地味スキルの意外な使い道
リナに奢った黒パンと豆のスープは、正直あまり美味くはなかったが、彼女は心の底から幸せそうな顔で平らげた。その様子を見ているだけで、少しだけこの世界に来てからの不安が和らぐ。
食事をしながら、俺は自分の身の上を正直に話した。別の世界から来たこと、戦闘能力がないこと、そして【万物言語理解】というスキルを持っていること。
「万物言語理解? 全ての言葉が分かるってことかい? そりゃすごいじゃないか!」
リナは目を輝かせた。
「すごいかな? ゴブリンの悪口が聞こえるくらいで、戦いの役には立たないよ」
「そんなことないさ! 例えば、商人として外国と交渉したり、学者として古文書を読んだり……あんた、とんでもないお宝スキルを持ってるんだよ!」
彼女の言葉に、少しだけ希望が湧いてくる。確かに、そういう使い方もあるのか。
ギルドで冒険者登録を済ませた俺は、ひとまずリナの助言に従い、自分のスキルを活かせる依頼を探すことにした。戦闘はリナに任せ、俺はサポートに徹する。そんなコンビの誕生だ。
掲示板を眺めていると、一枚の古びた依頼書が目に留まった。
【緊急依頼】古代遺跡『囁きの神殿』の調査および古文書の解読
内容: 近郊の古代遺跡にて発見された石版の解読。解読不能の古代語で記されているため、解読できる者を求む。遺跡内部は未調査であり、危険を伴う可能性あり。
報酬:金貨50枚
依頼主:冒険者ギルド
「金貨50枚!?」
リナが素っ頓狂な声を上げた。駆け出し冒険者が受ける依頼の報酬が銅貨数枚〜銀貨一枚程度らしいから、これは破格の金額だ。
「でも、解読不能の古代語って……何ヶ月も誰も達成できてない曰く付きの依頼だよ。危険だって書いてあるし」
「いや、俺ならできるかもしれない」
古代語。それもまた「言語」の一つのはずだ。俺のスキルが通用するなら、この依頼は俺たちのためにあるようなものじゃないか。
「リナ、俺に賭けてみないか? 護衛さえしてくれれば、俺が必ず解読してみせる。報酬は山分けだ」
俺の真剣な眼差しに、リナは一瞬ためらった後、ニヤリと笑った。
「面白そうじゃないか! よし、乗った! あんたのその不思議な力、見せてもらおうじゃないの!」
こうして俺たちは、無謀にもギルド最高難度クラスの依頼を受けることになった。
翌日、準備を整えた俺たちは『囁きの神殿』へと向かった。道中、森で巨大な狼のモンスター、シャドウウルフの群れに遭遇した。
「ユウト、下って! こいつら、動きが速い!」
リナが剣を構え、俺を庇うように前に立つ。その時、俺の頭にまた声が響いた。
《リーダーが右から来るぞ》
《あいつの右足、古傷がある!》
《囲め! 囲んでしまえ!》
「リナ! 右からリーダー格が来る! それと、正面のやつの右足が弱点だ!」
俺は叫んだ。リナは驚きながらも、俺の言葉を信じて即座に反応する。
「分かった!」
リナは迫りくるリーダーの斬撃を紙一重でかわすと、身を翻して正面のシャドウウルフの右足に鋭い一撃を叩き込んだ。キャン!と悲鳴を上げて狼が体勢を崩す。その隙を逃さず、的確に急所を突いて一匹を仕留めた。
リーダーを失い、仲間が倒されたことで、狼たちの統率が乱れる。
《まずい、リーダーがやられた!》
《こいつら、強い!》
《逃げろ!》
思考がパニックに変わったのを読み取った俺は、「今だ! 奴ら、逃げようとしてる!」と叫ぶ。リナはその機を逃さず、残りの狼たちを追い払い、俺たちは無傷で窮地を脱した。
ぜえはあ、と息を切らしながら、リナが俺を振り返った。
「……あんた、すごいよ。なんで分かったんだ?」
「こいつらの言葉が聞こえたんだ。『リーダー』とか『右足が弱点』とか」
「モンスターの言葉まで……」
リナは呆然と呟いた後、満面の笑みを浮かべた。
「ははっ! 最高じゃないか! あんたは最高のナビゲーターだ! これならどんなダンジョンだって攻略できる!」
地味だと思っていたスキルが、戦闘においてこれほど強力なサポートツールになるとは。俺は自分の能力の可能性に、初めて心の底からワクワクしていた。
モンスターの言葉が分かるということは、奇襲を察知し、弱点を見抜き、戦術すら先読みできるということだ。俺は戦えない。だが、俺がいれば、リナはもっと強くなれる。
俺たちは互いに顔を見合わせ、力強く頷いた。
目的地、『囁きの神殿』はもう目の前だった。