表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

第一話

前書きと後書きに何を書いていいのかわからないのが目下最大の悩みです。


よろしくお願いします!

 なんてことのないいつも通りの朝に、慣れ親しんだ寝台のシーツの中で侍女に起こされた私は、私として生まれる前のことを思い出した。


 これが俗にいう「前世の記憶」というやつなのだろう。時代は令和、日本のとある地方都市で、中小企業の事務員をしていた『私』の記憶。特別裕福でも貧乏でもなく、不幸でも幸福でもない日々の思い出。


 ――私は学生時代から、ゲームが好きだった。RPGやアクションゲーム、ホラーゲーム、シミュレーションゲーム。対人要素があるものもないものも、ジャンル問わずプレイしてきた。


 特にやりこみ要素があるものは大好物だ。メインストーリーをクリアした後に周回するのだって苦にならない。ゲームの世界に没頭している間、私はどこにでもいる普通の人間ではなく、世界の命運を左右する特別な存在になれた。


 とにかく、私はゲームが好きで——だからこそ、前世の記憶を思い出してすぐ、私が今生きているこの場所が、ゲームの世界であることに気が付いた。タイトルは『救国の乙女とクレアシオンの花束』。通称『救クレ』は、女主人公とNPCの恋愛と、魔法を駆使したバトル要素を含む女性向けRPGだ。

 このゲームのシステムに目新しいところはなく、プレイヤーからの評価も並程度だったように思う。けれど一方で、一部の界隈からは支持の厚い作品でもあった。理由は単純で、シナリオの出来が良かったから。欝々しく、絶望的で、容赦なくNPCが死んでいく。極めつけにシナリオの舞台である『ユークロノミア王国』は、どの分岐を進んでもゲーム終盤で魔物に攻撃され、国民のほとんどが死亡し滅亡するというのだから筋金入りである。


 そうつまり私は今日この瞬間、今から約十年後には生まれ育った故郷が蹂躙されるかもしれないことを知ってしまったわけで。そして同時に、私はストーリーにほとんど影響しない……否、“できない”脇役であることも、自覚してしまったのだった。


 気を抜くと現実逃避に走る頭を無理やり働かせ、なんとか起き上がった私は、極力いつも通りの振舞いを意識しつつ侍女に身支度を頼んだ。彼女たちはてきぱきと私の寝乱れた髪や顔を整えて、ドレスを着付けていく。こんな風に世話を焼かれることなんて慣れ切っていたはずなのに、前世での日々を思い出したせいか、今朝はなんだか気恥ずかしい。


「お嬢様、朝食はどのようにいたしますか?」

「ううん……部屋に運んでくれる? それから、ジークを呼んで頂戴」

「かしこまりました」


 朝の仕事を終えた侍女たちが深々と礼をしてから部屋を出ていくのを見送って、私はようやく息をついた。考えなければならないことは山ほどあるけれど、最初にすべきは現状の把握だろう。


 部屋の端に置かれた姿見の前に立って、その場でくるんと回ってみる。それから両手で頬に触れて、軽くひっぱってみたり。最後に前世とは比較にならないほど綺麗な長い髪を一房つまんでみて、その感触から私はこれが夢などではなく、確かに現実であることを受け入れた。


 鏡の中にうつる、灰色の髪に董色の目をした女の子に向かって言い聞かせるように、私は声をかける。


「わたしの名前はクラウディア。クラウディア・フレッグバアル。ユークロノミア王国の公爵の娘で、5人きょうだいの末っ子。……いまは10歳だから、ええと」


 思い返す。やりこんだゲームのキャラクターとはいえ、モブの詳しい設定なんてぱっと出てこないものだ。だから私と関わりのあったシナリオ上の主要人物——この場合はリンドブルム王太子殿下のプロフィールから、『私』の情報を拾っていかなければならない。


「“リンたん”、じゃなくてリンドブルム殿下が婚約するののが、12歳の頃で……クラウディアは殿下と同い年だから、あと2年。今の時点では非公式とはいえ、もう殿下と私の婚約話自体は出ているし、ここまではシナリオ通りの展開ね。とするとあと2年でわたしは殿下の婚約者になって、18歳で婚約破棄される——18でバツイチかぁ……」


 正確にはまだ「婚約』だから、バツイチとは言わないのかもしれない。けれどこの世界での婚約は現代日本のそれと重みが全然違うから、感覚的には似たようなものだ。

 あちらの世界でなら私も、悲しいけどまぁまだ結婚前で良かったね、なんて笑えたかもしれない。しかしこちらにおいて婚約とは家名を背負った契約であり、それを一方的に破棄されたとなればとんでもない醜聞だ。傷物令嬢として社交界では陰口を叩かれ、大抵の場合二度と結婚の機会なんて訪れない。


