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第十一話

 やらなくちゃいけないことが沢山あるときほど、時間とはあっという間に過ぎ去っていくものだ

 私とジークがヴァルドル家に侵入してから、もう数か月が経った。その間は息をつく暇もないほどに忙しくて、ルクスやオズは勿論、ジークとだってろくに話す時間を作れなかった程だ。聞きたいことも、打ち合わせておきたいこともそれなりにあったのだけれど。

 私は最近の慌ただしい日々を思い返しながら、羊皮紙にペンを走らせる。先日から始めた文字を書く練習は今のところ順調に続いていた。多少、読める字になってきたようにも思う。少なくとも、線が曲がってしまったり細かいところが潰れてしまったりして、書き直す頻度は目に見えて減った。

 端から端までを文字で埋め終えたら、次の紙へ。思ったことや考えたことを浮かぶ限り書き記していく。そうしていると頭の中がすっきりと整理されるような気がして、そういう意味でも、字の練習には都合が良かった。

 インク瓶にペン先を軽くつけてはすぐに持ち上げ、滴り落ちないように注意しながら紙の上に移動させる。何を書くか一瞬迷って、それから紙の上の方に大きく『レディブラック』と綴ってみた。


――あの日の別れ際、ルクスは確かにそう言った。でも、私には一切その名前に心当たりがない。今世も、前世でもだ。だから、推測するしかない。

 少し歪んだ文字の下に、続けて『魔女』と記す。その横にクエスチョンマークを並べて、私は一度ペンを置いた。


 この世界において『レディ』というのは、魔女のことを指す。例えば主人公であるチセの魔法の師匠は、作中で何度も『レディ・スノウ』と呼ばれていた。僻地にある彼女の住処には季節を問わず雪が降っていて、彼女が街へ訪れる度に、服や帽子についた雪を落としていくから。冬を招く魔女として、『レディ・スノウ』という通り名が付いた。確か、そんな設定があった筈だ。

 魔女とは、その人物にしか扱えない特殊な魔法を発明した魔法使いのことを、他と区別するための呼称である。男性でも女性でも総じて『魔女』と呼び、『レディ〇〇』という通称を贈るのが慣例になっている。その理由は単純で、魔女の要件に達する魔法使いの九割が女性であるからだ。特に女性の方が魔法の扱いに長けているというわけではないはずだけれど、しかし数百年以上前から魔女の男女比は変わっていないそうだ。その要因までは、いまだに解明されていない。


 ともかく。これらのことから推測できることといえば、ルクスが口にした『レデイ・ブラック』がどこかの魔女の通称であることと、その魔女を『魔女』たらしめる魔法こそが、私が求める『未来を変える魔法』である可能性が高い、ということぐらいだ。

 私はだらしなく頬杖をつきながら自分で書いた文字列を目で追う。『ブラック』と言うぐらいだから服装や髪色が黒いのか、それとも他に由来があるのか。これだけではなんともいえないから、できる限り早くルクスに会って、情報を手に入れたいところだけれど。


 ちらりと柱時計の文字盤に視線を向ける。前に見た時から、長針が三十度くらいしか回っていない。あの針がもう一度てっぺんについたとき、要するに十一時が、ルクスとの待ち合わせの時間だった。


「……まぁ待ち合わせって言っても、同じ敷地内にいるんだけどね」


 呟いて、私は椅子を引いた。そのまま立ち上がって伸びをする。

 思いの外長くかかったヴァルドル伯爵家との交渉がやっと纏まり、ルクスと私の婚約話が正式なものとなって。それを受けてルクスの居住先がフレッグバアル公爵家の別館に移ったのは、つい先週のことだ。

 彼の身柄を確保し管理下におくことは、お父様の要望だった。より手厚い医療を受けさせるためだとか、それらしい理由をつけて。けれど実際のところ、ヴァルドル家が内密にルクスを始末する――殺せないにしても、国外に追放したり――そういう事態を警戒したのだろう。ルクスの存在はヴァルドル家に対する切り札になり得るのだから、手元で保護しておきたい、という気持ちは理解できなくもない。

 さておき、交渉の末、ルクスは公爵家の別館で生活することが決定したのだった。すぐさま準備が行われて、その翌々日には、ルクスと名目上彼の唯一の従者であるオズさんはもうこちらに移り住んでいた。

 元々別館はあまり使われていなかったし、ルクスもオズさんも大した荷物を持ってきていなかったから、それほど時間がかからなかったのだろう。

 とはいえ、ルクスやオズさんにとって此処がまるで馴染みのない家であることに違いはない。ふたりにかかっている負担の重さを考えると、こちらの都合を押し通すのは流石に気が引けた。

 しかしそうして私があたふたと機を伺っている間に、優秀な侍従のジークは先んじて約束を取り付けてくれていた。結果、今日時間を作ってもらえることになった訳である。


 私、いささかジークに頼り過ぎではなかろうか。


 回想する程にそう思えてきて、私は立ったままペンを引ったくると、広げたままの羊皮紙に“日本語”でこう書き殴った。


『もっと自立すること!!!!!!』



 ところ変わって、別館の廊下。

 ぽーんぽーんと時計の鐘が鳴るのと同時に、私はルクスにあてがわれた部屋の扉をノックした。

 今日の私は、後ろにジークを連れていない。当たり前みたいについてきてくれるつもりだった彼に心苦しさを覚えながら、あえて断ったのだ。これから先も彼には沢山協力してもらうことにはなるだろうけれど、あくまで主導して動き、責を負うべきは私だと思い直したからである。

 彼は私の侍従ではある。しかし、私に付き従うことばかりが彼の仕事という訳ではない。ならば必然的に、私に振り回されている間、彼が本来するべきことは丸ごと後回しになっている訳で。

 ジークはしっかり者だから、どちらか一方の手を抜くことはきっとない。ということはつまり、おそらく自分の私的な時間を削って、私に付き合っていたせいで遅れた仕事を片付けているのだろうと思う。

 ならばやっぱり、自分でできることは自分でやらなければ。当たり前のことである。特に今日なんて何か危険がある訳でもなく、一応は婚約者と話をするだけなのだから。わざわざジークに供をしてもらう必要はないと考えたのだ。

 ……それを告げた時のジークの、どこか寂しそうにも見えた表情に、もしや私は余計なことをしたのではと思わないでもないけれど。


 とにかく。扉の向こう側から響いたくぐもった声での応答に、少し安堵を覚えながら、私は手早くドレスの裾を払った。襟や袖口にも視線を落として、汚れや乱れがないことを確かめる。最後に横髪を軽く直して、ぴんと背筋を伸ばす。

 ゆっくりと扉が開く。それに合わせて片足を下げ、ドレスの裾を摘み軽くお辞儀をする。完璧とはいえない出来のカーテシーだったが、これが私の精一杯だ。

 しかし、扉の方からの反応はなく。おそるおそる目線を上げれば、そこには気まずそうな顔をしたオズさんがいた。彼はなんと声をかけたら良いのか迷っているらしく、部屋の中と私とを交互に見た後、消え入りそうな声でたどたどしく呟く。


「ご、ご丁寧にどうも……?」


 それはまさしく、一般的な日本人の模範例みたいな言葉だった。


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