10 伝説の鐘
「アンセム様、こちらです!」
今日はお互いに私服を着てのデートです。
学生服ではない服を着た彼は、とても素敵に見えました。
「カレン、さん。今日は、よろしく?」
「はい!」
どことなく彼は普段と違って固い様子ですね。
「流石に緊張するなぁ」
「ふふふ、アンセム様もそうなんですか? 私もです」
「そうか。あはは」
どうしても気恥ずかしい気持ちになるのは仕方ないですよね。
けれど緊張されているのは、つまり意識されているという事?
だとしたら嬉しいです。
それから私たちは王都にあるお店を一緒に見て歩きました。
お洒落なカフェに行ったり、小物のお店に入って吟味したり。
基本的に、貴族というよりも平民が行くお店、中心ですね。
アンセム様には、私の行けそうな場所にお付き合いいただいています。
「カレン、さん。これを……」
「え」
アンセムさんが、取り出したのは……ブローチ、ですね。
「これ、さっきのお店で見た?」
「そうなんだ。一番、キミが興味を持っていたかなって。貰ってくれる?」
「は、はい……! 喜んで!」
「良かった」
彼にブローチを着けていただきました。
なんとも、恥ずかしくて嬉しい気持ちで満たされます。
「ええと……」
「は、はい」
「あのさ、ええと。カレン、って……呼んでいいかな? キミも俺の事を様を付けなくていいし」
私は目を見開きました。それって、つまり?
「改めて俺から。正式に、貴方と交際させてください。カレン・ハートベル嬢」
そう言って、アンセム様は頬を染めながら、それでもまっすぐに私を見つめて告白してくださいました。
「……はい! もちろんです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「良かった……!」
互いに本当に惹かれ合っている事が分かって、とても嬉しいです。
アプローチはしてみるものと言いますか。
あの時、積極的に言葉を掛けて良かったです。
それから私たちは、ゆっくり王都で遊ぶのを続けます。
休憩を挟みながら、今後の事を語り合いました。
そうして、王都の少し外れた通りまで来ますと、アンセム様がある場所を指差しました。
「あれを見て、カレン」
「はい、ええと。塔でしょうか? それに、あの上にあるのは」
「あれはね、『伝説の鐘』だよ」
「伝説ですか?」
私は首を傾げました。
建物があって、その一部分が上へ尖っている構造です。
その一番上の辺りは、窓ガラスのない開いた壁……『鐘楼』ですね。
私の位置からでも、その中にある黄金の、大きな『鐘』が見えました。
「王都では有名な話なんだけど。聞いた事はない?」
「はい、どんな伝説なんですか?」
アンセム様と手を繋いで歩きながら、私は彼の話に耳を傾けます。
「あの鐘は、主に正午を報せるために鳴らされるんだけどね。基本的には一般人は入れなくて、教会の許可を得た者だけが、あの鐘楼まで行ける」
近くまで行くと、整えられた広場があって、いくつものベンチが並べられていました。
私たちのような男女の二人組が多く居るように感じますね?
広場の空いているベンチに私たちは一緒に座りました。
そして、鐘楼を一緒になって見上げます。
「夕暮れ時に、あの鐘を一緒に鳴らした二人は、結ばれて一生、幸せに過ごせるそうだよ」
「まぁ、そんなお話があるんですね。とても素敵だと思います!」
恋愛成就なんでしょうか? 私は、学園へ入学するまで王都にそこまで来た事はないので。
その伝説は知らなかったです。
「当然、そんな伝説があるものだから、皆こぞって、あの鐘楼に上がりたがるんだけど……」
「皆がそうしようとすると、困っちゃいますよね。一日に何度も鳴らされてもですし」
「そうなんだ。だから、教会の審査を通った男女だけが、あの鐘楼で伝説の鐘を鳴らせるんだって」
「ええ? 教会の審査ですか」
急にロマンチックから外れましたけど。
「もしかして貴族でなければダメ、とか?」
「いや、どうもそうじゃないらしいよ。平民の恋人たちが鳴らす事もあるみたいだ」
「そうなんだ」
じゃあ、別に貴族を優遇しているワケじゃないんですね。
うーん、どういう基準で通しているんでしょう?
「対策されても困るから、教会も審査基準は明かしていないみたいだよ。信心かと言えば、そうでもないらしい」
「謎に包まれているんですね」
「ああ、だからこそ巷では『真実の愛』に認められた二人だけが鐘を鳴らせるんだって、より噂が広まっている」
真実の愛かぁ。
「……流石に」
「はい?」
「今日、あの鐘を鳴らしに行こうとは言えないけど……」
「そ、それはそうですね……!」
お付き合いをし始めたばかりなのに、一生結ばれるだなんだは早過ぎます!
「……でも」
アンセム様は、頬を真っ赤に染めながら話を続けました。
「いつかは、二人で夕暮れにあの鐘を鳴らせるといいな、って。そう思ってる」
そこで耐え切れなくなったのか。彼は私から視線を逸らしました。
手は繋いだままで……。
「はい……。いつか、あの鐘の場所へ行けると……いいな、って。私も……思います」
私も恥ずかし過ぎて、彼から視線を逸らしてしまいました。
そんな風にして、私は人生でも指折りの、最良の日を過ごしたのです。