第三話
さて、現在。
未来を変えるため力を尽くすと決めた私は、書庫に籠って調べ物をしていた。探しているものは勿論、運命を変える方法、その手掛かりになるものを手当たり次第に。
我がフレッグバアル家現当主、つまり私のお父様は自他ともに認める好事家で、国内外から古書や魔術書の類を集めては書庫にコレクションしている。なかには胡散臭いものも多く紛れているけれど、この時ばかりは都合が良い。
今はどれだけ怪しくたって構わないから、少しでも手がかりが欲しかった。
私が今直面している問題について、気安くそこらの大人に相談するわけにもいかない。例えば私がこの国の普通の大人だったとして、10歳そこらの子供が「10年後国が亡びる」だとか「自分は別の世界から転生してきた」などと言いだしても、まず本気にしたりはしないだろう一一怖い夢でも見たか、娯楽小説に影響でもされたかと考えるはずだ。少なくとも手放しで信用したりはしないだろう。
おかしなことを言って、とほほえましくあしらわれたり、くだらないことを言うなと叱られるくらいならいいけれど。これでも公爵家の人間だ、体裁というものがある以上、気が狂ったと思われれば謹慎させられたり見張りを付けられたりするかもしれない。そうなれば状況は絶望的だ。
だからこそ行動は慎重に。協力者は厳選して、秘密裏に計画を進めるべき。朝食のあとで時間をかけて話し合った私とジークの、共通した意見だった。
「……とはいえこの体じゃあ、調べものくらいしかできることがないのよね」
つぶやいて、私はため息を吐いた。短い手足に動きにくいドレスじゃあ書架から目当ての本を引っ張り出すだけで重労働だ。それでもなんとかかき集めた「それらしい書物」を床に積み上げて、すぐそばへと座り込む。本当は机と椅子を使いたかったけれど、今の私にはどちらも背が高すぎて諦めた。
とにかく本の塔のてっぺんから一冊取って、目の前の床に広げてみる。
古びた表紙には『創世神話集』と書かれていた。少しでも力を入れたら破けてしまいそうなほど紙が劣化している。だから私はゆっくりと、集中してページをめくる。
時はさかのぼり数時間前。
シークが食器を下げに行っている間に紙とペンを用意していた私は、彼が戻ってきて早々、テーブル挟んで向かい側に座るように促した。
彼が静かに席に着いたのを確認して、私は話し始める。
「とりあえず、計画を立てようと思うの。国が亡びるまでシナリオ通りならあと10年、当子は長いようで短いから」
「ではまず、お嬢様が知っている未来の出来事を出来るだけ詳細に教えていただけますか? それらを繋理して、我々が干渉できる事柄を抜き出しましょう」
彼の言葉に、私はうなづきながら密かに感心した。当初私は『魔物が襲撃してきてこの国が滅ぼされる』という出来事そのものを覆すことばかり考えていたけれど、それだと取れる選択肢は限られてしまう。
けれどそうではなく、ひとつひとつ小さな未来への転換点を積み重ねていく方法なら――脇役の私にも、出来ることはありそうだ。
私は懸命に記憶を浚い、これから発生するであろう出来事――シナリオイベントを紙に書きだすことにした。
まずヒロインが10歳か11歳の頃に彼女のお母さんが病死して、そのお葬式のシーンからゲームは始まる。
お葬式は小さな教会で行われて、式が終わり自宅に帰る途中、彼女は魔物に襲われる。まだ無力な少女だった頃のヒロインに廃物を退ける術などなく、死を覚悟した彼女はきつく目を瞑って――その時唐突に現れた謎の人物が襲い来る魔物を返り討ちにしてヒロインを危機から救う。ここまでがプロローグで、オープニングと主人公の名前を決めてからチュートリアルへ続いていく。
それらをジークにもわかりやすい言葉で書きとめようとして、……どう頑張っても拙く読みにくい字しか書けずに苦戦する私を見かねたジークが、結局は書記役を務めてくれることになった。精神構造は大人であるはずなのに思い描いた通りに字が書けないということは、問題は筆圧や手指の器用さの方なのだろう。そうとわかっていても、なんだか情けない。
とにかく。プロローグからチュートリアル、第一章、第二章と私が概要を話して、それをジークが要約し、時系列順に記していく。エピローグまでの内容を書き終えた後は、メインシナリオでは直接触れられなかったサブストーリーや、アイテム説明、キャラクタープロフイールに記載があった出来事を付け加えて。そうして出来上がった簡易の年表は、さすがゲーム一本分というべきか、かなりの量となっていた。
それらに視線を落としつつ、ジークはペンを置いた。長いまつ毛に緑どられた瞼を緩やかに伏せて、またゆっくりと開く。夕暮れ色の瞳が、まっすぐに私を見据えている。
「では、どこから始めましょうか」