 まして相手は王族——第二王子である。それはお家を存続させたい貴族としては致命的で、だからこそゲームでもクラウディアは辺境の領地に送られ、存在を隠されるようにひっそりと生きていくことになるのだ。


 とはいえそれだって、王国が滅亡するまでの話だ。クラウディアは脇役、序盤の負けヒロインだから、シナリオ退場後の顛末なんて描かれていないけれど。でもたぶん、普通にそこで死んだのだろうと思う。彼女があえて助かる要素など、作中にひとつもないのだから。


 そう、シナリオ通りに進むと私は約10年後に死亡する。しかも魔物に殺されるのだ、きっと無残に惨たらしく死ぬのだろう。さらにそれは私に限った話ではなく、王都に残った両親も姉兄も、先ほど私の身支度を手伝ってくれた侍女もほかの使用人も、友人のご命嬢たちだってきっと同じ。何人が生き残れるのか、それとも誰一人生き残れないのか。そもそも本当にゲームと同じように、この国は魔物に襲われるのか。

 考えるほどに頭痛がする


 ……いや、ダメだ。気持ち悪くなっている場合でもない。私はよろよろと窓際に近寄って、思考を切り替えるべく外へ視線を向けた。なんとはなしに窓を開ければ、心地よい風が室内を吹き抜ける。それに促されるようにして、深呼吸。ここまではゲームと同じ設定の私が、ゲームと同じルートを巡っていることを確認しただけだ。重要なのはこの先、どう行動するかである。


 『救国の乙女とクレアシオンの花束』の世界には、魔法が存在する。それも、よくあるスタンダードな設定の魔法が。魔法陣を描いて呪文を唱えたり、儀式を行ったら不思議なことができる、みたいな。ゲームでは主人公のレベルが上がるたびに扱える魔法が増えていく仕様だった。主要なキャラクターにもそれぞれ得意な魔法が設定されていて、キャラクターとの友好度を上げると、戦闘時にその魔法で協力してくれたりもする。

 では私——クラウディアはどうか。設定されている魔法が戦闘向きであれば、前世の知識を活かして身の回りの人くらい守れたかもしれない。

 しかし悲しいかな、クラウディアはやっぱりどこまでいっても脇役なのである。


「いまから死ぬ気で訓練したとしても、結局魔物と戦ったらすぐ死んじゃうだろうなぁ……」


 呟いて、ため息を吐く。言わずもがな私の魔法の腕前は人並み以下で、とても戦場で役に立つとは思えない。主人公みたいに経験値を集めてレベルアップできるわけでもないから、訓練を積んで劇的に上達したりもしない。私が直接魔物たちを吹っ飛ばして万事解決、なんて都合よくはいかないだろう。

 だから、それでも何かを成そうとするなら——誰かを救いたいと思うなら、頭を働かせるしかない。どうすれば最悪の未来を変えられるのか、そのために何が必要なのか。私一人じや足りないというなら、いろんなひとやものを利用すればいい。

 これはその最初の一歩だった。規則正しいノックの音が響いて、私は扉を振り返る。


「どうぞ」

「失礼いたします。お待たせして申し訳ありません、お嬢様」


 挨拶とともに入ってきたのは、金色の癖毛を後ろで一つに結った、赤い瞳の美少年だった。

 私より少しその年上の少年の名前は『ジーク・スコルハティ』という。彼は片手を胸に添えて、恭しくお辞儀をする。そして顔を上げた途端に、きょとりと目を瞬かせた。

 やがて慌てたように早足でこちらに歩み寄り、「何かあったのですか?」と気遣わし気に眉を寄せる。

 それだけ今の私はひどい顔をしていたのだろう。放っておいたら医者でも呼びに行きかねないほど心配そうなジークの様子に、私は思わず苦笑した。ついでにさりげなく柱時計を確認する——侍女たちが出て行ってからそれなりに時間がたっている。もうすぐ食事が運ばれてくるだろうから、込み入った話をするならそのあとのほうがいい。あんまりひとに聞かせたい話でもないのだし。


「ねぇジーク、相談したいことがあるの。ちょっとお行儀が悪いけれど、食べながら話してもいい?」


 すると彼は、薄く微笑んだままあっさりとうなづいた。


「それが貴女の望みならば喜んで」と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