01 ニアミス
「きゃあっ!」
「カレン!?」
私は、家の階段で足を滑って、転げ落ちてしまいました。
ゴチン!
「きゃうっ!」
「きゃああ、カレン! カレ……」
そして、したたかに頭を打ってしまい、気を失ったのです。
意識を失った私は『走馬灯』を見ました。
まるで『人一人分の、一生の思い出』のような光景を見たのです。
「う……」
そうして、なんとか無事に目を覚まして。
「カレン! ああ、カレン、大丈夫?」
「お母さん……うん、大丈夫……あいたた」
気付くと私は、ベッドで横になっていました。
そして、お医者さんが私を診てくれています。
「幸い、大事なかったようだ。後遺症もなさそうだね」
「うぅ、ありがとうございます、先生」
お医者さんにお礼を言い、しばらくは激しい運動を控えるように言われました。
「……あれ?」
心配をかけていたお母さんが離れて、部屋に一人になった時。
私は、視界に『変なもの』が映っている事に気付きました。
「何?」
それは、半透明の黒い板のようなものです。それが空中に浮いていました。
ですが、手を伸ばしても板には触れられません。
その半透明の板には、何か『文字』が書かれています。
──【スキル名:フラグ・クラッシャー】と。
「……何だろう、これ」
文字の意味は分かりません。フラグ、旗? を壊す人?
私は首を傾げるしか出来ませんでした。
「頭を打ったせいかなぁ……。これ、消えないのかな……」
そう思いました。すると、その半透明の黒い板は、フッと消えたのです。
後には何も残っていません。まるで幻だったかのようです。
「あ、消えた。……何だったんだろう」
まぁ、いいです。とにかく、あんなものが見えてしまうぐらい、強く頭を打った。
大人しくしていよう、と私は思いました。
そんな出来事が、私が王立学園に入学する一ヶ月前に起きた事だったんです。
私の名前は、カレン・ハートベル。
ハートベル男爵家の長女で、兄弟は居ない、一人っ子です。
年齢は15歳。今年、16歳になります。
髪の色は、お母さん譲りのピンクブロンドの髪。
瞳の色は、お父さん譲りのワインレッドをしています。
王立学園という貴族子女や、裕福な平民が通う場所に入学する予定です。
性格は……まぁ、階段から転んでしまうぐらい、そそっかしい、かもしれません。
わざとじゃないのですけどね!
頭を強く打った後は、大きな事件もなく。なんとか無事に入学を果たせそうです。
ちなみにですが、私に婚約者は居ません。
貴族令嬢なのに、と言われてしまいそうですが……男爵家ですから。
それに裕福でもなく、生活はそこまで平民と変わらない、という家です。
そのお陰で家族の距離は近いかと思います。お父さんやお母さんとも仲良しです。
また、私は一人娘なので『婿入り相手』を探さないとダメな立場です。
なかなか、どうして。相手を見つけられないのが現状でした。
「学園で、素敵な出会いがあるといいなぁ……」
そんな風に独り言を呟いて。期待と不安を抱えながらも、私はその日を待つのでした。
「おばあちゃん、大丈夫?」
私は、学園へ通うにあたって学生寮に入る事になりました。
王都の邸宅なんて我が家は持っていませんからね。
そして、入学初日を迎えた私は、乗合の馬車で王都までやって来た後、歩いて学園へ向かっていたんです。
そこで道の途中で、困っているおばあちゃんを見つけました。
何か具合が悪そうに見えたんです。ですから、私はそのおばあちゃんに声を掛けました。
「ああ……私は、少し今日はね。風邪っぽくてねぇ」
「お家は近いんですか? 手を引きますよ、荷物も持ちましょうか」
「ああ、ありがとう。頼めるかい?」
「ええ、もちろん!」
ほんの少しだけ思いはしました。『ああ、学園初日から遅れちゃうなぁ』って。
でも、こんな状態のおばあちゃんを放っておけませんからね。
そうして、おばあちゃんを家に送り届けた後で、ご家族の方にお任せして。
改めて私は学園へ向かいます。
「遅れちゃったよー」
一応、学園の門は開いていたのですけど。
他の多くの新入生たちや、案内をしてくれる人が居なくなっています。
警備の人も居たのですけど、怖い顔で睨まれてしまって声を掛けられませんでした。
「皆、どこに居るんだろう……」
そうして、フラフラと学園内を歩いていきます。
広い場所、中庭を見かけました。気持ちよさそうな芝生です。
思わず、もうそこで横になって休んでしまいたくなります。
「あー……」
その誘惑に負けそうになった私は。
少しだけ、考えて。
「……ダメダメ! 早く新入生の皆を探さなくっちゃ!」
きっと生徒の皆がどこにも居ないって事は、どこかに皆で集まっているんだと思う。
たとえば、そう! あの大きめの建物の中とか!
私は、見付けた大きな建物へ向かって小走りに移動し始めます。
その時、近くに人の気配がしたのですが……。
私は、その気配を頼りにはせず、大きな建物へと駆けていくのでした。
◇◆◇
この国の王太子、ルシウス・セルデウスは学園へ入学した。
初日から、多くの者に言葉を掛けられ、少し疲れてしまったのだろう。
彼は、学園にある中庭の木陰で、護衛を遠ざけて、一人寝そべっていた。
王子の、束の間の自由時間だ。
「……誰も彼も、似たような事ばかりだな」
王族が相手だ。当然の反応なのだろう。
貴族の家の子供であれば、尚の事、彼への対応は似たようなものになる。
だから、ルシウスは少しばかり人々への対応に退屈していたのだ。
「ん……?」
そんな時、近付く気配がした。誰だろうと気になったのだが……。
その人物は、ルシウスの前に来る事なく、立ち去っていった。
「……まぁ、いい」
そうして、カレンは、王子と出会う事はなく学園生活をスタートさせたのだった。