12 祝福
夏季休暇中、アンセム様とお会いする機会は滅多にありませんでした。
その代わりと言ってはなんですが、手紙を送ってくださるようになって。
それが、とても良い思い出になりました。
でも、夏季休暇も終わり頃になって来た手紙には驚きを隠せなかったです。
「え、家族に話した……婚約をするかしないか」
ど、どうしよう。ですが、そうなりますよね!
私たちは貴族です。そして私は男爵家とはいえ、後を継ぐ身です。
その点を今まで悩んでいたワケで、ただの恋愛で済まないのが私たちの立場。
将来的な展望もないのに『お試し』で男女交際をする、なんて事は微妙な話です。
仮にですけど。
アンセム様と上手くいかずに、じゃあ別の男性と交際します、なんて。
そういうのは、ちょっと……となります。特に将来の私の夫が、というか。
もちろん私だって、婚姻前に室内などで完全に二人きりになるとか。
そういう事はしないつもりです。気にされない方は気にしないでしょうけれど。
「……婚約」
そこまで話が動くんだ。
分かっているようで、目前に迫ってくると期待と不安がないまぜになって湧きます。
バーミリオン伯爵は、私たちの交際について好意的だと書かれています。
私の両親は、どうだろう? すぐに私はハートベル領の両親に手紙を書きました。
両親が合意すれば、私たちは晴れて『婚約者』となるんですね……。
そうして。私たちの関係は、あれよという間に進んでいきました。
夏季休暇の終わり頃、改めて手紙のやり取りがあり、私たちは両親込みでお会いする事になって。
場所は、ハートベル領近くに指定してくださり、バーミリオン伯爵とも挨拶を。
「アンセム様」
「カレン」
久しぶりにお会いして、両親と一緒に……。
「なんか、ごめんね? こんな事にまで発展しちゃって」
「いえ、そんな。私も男爵家とはいえ、貴族ですから。最近の貴族結婚の風潮は理解していますが、やっぱり家同士の結びつきという面は無視できません。むしろ、私は恋愛感情を抱いている分だけ幸福だと思います」
「そう言ってくれると嬉しいし、恥ずかしいけど」
「アンセム様の方はよろしいのでしょうか? その、男爵家ですけど」
「それは問題ないよー。元々、俺は爵位を継げないからね」
「あの、でも。ハートベル家は田舎でして……。領地も狭くて……」
「それも問題ないね。あ、気休めで言っているのじゃなくて、本当にだよ」
でも、伯爵令息であれば引く手もありそうなのですけど。
それでもアンセム様は私を選んでくださるのでしょうか。
「カレンの方こそ、いいの?」
「いいの、と言いますと?」
「いや、その。もっとさ。高位貴族とお近付きになろうと思えばなれそうな気がする」
「……ええと、身分を蔑ろにする気はないのですけど。あまり高位貴族と縁を結びたいワケではなくて」
本当に、問題なく過ごせればいいかなぁ、という。
あまり上昇志向がないのですよね、私って。
「そっか。そうだよね、でも……」
「はい」
「バーミリオン家と縁付く事になっちゃうけど、それは大丈夫?」
「も、もちろんです……! 頑張ります!」
「あはは、頑張るか。カレンらしいね」
「アンセム様」
私たちは、互いに好意を寄せあう同士として見つめ合います。
「バーミリオン伯爵家はさ、ローマイヤ公爵家の『寄子』なんだけどね」
「ああ、そう聞いています」
「ルシウス殿下が、アンネマリー様を婚約者に望んでいるんだ」
「……ですね」
彼の口からアンネマリー様の名前が出て来て、ドキリとしました。
「寄親のローマイヤ公爵家から王子妃が出るかも。つまり、その縁戚である俺、そして縁付くハートベル家も王族の縁戚になりかねないんだ」
「え、あー……、そうなります、か?」
「なるねぇ。まだ分からないけどね」
「ですが、縁戚と言っても王家の血が入るワケではありませんよね」
「それはそうだね。でも、ハートベル家も、そっちの派閥に参加して貰う事になりそうだなぁって」
「その事なら問題ないと思います」
私は気になっていた事を、意を決して彼に聞きました。
「あの、アンセム様。以前、アンネマリー様の事を『俺のお嬢様』と呼んでいらっしゃったのって、どういう意味なのでしょう?」
「え?」
そう尋ねますと彼は、キョトンとした顔で首を傾げました。
あら、この反応は? 特に深い意味はなかった?
