09 王立学園の恋愛事情
「ふふふ♪」
朝から浮かれ気味な私です。
あの後、アンセム様と交流する約束を取り付けました。
ひとまず、名前呼びの許可と、例の校舎裏の花壇に居る時に来られるので、お喋りをしていこうと。
あそこは人気は少ないですが、まったくの無人になり続けるワケではなく、また人の居る場所からも近いですからね。
夏に近くなっても風通りも良く、日差しもキツくなくて……。
過ごしやすい場所なんです。
学年が違う彼とお話するには、いい場所だと思います。
そうして、通学中も浮かれて小走りになった私は。
「あっ!」
何もない場所で躓いてしまいました。転んで前に居る人にぶつかる! と。
そう思った瞬間。
「でも!」
ですが、私も家の階段で転んでしまった事のある身。
ほんのりと身体も鍛えつつ、二度とそんな事がないように対策はしています!
「ふっ!」
身体をひねって……はい、無事に着地!
躓いて盛大に転ぶ展開は、なんとか避ける事が出来ましたー!
「ふふ! あ、どうも」
「……どうも」
見ると目の前には、手を突き出した青髪の男性。ディスト侯爵令息、アランさんですね。
……位置関係的に転びそうになった私を咄嗟に支えようとしてくれたのでしょうか。
幸い、彼に助けて貰う必要もなく、転ぶのは自力で避けられましたが。
やだ、恥ずかしい。
「し、失礼しまーす」
「……はい」
気まずくなった私は、そそくさとその場を立ち去るのでした。
いやぁ、本当に転ばずに済んで良かったです。
◇◆◇
「ご機嫌ね、カレン」
「そうなの、聞いて、セリア」
私は、セリアにアンセム様との事を共有しました。
「良かったね。ひとまずはお互いに様子見かな」
「うん! えへへ」
それから、私は毎日、ではありませんけど。
校舎裏の花壇で、アンセム様と会って、お話しするようになったんです。
「うふふ、そうなんですね」
「うん、二年生になっても、やっぱり学生の内は皆、変わらないかもね」
本当に他愛もない話をするだけでした。
でも、そんな日々がとても楽しく感じたのです。
アンセム様は、穏やかな性格をしているのか、とても話しやすく感じました。
こうして毎日、お話ししにやって来てくれるのですから。
アンセム様も悪くないと思ってくれている、……のでしょうか。
そうだといいのですけど。
私の1年目の学園生活、一学期はこうして出会いと穏やかな時間で過ぎていきます。
やがて夏季休暇が近付いてきた日。
「カレンさん、夏季休暇に入ったらさ」
「はい、アンセム様」
「二人で一緒に出掛けないか?」
「え、それって」
「うん、デート。初めてのね」
「アンセム様……! もちろん、喜んで!」
私たちは、逢瀬の約束を交わしたのです。
まだ、お付き合いしているとは言い切れないもどかしい関係。
こうして不定期に花壇で会って、お喋りをして、それだけの。
ですが、二人きりで学園の外で会う約束をする場合、その関係は?
「気負わずに、ね。カレンさんは謙虚だから」
「謙虚、ですか?」
「うん、まぁ俺の身分を気にしているみたいだから。でも、俺なんて所詮は次男だよ。バーミリオン伯爵家は兄さんが継ぐ事になっている。だから、良く言えば自由な身の上だ」
「そ、それは……はい。承知していますが」
「だから、身分差は俺に対しては気にしなくていいから、ね? もちろん他の人には弁えなくてはいけないと思うけど」
「は、はい……。では、お言葉に甘えまして……」
「まだ固いなー」
そんなやり取りを彼とは続けていきました。
私は夏季休暇が、とても待ち遠しく感じます。
「うふふ」
「ごきげんだね、カレン」
「セリア、聞いて、聞いて」
「はいはい」
私の恋愛事情は、順調だと言っていいでしょう。
また学園でも私以外の方たちが、色々な恋愛事情を発展させていました。
セリアが色んな情報を仕入れてくるのですよね。
友人たちに求められるのは、やはり恋愛関係が強いです。
セリアとは一番の友達のような立場になっていますが……。
他の女子生徒たちも事情通のセリアに色々とお話を聞いているんですよ。
もちろん、その代わりに私たちもセリアに情報を持ち寄るという構図です。
「ルシウス殿下は、アンネマリー様に狙いを定めたみたいね」
「そうなの?」
「うん、学園でも彼女にくっ付いて回っているの。しかも、事あるごとに手を取って、まさしく王子様なムーブをしているみたい。演技っぽいけどね。でも、アンネマリー様狙いなのは確実みたい」
そうなんだ。でも、きっとお似合いの二人だと思います。
「アンネマリー様は、どうなの? 婚約は避けていたってお話は聞いていたけど」
「そうね。アンネマリー様は、ルシウス殿下から逃げているみたい」
「逃げているんだ……嫌なのかな?」
「嫌っていうか、なんだろう? 『なんで!? なんで私に!?』って感じみたい。ルシウス殿下は、困惑するアンネマリー様をニコヤカに追い詰めているんだって」
「追い詰めてるって」
それって大丈夫なのかな? 笑い話になっているのなら平気かな?
「アンネマリー様って、自分が魅力的な事に無自覚なタイプなのかなー」
「そうなのかな。アンネマリー様は、すごく美人なのに。しかも才能も実績もあるし」
彼女が、王子妃に選ばれるのは順当だと思いますよ。
「自分が可愛い事に無自覚な子って居るからねー」
「そうなんだね」
「アンタよ、カレン」
「ええ?」
セリアが、コツンと私のおでこに拳を当てて叱責してきます。
可愛い、って。言われても、ピンと来ないんですよね。
いえ、可愛くないとは思っていない……のかな? だったら一緒かな。
「アンセム様にそう思われているのなら、私はそれでいいかなぁ」
「はいはい」
王立学園では、そうしてルシウス殿下と、アンネマリー様が生徒たちを騒がせた恋愛をしています。
私も、その一部始終を目撃する機会があったのですけど。
「ほら、アンネマリー。今日は何をする?」
「うう……ですから何故、私にそんなに構うのでしょうか」
確かにルシウス殿下が、アンネマリー様に言い寄っていますね。
アンネマリー様は困惑していらっしゃるけど、どうも心底に嫌という雰囲気ではありません。
あれなら、生温かく見守る方向で良いのではないでしょうか?
「あっ」
そんな中、アンネマリー様が私の視線に気付きました。
何やら口をハクハクとさせて、訴えてきますね……?
「ええと?」
どうも助けを求めているような。ルシウス殿下をどうにかして欲しいような。
なぜ、そんな事を私に頼むのでしょう?
私では、どうにも出来る気がしません。私、ただの男爵令嬢ですよ?
「アンネマリー、どこを見ているんだい? 僕の事を見てくれ」
「ちょ、殿下、ですから、あちらに貴方の運命が……!」
どうも、大きな問題は起きなそうですし。二人の邪魔をしてはいけませんよね。
私は、話し掛けずにお辞儀をして、早々に立ち去る事に決めました。
ええ、どうか、お幸せに。アンネマリー様。
「ああ! 運命が! 運命が逃げる!」
「僕の運命は、君だと言っているだろう?」
「違いますー!」
運命が逃げるって、どういう表現なんでしょうね。
何かの暗喩かなぁ? 高位貴族と王族のやり取りなんて分かるワケないですよね。
そして王立学園は、夏季休暇に入ります。
おしゃれに気を遣って私服を着て、お出掛けして……。
私は、アンセム様と初デートの日を迎える事になったのでした。