行きましょうか」
私が歩き出そうとすると、くい、と袖を引かれました。
「待て。……その前に、話がある」
レオンハルトの表情が、いつになく真剣でした。
紫色の瞳が、眠気を帯びず、まっすぐに私を射抜いています。
心臓がトクンと跳ねました。
なんでしょう、この空気は。
「スカーレット。……お前、本当に王都へ帰らなくて良かったのか?」
彼はポツリと尋ねました。
「陛下はお前を侯爵として復権させると言っていた。ここでの泥臭い生活より、ドレスを着て茶会に出る方が、普通の令嬢としては幸せなんじゃないか?」
「……」
私は瞬きしました。
彼がそんなことを気にしていたとは意外です。
私は腰に下げたハンマーに手を置きました。
私の相棒です。
「レオンさん。私は『普通』じゃありません」
私はニカっと笑いました。
「ドレスは窮屈で肩が凝ります。茶会の中身のない会話は退屈です。でも、ここは違います。汗を流せば、その分だけ形になる。作った椅子に誰かが座って笑ってくれる。……私にとっての幸せは、この現場にしかないんです」
それに。
言葉を続けようとして、少しだけ顔が熱くなりました。
「それに、私が帰ったら、誰が貴方のわがままな睡眠環境を整えるんですか? 枕の高さが一ミリ違うだけで不機嫌になる魔王様を、扱えるのは私だけですよ」
私の言葉を聞いて、レオンハルトは呆れたように、そして嬉しそうに吐息を漏らしました。
「……違いない。お前がいなくなったら、僕はまた土の中で不貞寝するしかない」
彼は一歩、私に近づきました。
冷たいはずの彼の手が、私のゴツゴツした指先をそっと包み込みます。
「スカーレット。契約更新だ」
「契約?」
「ああ。……僕の『番』になれ」
時が止まりました。
番。
魔物図鑑の知識が確かなら、それは魔族が生涯にただ一人だけを選ぶ、魂のパートナーのこと。
人間で言うところの……。
「……えっと、つまり?」
私は慎重に確認しました。
都合よく解釈してはいけません。
ビジネスライクに捉えるべきです。
「つまり……『死ぬまで僕の側で、最高のベッドと飯を提供し続けろ』ということだ。その代わり、僕の全てを使って、お前の現場を守ってやる」
彼の顔が微かに赤らんでいます。
視線を逸らしながらも、繋いだ手は離してくれません。
なるほど。
理解しました。
これは、プロポーズですね。
……いえ、「終身雇用契約」の申し込みです!
私という職人の腕を見込み、一生涯の専属契約を結びたいと。
現場監督として、これ以上の賛辞があるでしょうか。
条件も破格です。
魔王の無限の資材があれば、作れないものはありません。
私の答えは一つです。
「――謹んで、お受けいたします」
私は彼の手を強く握り返しました。
「貴方が安らかに眠れる最強の城、私が責任を持って建て続けましょう。」
「……くくっ、色気のない返事だな。まあ、お前らしいか」
レオンハルトが声を上げて笑いました。
初めて見る、屈託のない笑顔でした。
美しい顔立ちが綻び、太陽よりも眩しく見えます。
悔しいですが、少し見惚れてしまいました。
「うおおおおおッ!! おめでとうございやす!!」
「ヒューヒュー! 姉御! 旦那様!」
突然、茂みから大歓声が上がりました。
隠れていたオークたち、クマ吉、そしてトマさんたちが一斉に飛び出してきました。
クラッカー代わりの魔法花火が打ち上がり、空を彩ります。
「えっ!? み、皆さん!?」
「へへっ、旦那様から聞いてたんでさぁ! 今日は祝勝会じゃなくて、結婚祝いだってな!」
オークの親方が涙目で親指を立てました。
「け、結婚!?」
「当たり前だろう。番なんだから」
レオンハルトが澄ました顔で言いました。
はめられました。
終身雇用契約だと思ったら、永久就職(お嫁さん)契約もセットだったようです。
「ま、まあ……仕事内容は変わりませんよね?」
「変わらんな。ただ、寝室は同室になるが」
「なっ……!?」
顔が沸騰しそうです。
ですが、不思議と嫌ではありません。
この手の温かさを、私はもう知ってしまっていますから。
「さあ姉御! 肉が焼けやしたぜ! 今日は飲み明かしましょう!」
「クマ吉も踊ります!」
宴が始まります。
賑やかで、騒がしくて、愛おしい仲間たち。
私は空を見上げました。
かつては「沈黙」と呼ばれたこの荒野。
今は笑い声と、槌音が響く「喧騒の楽園」です。
ドレスを脱ぎ捨てて、ここまで走ってきて本当に良かった。
「レオンさん、ほら、行きますよ! 冷めないうちに!」
「……ああ。手を離すなよ」
「もちろんです。安全帯代わりですからね!」
私たちは手を繋ぎ、光の溢れる広場へと駆け出しました。
私の開拓ライフは、まだ始まったばかり。
明日は遊園地を作りましょうか。
それとも、レオンさんのために雲の上の離宮を建てましょうか。
夢と設計図は無限大。
私たちの未来は、最高に頑丈に仕上がっていますから!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!




