始まりの祝杯
俺たちは、暴走の原因と停止手順を羊皮紙に書き写し、ギルドへの報告書として持ち帰った。
ギルドマスターは、俺たちが持ち帰った報告書と、輝きを取り戻したマナ・クリスタルの魔力反応の報告に、最初は信じられないという顔をしていた。しかし、専門の魔術師による検証の結果、俺たちの報告が全て真実であると証明されると、彼の態度は一変した。
「信じられん……。君たちは、この街、いや、この国を救ったのかもしれんのだぞ!」
ギルドマスターは興奮気味に語った。あのマナ・クリスタルは、この地方一帯の魔力バランスを司る重要なもので、もし暴走していれば、大規模な自然災害やモンスターの凶暴化を引き起こしていただろう、と。
俺とリナは、依頼の成功報酬である金貨50枚に加え、ギルドからの特別ボーナスとしてさらに金貨100枚を受け取った。一日にして、一生遊んで暮らせるほどの大金持ちだ。
それだけではない。俺は戦闘能力ゼロにもかかわらず、その特異な功績を認められ、一気にシルバーランクの冒険者として認定された。リナも、俺のサポートがあったとはいえ、シルバーランクにふさわしい実力者として共に昇格した。
その夜。
俺とリナは、ギルドの酒場で祝杯をあげていた。もちろん、一番高いエールと、一番豪華な肉料理で。
「いやー、それにしてもすごかったな! まさか、あんたのそのスキルが、古代遺跡の暴走まで止めちまうなんてさ!」
リナはエールを豪快に飲み干し、満足そうに笑う。
「リナがいてくれたからだよ。俺一人じゃ、最初のシャドウウルフに喰われて終わりだった」
「まあ、あたしの剣も中々のもんだからな!」
彼女は得意げに胸を張る。その姿が、やけに頼もしく、そして眩しく見えた。
「なあ、ユウト」
リナが、少し真面目な顔で俺を見つめる。
「これからどうするんだ? もう大金も手に入れたし、元の世界に帰る方法を探すのか?」
その問いに、俺は少し考えた。
確かに、日本には家族も友人もいる。帰りたい気持ちがないわけじゃない。
でも。
俺は目の前の、快活な赤髪の少女を見る。彼女と共にした、たった数日間の冒険。モンスターの思考を読み、古代語のなぞなぞを解き、魔法陣の不協和音を聞き分け、暴走したクリスタルを止めた。
この世界で、俺の力は誰かの役に立つ。そして何より、隣には最高のパートナーがいる。
「帰る方法も探したいとは思う。でも、今はまだいいかな」
俺は笑って答えた。
「この世界のこと、もっと知りたいんだ。モンスターだけじゃなく、色んな国の、色んな種族の言葉を聞いてみたい。古代の文献に記された、失われた魔法や歴史を読んでみたい。俺のこのスキルで、まだ誰も見たことのないものを見つけられるかもしれない」
そして、俺はリナに向かって、ジョッキを掲げた。
「だから、これからもよろしく頼むよ、相棒。君の剣が隣にあるなら、俺はどこへだっていける気がするんだ」
俺の言葉に、リナは一瞬きょとんとした後、太陽みたいに笑った。
「当たり前じゃないか! あんたみたいな面白いお宝、手放すわけないだろ!」
彼女はそう言って、力強く俺のジョッキに自分のジョッキを打ちつけた。
カチン、と小気味よい音が響く。
こうして、異世界に来てしまった平凡な大学生の、全く平凡じゃない冒険の幕は、まだ上がったばかりだった。
読んでくれてありがとう。
ここで完結です。