消えない軌跡
人の記憶は、風のように儚く、掴もうとすればするほどすり抜けてしまう。
けれど、たとえ記憶が消え去っても、心が感じた温もりや、笑いあった瞬間の光は、完全に消えることはない。
この物語は、記憶を失った少女と、彼女をずっと見守ってきた少年の話。
忘れてしまった過去と、今ここにある友情。
失われた時間の断片を拾い集めながら、二人が再び繋がっていく軌跡の物語である。
もしかしたら、あなたも誰かとの大切な瞬間を、忘れてしまったことがあるかもしれない。
でも、心の奥底に残る小さな灯は、いつか再び道を照らす――
そのことを、この物語はそっと教えてくれるだろう。
澪は目を覚ますと、自分が誰かも分からなかった。病室の白い壁、機械のブーンという音、窓の外の柔らかい光。全てが遠く、記憶は霧のように消えていた。
「……澪、覚えてる?」
低い声に振り返ると、そこには少年の姿があった。青い瞳が真っ直ぐに澪を見つめている。
「……誰?」
答えられない自分に、澪は小さく震えた。
「僕はユウ。ずっと友達だったんだ」
ユウは静かに言った。しかし澪には、名前も顔も、何もかもが遠い。
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第一章:記憶のかけら
リハビリを重ねても、記憶は戻らなかった。家に帰っても、学校に行っても、澪は孤独を感じた。
ユウは毎日そばにいて、手を差し伸べる。
「一緒にやろう、少しずつでいいから」
少しずつ、澪はその声に引き寄せられていった。
ある日、二人は河原で砂に文字を書いた。
「名前……分からなくても、ここにいるよ」
ユウは指で砂をなぞり、澪の手を握った。その温もりだけが、澪の胸に小さな灯をともした。
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第二章:過去の断片
ある雨の日、澪はふと自分の手帳を見つけた。そこには写真や落書きが残されていた。
笑顔の二人、肩を組む写真、そして小さな文字で書かれた日記。
「ユウと一緒にいると、世界が少し明るくなる」
ページをめくるたび、記憶は戻らないけれど、感覚だけが蘇る。嬉しかったこと、悲しかったこと、確かに誰かと共有した感情。それが、澪を少しずつ動かした。
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第三章:再生の光
夏の夕暮れ、二人は古い公園のブランコに座っていた。
「覚えてなくてもいいんだ。僕たち、また友達になろう」
ユウの笑顔はあの日と同じ、澪の胸にすっと染み込む。
澪は空を見上げ、静かに頷いた。
「……うん、また、友達になろう」
過去の記憶はまだ霧の中。でも、今ここにある友情は、確かに消えない。
たとえ全てを忘れても、二人はまた軌跡を描き始める――消えない友情の軌跡を。
この物語を書きながら、私は「忘れてしまうこと」と「忘れないこと」の間にある、小さな奇跡を思い描いていました。
人は記憶を失うこともあるけれど、心の奥に残る感情や、誰かとの絆は、形を変えても決して消えない――そんな思いを、澪とユウの友情に込めました。
記憶を取り戻すことだけが幸せではなく、今を一緒に生きること、互いを思いやることこそが、真の意味で大切なのかもしれません。
この物語が、読んでくださった皆さんの胸の中にも、そっと小さな灯を残してくれたら嬉しいです。
そして、もしあなたが誰かとの大切な時間を思い出すきっかけになれば――それは、この物語が果たすべきささやかな役割なのだと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




