03 公爵令嬢アンネマリー
授業で必要な資料を取りに、私は図書館に来ていました。
学園にある図書館は、大きく広い場所で、とても居心地のいい空間です。
「ええと、この棚の……あった、アレね」
私は本棚を見上げます。背伸びをすれば手が届きそうな位置にある本が、目当ての本でした。
「うーん」
どうしようかな? 私には今、『選択肢』があると思います。
『背伸びをして、手を伸ばして本を取る』か。
『大人しく踏み台を持ってくる』か、です。
手を伸ばせば届きそうなのですよね。横着して、手を伸ばしましょうか。
「ん……」
いえ、やっぱり『大人しく踏み台を持ってくる』を選びましょう。
ここは図書館ですから。すぐ近くに踏み台は、あるはずです。
そして、やっぱり、すぐ近くで踏み台が見つかりました。
えへへ、やっぱりズボラをしてはいけませんよね。
「…………」
「あ、どうも」
「……どうも」
踏み台を運んでいると、近くにクラスメイトが居ました。
例の青い長髪の侯爵令息、アラン・ディストさんです。
この人、背が高いのですよね。きっと、これぐらい身長が高ければ踏み台も要らないんだろうな。
仲が良ければ、頼めば、スッと取ってくれたかもしれませんね。
侯爵令息と、そんな風にお願いする仲になる事はないと思いますけど。
私は、軽い会釈だけして彼の横を通り過ぎていきました。
そして、踏み台を使って無事に目当ての本を手に取ります。
「ふぅ!」
これにて一件落着です!
「…………」
ディスト侯爵令息は、寡黙な人みたいですね。
図書館に居ましたし、邪魔になっては良くないでしょう。
ですから、用事の済んだ私は、速やかにここを離れる事にしたのでした。
学園生活は、順調に過ぎていきました。
友人も出来ましたし、クラスメイトとの関係も良好です。
付き合いのし易い、下位貴族令嬢でグループを作ってしまいがちですけどね。
まぁ、人数比で言えば、下位貴族の方が多いですから。
ただ、一点。問題が起きた、ような、そうでもないような。
「……ええと? 見られているよね?」
「うん。何だろうね?」
壁の端から、ひょっこりと顔半分だけを出して、一人の女子生徒が、私たちを見ていました。
銀色の長い髪をした女子生徒です。たぶん美人なんですけど、顔半分しか見えていません。
「なんで見られているのかな、あの人に」
その銀髪の女子生徒は、何故か、じーっと私たちを見てくるのです。
「セリア、あの人は誰か知っている?」
「もちろん!」
情報通のセリアは、学園の有名人は、だいたい押さえています。
ですから彼女に聞けば、色々な人の事を教えてくれるんですよ。
「聞いて驚きなさい、カレン」
「え、どうしたの?」
セリアは得意気に話し始めました。
「彼女は、ローマイヤ公爵令嬢。アンネマリー・ローマイヤ公女よ」
「公女様!」
私たちの王国には、公爵家は三つあります。ローマイヤ公爵家は、その内の一つですね。
「アンネマリー様はね、天才的な発想で、色々な商品開発に携わっていらっしゃるの。何を隠そう、『シャンプーボトル』の発案者という話よ」
「シャンプーボトルの?」
「そう。7歳にもならない時に商品開発をさせ、瞬く間に王国中に広まったわ。他にも美容系アイテムの、だいたいの発案者は元を辿るとアンネマリー様だという話よ!」
「わぁ、凄い人なんだ。……どうして、そんなに凄い人が私たちを見ているの?」
「それは分かんない」
こうして話している間も、銀髪の公爵令嬢、アンネマリー様は私たちを、じーっと。
じーっと、ずっと見ています。うーん、何なのかな?
「お声がけした方がいいのかな?」
「いや、公女様を相手に、それはどうかな……」
「そうだよねぇ」
学園では、身分を問わないというルールがあります。
でも、だからといって下位貴族の身で、高位貴族の方に話し掛けるのはマナー違反だと思うんです。
学園のルールだって、あくまで学業において不平等がないように、と。
そのためにあるルールでしょうから。
だから、私たちからアンネマリー様へ声を掛けて、というのは憚られました。
あちらは、じっと見ているだけの様子ですし……。
気にはなりますが、ひとまず頭を下げるだけ下げて、あとは相手の対応待ちがベターでしょうか。
私たちは、アンネマリー様に向かって、ペコリとお辞儀をしつつ、ただ見られるのを受け入れました。
何か用事があるのでしたら、きっとアンネマリー様が話し掛けてくださるでしょう。
……そう思ったのですけど。
アンネマリー様は、じっと見たり、行く先々でお見掛けしては、バチリと視線が合ったり。
そういう事は多々あっても、一向に話し掛けてこられません。
「新しい商品開発のために、女子生徒を観察しているのかもしれないね」
「ああ、なるほど」
アンネマリー様は商品開発の天才だそうですから。
ああして、普段から人の観察を怠らないのでしょう、きっと。
であれば、もう私たちの方から気にせず、過ごすしかないですね。
存分に観察してくださって、そして素晴らしい商品を開発していただければ良いな、と思います。
シャンプーボトルは私も使わせていただいていますから。
他の商品も、男爵令嬢の私が手に取れるお値段で普及しています。
あれって、とても便利なんですよね。
アンネマリー様には、あのように自由に過ごしていただければ、きっと、そうした分野でも、私たちの生活を豊かにしてくれそうです。
次なる商品に期待ですね! ふふふ。
「…………」
相変わらず、目が合うアンネマリー様に私は、いつものようにペコリと頭を下げて、ご挨拶するのでした。