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ドレスを脱いで荒野で国を創る  作者: 九葉(くずは)


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第1話 追放令嬢はドレスを脱ぎ捨てる

王立ソルヴァニア魔導学園の大広間。

頭上で輝く巨大なシャンデリアを見上げながら、私は一人、眉を寄せていました。


(……あの吊り下げチェーン、あともう数年で金属疲労が限界ですね)


支点の金具から微かに軋む音が聞こえます。

魔導による補強も掛かっていますが、物理的な負荷計算が甘いのです。

直下のダンスフロアで踊る生徒たちが、もし落下事故に遭えばひとたまりもないでしょう。


そんな職業病めいた心配をしているのは、この会場で私だけのようです。

前世は建築士をしていたので、気になってしまうのですよね。


きらびやかなドレス。

甘い香水の匂い。

楽団が奏でる優雅なワルツ。


卒業記念舞踏会は、貴族の子弟にとって社交界デビューの晴れ舞台。

ですが、壁の花である私、スカーレット・ヴァン・ダイクにとっては、ただの忍耐の時間でした。


ドレスは動きにくいことこの上ないですし、ヒールは重心が安定しません。

何より、早く帰ってトレーニングの続きがしたい。


そっとため息をつき、グラスの果実水を一口飲んだときです。


「――聞け! 皆のもの!」


楽団の演奏を切り裂くような大声が、広間に響き渡りました。

フロアの視線が一斉に、大階段の上へと注がれます。


そこに立っていたのは、私の婚約者である第二王子、ジェラルド殿下でした。

その腕には、可愛らしいピンクブロンドの髪をした男爵令嬢、ミラ様の腰が抱かれています。


殿下は私を指差し、勝ち誇ったような笑みを浮かべました。


「スカーレット・ヴァン・ダイク! 貴様との婚約を、この場を持って破棄する!」


ざわ、と会場が波打ちます。

私は手にしていたグラスを、近くの給仕のトレイに静かに戻しました。

想定の範囲内です。

むしろ、いつ言われるかと思っていましたから。


私は背筋を伸ばし、ゆっくりと彼らの前へ進み出ます。

ヒールの音が、静まり返った広間にコツ、コツと響きました。


「……理由を伺っても?」


「白々しい! 貴様がミラに行った数々の嫌がらせ、知らぬとは言わせんぞ!」


殿下の怒号と共に、数枚の書類が床にばら撒かれました。

教科書を隠した、階段から突き落とした、魔力を持たぬ身でありながら黒魔術で呪った……。

どれも身に覚えのない、三文小説のような罪状ばかりです。


ミラ様が殿下の胸に顔を埋め、震える声を出しました。


「私、怖くて……スカーレット様が、あんな恐ろしい顔で……」


「おお、可哀想なミラ。もう大丈夫だ」


殿下が私を睨みつけます。

その瞳にあるのは、明白な侮蔑。

魔力を持たない「無能」な女に対する、優越感に浸った色です。


「魔力ゼロの石ころごときが、次期王妃になれるはずもない。これまでは侯爵家の顔を立ててやっていたが、もはや限界だ!」


彼は声を張り上げ、最後の宣告を行いました。


「スカーレット! 貴様を王都から追放し、『沈黙の荒野』への辺境調査および開発総督に任命する! 二度と私の前に顔を見せるな!」


会場から失笑が漏れました。

「沈黙の荒野」。

高濃度の魔素が漂い、凶暴な魔物が跋扈する死の土地です。

開発総督とは名ばかりの、事実上の死刑宣告。

普通の令嬢なら、その場で泣き崩れるか、慈悲を乞う場面でしょう。


しかし。


(……え?)


私は思わず、目を瞬かせました。


荒野。

未開の地。

誰も住んでいない、広大な土地。


つまり、そこに行けば。

騒音苦情を気にせず、思う存分に岩を砕き、木を切り倒し、好きなだけ建築ができるということですか?


(しかも、開発総督への任命……つまり全権委任!)


以前から、王都の軟弱な地盤と、魔法頼りの脆弱なインフラには限界を感じていました。

一から自分の理想通りの「強くて快適な街」を作れるチャンスが、まさか向こうから転がり込んでくるとは。


私は湧き上がる歓喜を必死に噛み殺しました。

ここでニヤけては、殿下の面目が潰れてしまいます。

せめて最後くらい、殊勝な態度で送り出されてあげましょう。


私は優雅に淑女の礼を行いました。


「謹んで、拝命いたします」


「な……?」


殿下の顔が引きつりました。

泣き叫ぶとでも思っていたのでしょう。

私は顔を上げ、凛とした声で続けます。


「殿下とミラ様がお幸せになることを、遠い辺境よりお祈り申し上げます。……では、失礼して」


私は踵を返しました。

背後で「き、貴様、正気か!?」「あの魔力なしが、強がりを!」という声が聞こえますが、もはや雑音です。


さあ、行きましょう。

私の新しい現場へ!


 ◇◇◇


王宮の門を出たところで、私は衛兵たちに止められました。

追放処分ですから、馬車も従者も許されません。

身一つで出て行け、とのことです。


「承知しました。お勤め、ご苦労様です」


衛兵たちに軽く会釈をして、私は夜の街道へと歩き出しました。

王都の外れ。人目につかない街道の脇まで来ると、私はようやく足を止めました。


大きく息を吐きます。


「……ふう。やっと、終わりました」


窮屈な貴族の義務は、これですべて精算完了です。

まずは、この動きにくい衣装をどうにかしなければなりません。


私はドレスの裾を豪快に掴むと、力任せに引き裂きました。

ビリィッ! という景気の良い音が響きます。

高価なシルクが裂け、膝丈のスカートに早変わりしました。

これなら足が上がります。


次に、太ももに巻き付けていた革のベルトに指をかけました。


カチリ。


留め具を外すと、ずしりとした金属の塊が外れます。


ドスンッ!!


落下した黒い鉄塊が、地面にめり込みました。

土煙が舞い、街道に小さなクレーターが生まれます。


さらに、二の腕、腹部、背中に仕込んでいたプレートも次々と外していきます。


ズンッ。ドシンッ。ガシャアンッ。


総重量、約200キログラム。

高密度の鉛を練り込んだ、特注のトレーニング用ウェイトです。

魔力を持たない私が、万が一の護身と、日々の筋力維持のために身につけていた秘密の装備。


これを着けたままのダンスや淑女の礼は、体幹トレーニングとして非常に優秀でしたが……。

やはり、何もない状態が一番です。


「ああ……体が軽い」


羽が生えたようです。

重力から解き放たれた筋肉たちが、喜びの声を上げています。


私は夜空に向かって、思い切り背伸びをしました。

夜風が汗ばんだ肌を撫でていきます。


ここから「沈黙の荒野」までは、馬車で一週間の距離。

ですが、今の私なら。


私は地面を強く踏みしめました。

革のヒールが悲鳴を上げ、石畳が蜘蛛の巣状にひび割れます。


「ランニングついでに、三日で行けますね」


目標、北の荒野。

移動時間、短縮予定。


私は前傾姿勢をとると、爆発的な加速で地面を蹴りました。

景色が後方へと消し飛びます。

風を切り裂き、私は夜の闇の中へ、希望という名の現場へ向かって走り出しました。


さようなら、軟弱な王都。

待っていなさい、私の荒野!

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