07 ルシウス王子のパーティー事情
「目ぼしい子は……居ないと思うな」
王太子ルシウスは、パーティーへの参加者を見て、小さくそう呟いた。
「アンネマリーは、ああ言ったが……」
元々、ルシウスは、というより王家はローマイヤ公爵令嬢アンネマリーとの縁談を望んでいた。
だが、公爵家側から断られたのだ。
ルシウスとて、どうしてもと思っていたワケではなかった。
そうとはいえ、まさか断られるとも思っていなかったのである。
アンネマリーとの縁談が断られてから既に3年が経過し、自分たちは王立学園へ入学する事になった。
このパーティーは、アンネマリーが計画して開かれたものだ。
再三に渡る王家からの縁談を断りつつ、しかし自身の婚約を決めるでもない。
どうやら、二人の縁談を止めているのはアンネマリー本人であるらしいと分かった。
ルシウスは、その時にアンネマリーに会いに行き、理由を問いただす。
すると、返ってきた答えが、こうだ。
「ルシウス殿下には、きっと学園で素敵な出会いが待っていますよ」
そして、今回のパーティーだ。
アンネマリーが手ずから参加者を選りすぐったと聞く。
当然、そこにはアンネマリーも参加する予定だったのだが……。
ルシウスの下には彼女からの手紙が届けられた。
『申し訳ございません、ルシウス殿下。私、連日に渡るパーティーの調整で体調を崩してしまいました。ですので、本日は参加できません。アンネマリー・ローマイヤ』
……このような内容だった。
「あのアンネマリー……」
さしものルシウスも頬をひくつかせた。
最初から参加する気などなかっただろう、と。
「殿下、アンネマリー様は不参加ですか?」
「ああ、アラン」
手紙を側近のアランとクラブにも見せる。彼らも苦笑いをしていた。
「『パーティーの参加者から、きっと素敵な女性を見つけられるはずです。皆様のご武運を』ですか」
「……ふざけていると思わないか?」
ルシウスは、静かに。とても静かに微笑みながら、ほんのりと怒りを滲ませていた。
こうも、自分を遠ざけるアンネマリーに対して思うところがあるのである。
どうも、彼女は自分から逃げている様子だ。
そんなにも自分との婚約が嫌なのか。
「……ふふふ」
「で、殿下?」
アンネマリーは、とても整った容姿をしている。外見だけで言えば、ルシウスの好みと言えただろう。
彼女の家格は、もちろん申し分ない。公爵令嬢なのだ。
そもそも既に王家から縁談を申し込んでいる。
また、彼女には才能がある。既に多くの商品開発を手掛けており、公爵家だけでなく王国を豊かにしている。
王妃となるのに申し分のない女性だと言えるだろう。
逆に、彼女が居る状態で他の令嬢を選べ、というのは酷な話と言えるぐらいだ。
あとは性格だが……ご覧の通りである。
ルシウスは、このパーティーにもアンネマリーが参加すると思って来ていた。
生憎と学園の制服を指定されたパーティーだったが、学園外で彼女と会うのも吝かではないと。
そう思って、薄っすらとルシウス自身も己の気持ちに自覚的になった。
「どう思います? 逃げられれば、逃げられるほど……追いかけたくなるんですけど」
「なんで僕らに敬語を……?」
「ふふふふふ」
ルシウスから、ドヨドヨとした黒いオーラが出ていた。
側近のアランとクラブは、主君のその姿に、ドン引きしている。
おそらく今日から、アンネマリーを積極的に追いかけ始めるのだろうな、とだけ。
それには『出来るだけ関わりたくないなぁ……』というのは二人の心に湧いた感情だった。
「い、一応、パーティーでも相手を探されては如何でしょう?」
「アンネマリー以上の女性が居ると?」
「…………」
アランは、さっと目を逸らした。その姿を見て、ルシウスは溜息を吐く。
「一応、目は配っておくよ、もちろん。せっかく来てくれたのだから」
「そ、そうしましょう」
そして、パーティーに参加したルシウスたち。もちろん、多くの女子生徒たちと交流した。
だが、アンネマリーが言うほどの女性が見つからない。
「あちらの令嬢などは……」
「なぁ、アラン。お前の縁談も兼ねているのだぞ、このパーティーは」
「それはそうなのですが」
「お前も良い子を見付けろよ。好みの女性は居ないのか?」
「好みですか……」
この年齢で未だに婚約者が居ないルシウスたちだが、余裕を持っていられるのも限られた時間だ。
直に婚約者の居なかった令嬢たちも相手を決めていくだろう。
今でも、かなりギリギリではある。
ただ、最近の王国の流れとしては、学園で出会った男女の恋愛結婚が増えてきたのが実情で……。
要するに、まだ彼らにもチャンスがある。
「容姿だけで判断するものでもありませんからね……」
「それはそうだな」
そうして、事件が起きる。招待状を持たない男が乱入してきたのだ。
王子が居るパーティーで正気を疑う行動だったが……。
今回のパーティーの趣旨から、意中の女性が、そういったパーティーに参加したと聞いて激昂したらしい。
「随分と勝手な話だな……」
幸い、掴みかかられた女子生徒は、クラブ・バーメインが救出した。
その男、子爵令息は人違いだと騒いでいたが、そういう問題ではない。
「クラブは、捕まったか」
「みたいですね……」
クラブは助け出した赤髪の女子生徒にお礼を言われて……良い雰囲気になっていた。
捕らえた子爵令息は、広間を貸し出してくれた侯爵家の騎士に連行されている。
「……俺たちには春は来ないらしいな」
「……そのようです。いえ、踏み出せば、いつでも受け入れていただけそうですが」
「それはそうだな……」
こうして、ルシウスは、このパーティーでも運命の出会いを果たす事はなかったのだった。