彼の真剣な表情に場違いに見とれかけた己を叱りつけて、私は答えた。
「えぇと……順番だけ考えるなら、ヒロインのお母さんの死。でもあれは病死だし、ヒロインと私は同じ年だってことも踏まえると、今からそれを改変するっていうのは難しい?」
「今年か来年には亡くなるわけですからね。できることといえば、医師の診察を受けさせてみるくらいでしょう。ひろいん? とやらは平民だという話ですから、環境によっては満足な治療を受けられていないかも」
「そうか、そうだよね。うん、最初の一手としては悪くないわ。ヒロインのお母さんを救うことができたら、……いやな話、救えなかったとしても……自分の母親のために尽力してくれたとヒロインに思ってもらえたら、以後私たちの目的にも協力してくれるかもしれない」
我ながら、人の好意を利用するような性格の悪い作戦だと思う。けれど、綺麗事を言っていられる場合でもないのだ。心のうちに湧き上がる罪悪感を押しつぶして、私は顔を上げた。
「いずれにせよ、ヒロインの居所ははっきりさせておいたほうがいいよね。主要なイベントは基本的に彼女の周囲で起こるわけだし、彼女の行動からある程度ストーリーの進行具合を把握できるはずよ」
「ふむ。ならばそちらは、おれに任せていただけますか。お嬢様が平民の居住区に出向くのは目立ちすぎますし、なにより危険ですから。少しお時間を頂ければ、必ずや件の少女を見つけ出してみせます。けれど、」
そこで切って、ジークは文字を追うように紙の上に指を滑らせた。私は何を訊かれるものかと思わず姿勢を正して、彼の言葉を待つ。
一瞬の間を空けて、ジークは口を開いた。
「そもそも彼女は、信用に値する人物なのですか」
彼の声には疑心が滲んでいた。確かに、私からすればよく知った少女だけれど、ジークは彼女についての事前知識が全くないのだ。接触するにあたって警戒するのは当然だろう――そこまで考えてから、私だって今の彼女のことをよく知らないのだと気が付いた。
私が知っているのはゲーム内の彼女で、その行動を操作するのはプレイヤー、つまり私自身だ。もちろんシステムから提示された選択肢から行動を選んでいるのだから、すべてがプレイヤー次第というわけではないけれど。
この世界におけるヒロインがどういった性格で、何を思って生きているのか。今もこの世界にも『プレイヤー』的な存在はいて、ヒロインの行動を操っているのか否か。悩みつつ、私は言葉を選ぶ。
「私が知っているヒロインと実際の彼女が同じとは限らないから、絶対信用できるとはいえないな……でも、やっぱり彼女はこの世界の中心で、彼女の行動に合わせて周りの人間が動いていくの。そういう存在が協力してくれるなら、この先かなり有利だと思う」
だって、彼女はヒロイン――物語の主人公だ。
私自身、以前はゲームのプレイヤーだったからこそ、その特別性をよく知っている。『救クレ』に限った話ではなく、大抵のコンテンツにおいて、主人公とは特別な存在だ。それがいわゆる『チート』とよばれるくらい突出した力を持つ存在か、あくまで個性の範時かの程度の違いはあっても、他のキャラクターにはできないことが主人公にだけはできる、なんてことは珍しくない。いやむしろ、そうでなければ娯楽として成立しないともいえる。
そんな主人公を味方につけることができれば、世界そのものとだって勝負ができる。私はそう考えたのだ。
対して、ゲームは論外としても小説や絵本という娯楽にすらやや疎いところのあるジークには、あんまりぴんと来ない話であったらしい。彼は若干不思議そうにしながら、「そういうことでしたら」と頷いた。
「すぐにでも捜索を始めましょう。何かわかりましたら随時ご報告いたしますので――お嬢様はこちらでお待ちください」
「貴方ひとりにまかせっぱなしなんてとは思うけれど。
私も行く、って言ったら、貴方に迷惑かな」
「迷惑ではないですが、困ります。安全を保証できる状況ではありませんから」
苦笑いを浮かべたジークの、ひかえめだけれどゆずる気のなさそうな反応をみて、私は素直に引き退がる。私がリスクを負うだけなら多少の無茶くらいするけれど、もし私に何かあったとき、責を問われるのはジークだ。最低限、彼の主人として、不用意な行動で彼をおいつめることはしたくない。
ならばせめて私は私にできることを、と。悩む私に、ジークは柔らかく眦を下げて口を開いた。
「その前に、ひとつだけ」
「うん?」
「お気づきではないのでしょうが……先程から、口調が混ざっておられます。お嬢様の常の口調と、おそらく前世の貴方の口調が。他の誰かとお話しになるときは、注意なさってください」
ば、と勢いよく口を覆った私に、彼はついに声を上げて笑ったのだった。




