EP.01
完璧だった。
——それだけだ。
四分間。全てを出し切った。
四回転トウループ。四回転サルコウ。四回転ループ。
そして——四回転ルッツ。
左足の外側エッジで踏み切る。逆回転。最高難度のジャンプ。
跳んだ。重力が、消えた。
空中で身体が捻じれる。遠心力が血を押し上げる。
視界が回転する——一回、二回、三回、四回。
世界が縦に裂けて、俺はその裂け目を貫いた。
着氷。
ブレードが銀盤と噛み合う。衝撃が踵から背骨を駆け上がる。
完璧な角度。完璧な着氷。
——やった。
身体が覚えている。この感覚を覚えている。
完璧なジャンプを決めた時の、全身を貫く電流。血が沸騰している。骨の髄まで、熱い。
ステップシークエンス。
音楽が、身体を動かす。
右足でターン。左足でクロス。腕が弧を描く。腰がうねる。
考えていない。身体が勝手に動いている。
十七年間、何万回と繰り返してきた動き。筋肉が覚えている。骨が覚えている。
俺は今——この銀盤と一体になっている。
スピン。軸足に体重を乗せる。腕を引く。回転が始まる。
世界が回転する——いや、世界が止まって、俺だけが回っている。
そして——最後のポーズ。両腕を広げて、天井を仰ぐ。
静寂が、爆発した。
一万二千人の咆哮が氷を震わせる。
フラッシュが瞬く。悲鳴に似た歓声が、天井に反響して降り注ぐ。
達成感が——あるはずだった。
歓声が降り注ぐ。雨のように。
俺は——その雨に濡れない。どこにも届かない。何も染み込まない。
胸の奥に、穴が空いている。歓声も拍手も、その穴から零れ落ちていく。
さっきまで燃えていた炎が、消えかけている。
全てを出し切った。なのに——
芯が凍えている。
太腿が震え、肺が焼ける。汗が睫毛を伝って、視界を滲ませる。
誰かに見せたかったわけじゃない。
誰かに認めてほしかったわけじゃない。
ただ——一人の選手を、目標にしてきた。
「その人」は、もうここにいない。
一万二千人が立ち上がっている。
神崎陽。
俺の名前を叫ぶ声が、どこかで重なっている。
——全部が、遠い。
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