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第七話

 『救国の乙女とクレアシオンの花束』には、好感度が設定された攻略対象が存在する。“王家の双子”フォルティス・ユークロノミアとリンドブルム・ユークロノミアや、“騎士団長の弟子”ウル・デューラーがその代表例だ。  

 他にも傭兵ギルドの若きエースだとか、国立魔法学園の教師だとか、様々なキャラクターとの恋愛を楽しめるのも、このゲームの魅力である。彼らと積極的に交流し個別イベントを発生させ、それをクリアすることで戦闘時に協力キャラとして召喚することができるようになるのだ。またヒロインに対する好感度の高低によって彼らの強さも変わることから、戦闘をメインに楽しみたいプレイヤーにとっても、好感度上げが重要な要素となる。


 そんな攻略対象のひとりに、ブラディオン・ヴァルドルという人物がいる。

 生真面目で頑固者で、曲がったことが大嫌いな優等生キャラ。父親の”魔道卿“タキオン・ヴァルドルを尊敬し、父のような魔法使いになりたいと血が滲むような努力を重ねてきた。

 そんな彼は偶然、ヴァルドル家に関する“ある秘密”を知ってしまう。それはある意味大好きな父からの裏切りでもあり、絶望し苦悩する彼を支え導くのが、本作のヒロイン、チセ・クレアシオンである。


 では、私がこれから会いに行こうというルクシオン・ヴァルドルとは何者か、といえば。


 ブラディオン――ブラッドの愛称で知られる彼の異母兄にして、かつてヴァルドル伯爵家が、ブラッドとその実母の名誉を守るために“いないもの”とした魔法の天才。

 そしてシナリオには名前しか登場しない、私と同じ脇役のキャラクターである。

 

「ここが、ヴァルドル家……」


 あれから数日後。

ジークの手を借りてひっそり屋敷を抜け出した私は、王都の東にあるヴァルドル伯爵家のお屋敷の、裏門の傍に立っていた。身を隠すために被ったケープの裾を握り、建物を見上げる。さすがに私が住む公爵家の屋敷よりは小さめだけれど、品のある装飾が施された外壁やどっしりした造りの門から確かな高貴さが見て取れる。

 当然、門の前には警備の兵がいた。誰にも知られぬよう敷地内に入りたいなら、まず彼らの目を盗まねばならない。――本来ならば、こんなことをする必要はない。私、というか私の父の方が貴族としての格は上なのだから、最低限の礼を通した後は正々堂々表門から入ればいいのだ。

 けれど今回だけはそうもいかない事情がある。なにせ私の目的は伯爵家にとって最大の秘密であるルクシオン・ヴァルドルである。まして彼に直接会いたいというのだから、素直に用件を話したりすれば、やんわり遠回しに追い出されるのが関の山だ。そうでなくともがっちり監視の目をつけられて、ろくに行動できなくなるに決まっている。

 では、私よりよっぽど隠密行動が得意なジークに侵入してもらい、ルクシオン・ヴァルドルに接触してもらうのは?――それも不可だ。クラウディア・フレッグバアル公爵令嬢が直接交渉をしたという事実を作ることが、最も重要なポイントなのだから。それがたとえ不法侵入を経た結果だとしても、だ。


 物陰に身を隠し、門を守る警備兵の様子を探る。人数は2人、どちらも軽装だけれど武器を持っている。ただし平穏に慣れきってしまっているのか、あまり集中しているようには見えなかった。どこか面倒臭げで、“命令だから仕方がなく、ただとりあえずここに立っている”といった態度だ。

 警備兵としては失格だけれど、私にとっては都合が良い。これなら上手く隙をつける……かも、しれない。とはいえ何の作戦もなく突っ込むのは愚策だ。何か方法を考えなければ。

 ちらりと、横に立つジークを見る。彼は普段の執事服ではなく、市政の若者が着ているような服を身にまとっていた。普段は高い位置できっちりと結い上げている髪も今日は下の方にずらして、緩く束ねている。帽子を被るのに邪魔だったのだろう。

 服も髪も帽子も、人の印象に残りにくくするための変装である。私もケープがうっかり脱げてもいいよう、ドレスやアクセサリーを外してシンプルなワンピース一枚に着替えていた。今の私とジークが並んで歩けば、側からは平民の兄妹に見えるだろうと思う。これを活かさない手はない。

 私はジークを手招いた。意図を察して屈んでくれた彼に顔を近づけて、耳打ちをする。


「私が彼らの気を引くわ。その隙に、制圧して。できればあんまり怪我をさせないように」

「……貴女にしては乱暴な方法ですね?」

「そうだね、でも、他に方法が思いつかないの。それに屋敷を抜け出したことが気付かれないうちに帰らなきゃならないから、あまり時間はかけられない。申し訳ないと思うけれど」

「いえ、わかりました。苦痛を感じる間もないくらい手早く済ませます」


 胸に手を当ててお辞儀する彼に頷いて、深呼吸。それから私は、腹を括って物陰を出た。

 小走りになって、お転婆な子どもに見えるようにきゃいきゃいはしゃぎながら警備兵の前を通り過ぎる。彼らは一瞬だけ私を見て、すぐに興味なさげに視線を逸らす。

 そのタイミングを見計らって、私は出来る限り派手にすっ転んだ。べしゃりと顔から倒れ込んで、悲鳴まで上げて見せる。ぎょっとした表情の警備兵達が、思わず私を見た。それを横目に確認して、大袈裟な泣き真似へと移行する。


