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銀盤の体温  作者: 三崎大
3/7

EP.03

控室に戻ると、世界が静かになった。


重い防音扉が閉まる。

廊下の喧騒が遮断される。

蛍光灯の白い光。窓のない部屋。パイプ椅子。


壁掛け時計の秒針だけが、かちかちと時を刻んでいる。


椅子には座らなかった。

壁に背中を預けて、天井を見上げる。

首からメダルを外した。手のひらに乗せる。


さっきより少しだけ温かい。

俺の体温が移ったのだろう。それでも、重くない。


五連覇。二十七歳。世界王者。

色々な思いが積み重なったメダル。

——フィギュアスケート男子シングルの頂点。


メダルを握りしめた。

俺は何のためにここにいるんだろう。


記憶が、遡る。

十歳の時、スケートを始めた。ある人に憧れて。


——あんなふうになりたい。

それだけだった。気づけば、俺は頂点にいた。


あの人のいない、頂点に。あの人は見ていなかった。

俺が世界を取った年、あの人は引退していた。氷の上から、消えていた。


それでも俺は滑り続けた。

いつか同じ景色を見れることを信じて。五年が経った。


あの人は戻ってこなかった。

俺は——まだ、滑り続けている。


ドアが開いた。

山本コーチが顔を出す。


「祝勝会、始まるぞ」

「はい」

「顔色悪いな。大丈夫か」

「大丈夫です」


嘘だった。でも、嘘をつくことには慣れている。

十七年も自分を騙してきた。


「大丈夫」「頑張ります」「ありがとうございます」。


嘘じゃない。本当でもない。


山本コーチが俺を見ていた。

何か言いたげな目。でも、言葉にはならなかった。


「……行くぞ」

「はい」


メダルをポケットにしまった。見たくもなかった。

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