08 気になる相手は
パーティーで知り合った男子生徒の名前は、アンセムというそうです。
アンセム・バーミリオン。伯爵令息。
「伯爵家かぁ……」
やっぱり、身分差が。
「誰が気になっているの?」
「セリア」
セリアに彼の事を話してみました。とりわけ深く仲良くなったワケでもなく。
本当に『気になった』程度の話です。
「バーミリオン家の、アンセム様ね。彼は次男だから、伯爵家といっても跡は継がないはずよ」
「そうなんだ。セリアは本当に色んな事を知っているね」
でも、いくら家を継がないといっても男爵家の婿入りは……。
他にも引く手がありそうですし。
「あとは、バーミリオン家はローマイヤ家の『寄子』ね。縁戚だって話だよ」
「公爵家とも縁があるの?」
「そうみたい」
貴族の派閥は、もちろん私にだって無関係ではありません。
ありませんが、ちょっと。ハートベル家って本当に田舎というか。
派閥に入るまでもない、ぐらいの位置で……。
そういうのもあって、政略結婚が進まなかったのかもしれません。
「確か2年生だから、学園では私たちが出会う機会って少ないかもしれないね」
「そうなんだね」
それから気にはなっていたけれど、中々出会う機会も作れない日々が続きました。
普段の学業もありますからね。
また、例のパーティーで縁付いた人たちも居たようで。
たとえば、あの時、隣領の令息を捕まえてくださったバーメインさんは、あの場で助けられた女子生徒と交際し始めたらしいです。私の立場からすると、彼女にプラスな事があって良かったな、という印象ですね。
私が謝るのもおかしいですから。
「ふんふーん♪」
私は、クラスで請け負った園芸係の仕事をしていました。
担当箇所の花壇の世話ですね。
色々とクラスの係はあるんですけど。これというものがなかったので、私は園芸係を願ったのです。
夏も近くなり、草花の成長が活性化する時期。
雑草取りが欠かせませんね!
ちなみに学園にも庭師は居るので、この花壇は、わざわざ生徒が世話をするようにあるものです。
他にも、小規模の畑がある場所もあって、そこは研究会が管理していたり。
花壇の場所は、ちょうど校舎の陰側にあって、あまり人通りのない場所です。
夏場でも涼しくて、実は隠れた名スポットなんですよね、ここ。
「ねぇ、ちょっと貴方!」
「え?」
キツめの声で話し掛けられた……と思いましたが、違います。
少し離れた場所で、騒いでいる人が居るみたいです。
口調と声からして、女子生徒でしょうか?
「……何だろう?」
流石に気になった私は、花壇のある場所から、さらに奥へ向かって行きました。
曲がり角から、ヒョコっと顔を出しますと……。
そこには女子生徒たちが居ました。
「ええ?」
どうも、その雰囲気が良くないご様子。
一人の女子生徒が、3人ほどに絡まれている構図に見えました。
「ど、どうしよう?」
「どうもしなくていいんじゃない?」
「わっ」
私が曲がり角から様子を窺っていると背後から声を掛けられました。
「え、貴方は……アンセム様?」
「どうも。この前ぶりだね」
何故、彼が今、ここに?
「お嬢様に頼まれ事をされてさ。見に来たんだよ」
「お嬢様?」
伯爵令息の彼が、そんな風に言う相手って?
「アンネマリー・ローマイヤ公爵令嬢ね、俺のお嬢様」
「え……」
アンネマリー様が、お嬢、様? それって、どういう関係?
「バーメイン卿が焦ってどこかへ走り去っていくものだから、その様子を窺うようにって言われてね。そしたら、たぶん先回りしちゃった。何やってんだろうね、バーメイン卿は」
「ええと」
バーメイン卿というと、クラブ・バーメインさん。隣のクラスの伯爵令息。
ルシウス殿下の側近の、バーメインさんで合っていますかね。
「ほら、あの子。絡まれている方。あの子って、この前、バーメイン卿に助けられていた子だろう?」
「そう言えば……」
ピンクに近いあの赤髪は、確かに見覚えがありますね。
確か、あの子は、バーメインさんと交際し始めたという話で。
「嫉妬かなー。殿下の側近と交際し始めたってんで、目を付けられたみたいだ」
「た、助けてあげないと!」
「待った、待った」
私は、彼女の助けになろうとして飛び出そうとしました。
ですが、アンセム様に手を掴まれて止められてしまいます。
「ここは彼の『見せ場』だから、譲ってあげなよ」
「え、どういう」
そう聞き返した次の瞬間。
「お前ら! 彼女に何をしている!?」
と、叫ぶ声が。男性の声です。
「あ」
「ほらね。彼女のピンチに颯爽と登場ってヤツ。狙ったワケじゃないんだろうけど、遠回りしたせいでタイミングばっちりだね」
「あー……」
また壁から、ヒュコっと頭だけを出して様子を窺います。
バーメインさんが、赤髪の女子生徒を助けていますね。
「確かにあれは私の出番はなさそうですね……」
「でしょ」
私と、アンセム様は一緒になって、その様子を見ています。
さながら演劇の舞台を端から見ている『端役』にもならない一般人ですね。
「彼女が無事なら、それでいいかな……」
「うん、俺もそう思うよ。……ところでキミ、こんなところで何をしていたの?」
「私はクラスの園芸係で、そちらの花壇の世話をしていました。そうしたら声が聞こえて」
私は、花壇を示しました。
「ああ、なるほど」
私の説明に納得してくれたようですね。
でも、とにかく! これはチャンス!
「あ、あの! アンセム様……って、名前、あの、バーミリオン様」
ああ、どうしよう。パーティー会場と、学園で会うのとじゃ、雰囲気が違って緊張します。
「どうしたの?」
「よ、良ければ! わ、私と……!」
どこまで言おうか。緊張と、興奮で私は。
「交際を前提として、仲良く! していただけませんか……!」
と、そんな事を口走ってしまって、いたのでした。