「う、う、うわぁああああああん!いたいよぉおおお!」


 ……うん、恥ずかしい。

恥ずかしいけれど、やむを得ない。

狙い通り、警備員達はどうしたものかと顔を見合わせて、それから地面に座りこむ私の方へと近づいてきた。


「あぁほら、お嬢ちゃん。泣かない泣かない」

「怪我したのかい?見せてごらん」


 ひとりは膝に手をついて屈み込み、もうひとりは私に向かって手を差し出してくれる。つまり二人とも武器から手を離した――その瞬間を、ジークが見逃す筈もなく。


 ごつ、と鈍い音がして。

呻き声を上げる暇もなく、警備員達が崩れ落ちる。倒れ伏した彼らの向こう側では、呆れたような困ったような顔をしたジークがこちらを見下ろしていた。


「あんな、……っあんな危ないことをしなくてもいいじゃないですか。怪我はありませんか」

「大丈夫大丈夫。それよりほら、早く行きましょ」


 なおも文句を言いたげな彼を引き摺って門に近寄ると、当然そこには鍵が掛かっていた。視線でジークに合図を送ると、彼は深くため息を落としてから、気を取り直したように私を抱え上げる。そのまま僅かに助走をつけて跳躍し、軽々と塀の上を飛び越えた。


 と、と危うげなく芝生の上に着地して、彼は優しく私を下ろした。周囲に人の気配はない。家の者が裏門のあたりに近づかないというのは、ゲームで語られた設定通りらしい。

 何故かといえば、それは勿論、この近くにルクシオンが軟禁される別棟があるからだ。ルクシオンの存在は徹底して秘匿されている。使用人をはじめ、事情を知る一部の人間以外には決して知られぬように。

 そうして彼が人々の記憶から消えるのを待っているのだろう。それ以外に、ヴァルドル伯爵家が取れる手段はなかったのだ。


 ――そう、ヴァルドル伯爵家はルクシオンを殺すことが出来なかった。人知れず殺してしまえば確実に秘密を守れるとわかっていて、それでも不可能だったからだ。


 道なりに進みながら、周囲を見回す。意外にも目的の場所を見つけるのにそう苦労はしなかった。ここまで立ち入る人間がいることを、そもそも想定していなかったせいだろうか。


 それは苔むした外壁に蔦が這う、煉瓦造りの建物だった。別邸と呼ぶのも烏滸がましいくらいに狭く、高さだけがある。塔、と言い表わす方が正しいだろうか。

 ブラッドの個別イベントのスチルで見たのと同じ建物だ。確かあれは、ブラッドと共に真相を確かめるべくこの場所を訪れる、そういうストーリーだった。

 結局建物の中には誰もいなかったのだけれど、直前まで誰かが生活していた痕跡は残っていた。だから少なくともヒロインとブラッドが訪れる数日前までは、ルクシオンは此処にいた筈だ。と、そう描写されていて。その後の彼の生死やどうやって出て行ったのかは、最後まで明かされない。そのため考察好きなファンの間でも意見が分かれている部分だった。


 なんにせよ、今はまだこの中にいることに違いはない。周囲の警戒をジークに任せて、私はこの建物唯一の扉に手を伸ばす。


 鍵は外側から掛けられていたから、開けるのは容易だった。錆びた蝶番が軋む音が響く。カーテンが閉まっているのか窓自体がないのか玄関先は薄暗くて、開いたドアの隙間から差し込む外の光が、足元をくっきりと照らしていた。

 視線を上げれば、玄関の奥の一角だけがうっすらと明るくなっていた。きっとあそこに、上階へ続く階段があるのだろう。壁に手を当てながら一歩踏み出そうとした私を、しかしジークは柔らかく制止した。


「“わたし”が先に」

「……うん、わかった」


 一人称が外向きのものに戻っている。

 私は促されるまま横に避け、慎重に進むジークの後ろにぴたりとついた。暗がりの中を、一歩一歩進んでいく。

 そうして階段まで到着すると、ジークは半身になって振り返り、利き手とは逆の左手を私に向かって差し出した。


「お嬢様、足元にお気をつけて」

「ありがとう」


 彼の手をとって、ゆっくりと階段を登る。一段踏むたびにぎしりと音が鳴って、落ち着かない気分になった。こんなところに、本当に、貴族の子息が住んでいるのだろうか?いや、此処にルクシオンがいることはわかっているのだけれど、それでも段々自信が揺らいでしまう。そのくらい、お世辞にも良いとはいえない環境である。

 

 階段を上り切って、私は大きく息を吐いた。前世以上に運動不足気味な体にとっては、そこそこ辛い道中だった。とにかく吸って、吐いて、呼吸を整える。

 今私たちの正面には、木製の古いドアがあった。だというのにその中の灯りや音が一切漏れ出ない様に、不気味ささえ覚える。とはいえ先に進まなければルクシオンとの面会も叶わない。私は繋いだままだった手を離し、ジークに合図を送る。

 彼はひとつ頷くと、腕を伸ばした。指の背で、こつこつ、こつと三度ノックする。すると、一拍置いて内側から返答があった。


「どうぞ」


 まるで私たちの来訪を知っていたみたいに、気負いのない平坦な声だった。続けてノブを握ったジークが、静かにドアを開く。


 その先に待っていたのは、意外な光景だった。

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