「……アンネマリー様は、寄親のご令嬢だ。俺は彼女と面識もある」
「はい」
「だから、あの時は派閥で寄子の家の一人として彼女の近くに居た。もちろん、二人きりとかじゃない。他の子も居た。それでバーメイン卿を追いかけるように、ただそこに居た俺がお願いされて。……って流れだったんだけど」
なんとなく状況は分かりますね。
「お嬢様呼びは、まぁ派閥の人間として、上位の相手と認めた言い方で……『俺の』は、特に深い意味はない。所有じゃなくて『自分にとって』という意味です」
「ええと、つまり特にアンネマリー様と深い関係はない……」
「ないない。知り合いではあるけれど、特別な感情とかもないよ」
じーっと私は、彼の目を見つめます。
はい、嘘を吐いている雰囲気はありませんね。
「なんだぁ……」
「なんだと思ってたの?」
「実は、アンセム様が、アンネマリー様を好いていて、殿下の一件でなくなく諦めて……という経緯を想像していました」
「あはは! それはないよー」
どうやら、本当に私の杞憂だったみたいですね! 良かったぁ。
そんな私たちの小さな誤解も解消して。
親同士の話し合いもまた無事に終わり、私とアンセム様は正式に婚約者になりました。
アンセム様は、卒業後、ハートベル家に婿入りしてくれる事になります。
そこからは、もう色々とあっという間でしたね。
私と彼の婚約をセリアたち友人は祝福してくれました。
そして、アンネマリー様も何故か駆けつけてきます。
「……なんで!? 誰!?」
「誰って酷いですよ、アンネマリー様。俺です、俺。バーミリオン家の次男です。寄子ですよ」
「それは知っているけど、なんで!? なんでカレンさんと!?」
「たまたま、ご縁がありまして」
「カレンさんは、彼でいいの!?」
「はい、とてもいい縁に恵まれました。思えばアンネマリー様のあの日の招待状があったから、アンセム様と出会う事が出来たんです。ですので、とても感謝しています」
「え、ええええ……!?」
アンネマリー様は、どうしてそんなに驚愕していらっしゃるのでしょう?
私は、首を傾げるばかりです。
「…………、モブ?」
と、アンセム様をじっと見ながら、そう呟くアンネマリー様。
「誰がモブですか」
「だって!」
「アンセム様は、私の『王子様』ですから」
「え、じゃあ、貴方……ルシウス殿下たちは、どうするの?」
「はい? 殿下ですか? 殿下たちって……どうにも私は関わりませんけれど」
「なんて事なの! 予定が!」
ふふふ、アンネマリー様は、とても変わった人ですよね。
天才肌の人って、こんな風に変わり者なのかもしれません。
「……とりあえず!」
「はい、アンネマリー様」
「おめでとう、カレン。それから、アンセム。そう言っておくわ」
「ありがとうございます! アンネマリー様!」
彼女にまで、祝福していただけるとは思っていませんでした。
ですので、とても嬉しいです。
「……じゃあ、一つだけ。アンセム、エスカロ子爵家には、軽く圧力を掛けておきなさいね」
「エスカロ?」
「ハートベル家の隣領の子爵家よ」
アンネマリー様は、私の領地周りの事まで、しっかりと把握されているのですね。
さすがは公爵令嬢です。私なんて、分からない地域がチラホラとありますよ。
それを、ハートベル家のような田舎貴族まで把握されているとは。
「流石ですね、アンネマリー様は」
軽い圧力、というのはあれでしょうか。令息が私に言いよって来ないように、でしょうか。
伯爵家と縁付くといっても将来的に男爵なのは変わりませんので、厳しいかもしれませんね。
もちろん、私は屈する気はありません。
領地も、家族も彼と共に守っていかないといけませんから。
「……あと、もう一つ!」
「は、はい」
ピシッとアンネマリー様は、指を立てました。
「ハートベル家は『明日葉』を育てるように!」
「……アシタバ?」
私とアンセム様は首を傾げました。
「領地の産業になるはずだわ、細かい事は……アンセムが準備して、調べるといいわよ」
アンネマリー様のこの言葉がきっかけとなり、ハートベル家は少し豊かになっていく事になります。
本当に、色々とアンネマリー様には助けられてばかりのようです。
次話で完結します。