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第九話

 ルクシオンの言葉に真っ先に反応を示したのは、オズさんだった。彼は地面の底から響くような低くドスの効いた声で、「はぁ?」と言ったのだ。それがどういう意味を持つ「はぁ?」なのか私には察せなかったのだけれど、その一方で、ルクシオンはけらけらと笑っていた。


「いよいよ柄が悪すぎるよ、オズ。いいじゃないか、別に隠したい訳でもないんだろう? 私にはあっさり白状していたし」

「白状“させた”の間違いだろうがアレは。つーかそっちじゃねぇ」


 かつかつと靴音を鳴らしてテーブルに近づいてきたオズさんは、テーブルの中央に手を突いてびしっと私を指差した。


「いまの言い方だと、この子も」

「お嬢様を指差すな無礼者」


 が、途端にぴしゃりとそう言って、先程まで黙って様子を伺っていたジークが、我慢の限界とばかりに勢いよくオズさんの手を叩き落とす。


 私としてはオズさんの遠慮なんてかけらも無い振る舞いがなんだか懐かしくて――だって、転生前の人生ではそっちが普通だったのだ――本当にこの人も“私”と同じなのだと、ちょっと嬉しいくらいだったのだけれど。だからむしろジークの、今まで私には向けられたことのない冷たい態度の方に驚いてしまう。

 しかしオズさんは怯むことなくジークを睨み、「ちっ」と舌打ちした。


「話の腰を折るんじゃねぇよ、空気読め空気」

「この場の空気にそぐわないのは貴様の方だろう。転生者だかなんだか知らないがまずは立場を弁えろ」

「……最初被ってた猫はどこやったんだよ」

「猫?猫なんてはじめから被ってはいない」


 ――あぁ、ジークは別にしらばっくれている訳ではなくて、そもそもこの世界に、猫被りって言葉がないのかもしれない。

そんなどうでもいいことを考えつつ、私は確信する。

 このふたり、もしかしなくとも壊滅的に相性が悪いと。


 閑話休題。

私はついに睨み合いを始めたふたりを挟んで向こう側、ルクシオンの方を覗き込む。彼は相変わらず心底楽しそうに笑っていて、けれど私の視線に気付くと柔らかく瞳を細めた。


「この状況で今更格好を気にしても仕方がないね。いっそ取り繕わず本音で話すというのはどうかな、クラウディア嬢?」

「……そうしてもらえると、楽で助かります。実はあんまり社交とか得意ではなくて」

「ふふ、それは良いことを聞いた。実は私もそうなんだ。ならば今後、私のことはルクスと略して呼んでくれると嬉しいな。親しい人は皆そう呼ぶから」

「では、私のことはディアと」


 今にも斬り合いが勃発してもおかしくないくらいに殺伐とし始めたふたりに反して、私とルクシオン――改めルクスとの間にはどこか気の抜ける雰囲気が流れ始めている。

 私はこほんとひとつ咳払いをしてから、さりげなくジークの袖口を引いた。ただそれだけで素早く意図を察したジークが、音もなく着席する。残されたオズさんはジークの切り替えの早さに面食らった様子で、どことなく不満そうな顔をしながらも、結局は何も言わずにルクスの背後へと回った。

 続いてルクスがテーブルの上で腕を組んで傾聴の姿勢を示したのを見て、私は口を開いた。


「本題に触れる前に、オズさんの事を聞いてもいい? 彼が前世の記憶持っているというのが、私が想像しているのと同じかどうか、最初に確認させて欲しいの」

「うん、勿論構わないよ」


 あれは2年くらい前のことだったかな。

そう前置いて、彼は穏やかに語り始めた。


「オズは元々、私を殺すべく乗り込んできた暗殺者でね。まぁ色々あって仲良くなって、以来友人として接してもらっているんだ。だから従者でも護衛でもないのだけれど、私は“こういう”体だからね。色々と世話を焼いてもらっている、というのが正直なところかな」

「友人……」

「彼の事情を知っているのも同じ理由だよ。友だちだから」


 ちらりと、オズさんを見る。

彼は何を考えているのか感情の読めない表情をしていたけれど、それでも否定しなかった。つまり、そういうことなのだろう。


「とはいえ、前世の記憶――“にほん”で生活していて、死んだ後にこちらで生まれ直していた、という以外、彼もよくわかっていないらしくてね。どうしてオズが“そう”なったのか、私も原因が気になっていたところではあったんだ。誰かの意図した結果なのか、単なる事故なのか。まぁ、本人はあまり気にしていないようだけれど」


 ルクスは肩越しにオズさんを振り仰ぐ。視線を受けた彼はため息を吐いて、面倒くさそうに首の後ろを掻いた。


「……気にしたところで、どうにもならねぇだろ。あっちではもう死んでるんだから、戻れる方法があるとも思えねぇし。どうしても戻りたいほど前の世界に未練がある訳でもない」

「たとえ戻れないとしても、だよ。君はきちんと怒るべきだ。たとえそれが神だとか運命だとか、形のないものが相手であったとしても。わけもわからぬまま死んでしまったのならね」


 少なくとも私は、君に理不尽な死を齎したものに対して怒っている。

 そう言って、ルクスは私に視線を戻す。テーブルの上に肘をついて両手の指先を組み、緩やかに口角を上げて。


「私の“理由”はこんなところだけれど、君の期待に応えられそうかな」


 ――このとき、私はまだ決めかねていた。ルクスにこちらの事情を全て話してしまうか、どうかを。

 当初、彼には、必要最低限の情報だけを話すつもりだったのだ。『どうしても王太子と婚約したくない理由があって、そのために協力して欲しい』、その代価は『ルクスをこの場所から解放し、身の安全を確保すること』。この2点に絞って交渉するつもりだった。

 チセの例もある以上、運命を変えるための計画の協力者にできるかどうかは、後から慎重に決めるつもりで。

 けれど、状況は想定と大きく変わっている。何故なら此処に私と同じ転生者がいて、そのことに彼も気づいているからだ。


 つまり私の事情を洗いざらい話したとして、全く信じてもらえないという可能性は潰えた。


 残る問題は、彼が私の味方になってくれるかどうかだ。ルクスはきっと私よりもずっと頭が良い。もしも彼がチセ寄りの考え方を持っていて、協力するふりをしながら、大事な局面で私たちを裏切ったりしたら?


 そうなれば今度こそ、詰みだ。


 どちらにせよ確証はない、けれど。

でも先程、彼は、友人であるオズさんの死を自分のことのように怒っていた。あの言葉はきっと嘘じゃない。

 ならば、彼は私と同じかもしれない。たとえそれがシナリオ通りでも、既に定まった運命なのだとしても、大事な人が死ぬ未来を“仕方がない”なんて諦められない側の人間。


「……、」


 意識して、長く息を吐く。

答えは決まった。テーブルの下で拳を握り、自分を叱咤する。


「――貴方を、信じます。そのうえで、どうかお願いしたいことがあるのです」


 そうして私は、前世を思い出した朝から今までのことを、順を追って説明することにした。

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