悪役令嬢はなろう系ジャンルを渡り歩くようです。
美しい金髪をなびかせ、エメラルドグリーンの瞳を輝かせる少女、セレーネ・カルミカ。
彼女が愛らしい笑顔を向けるとき、誰もがその魅力に虜となった。
優雅な侯爵家、カルミカ家の長女として生まれたセレーネは、蝶や花よと大切に育てられた。美しい容姿と可愛らしい性格は、周囲の人々を魅了し、彼女は甘やかされて育った。
そんなセレーネが5歳になったある夏の日、彼女の人生は思わぬ方向へと転がり始める。
避暑地として訪れていた湖の畔で、好奇心旺盛な彼女はひとり湖岸を散策していた。
「きゃっ!」
ふと足を滑らせ、セレーネは湖へと落ちてしまう。
冷たい水に飲み込まれ、意識を失い始めたその時、彼女の脳裏に不思議な光景が浮かんだ。
「......ここは......?」
セレーネは、自分が今まで見たこともない光景の中に立っていることに気づいた。
そこは、魔法ではなく科学技術が発展した国、日本だった。
「私......死んじゃったの? でも、どうしてここに?」
混乱する彼女の前に、一人の女性が現れた。
その女性は、自分はセレーネの前世と告げる。そして、彼女は研究者であったこと、突然の地震により命を落としたことを伝えた。
「私はあなたとして転生したの、セレーネ・カルミカとしてね。今まであなたの中でずっと眠っていた。そして、あなたは命の危機に陥り、私はあなたと会うことが出来た。私の記憶と知識を受け取って欲しい。私の分まで生きて、セレーネ。」
そう言って微笑む女性に、セレーネは前世の記憶と知識を託された。
「前世では研究者の道を進んでいたのね......。 わかった、こっちでも頑張って生きていくわ!」
ゆっくりと消えていく女性、消えていくと同時にセレーネに前世の記憶と知識を受け継がれていく。
セレーネは、前世の記憶と知識を全て受け取り、そして、目を覚ました。
意識を取り戻したセレーネは、まずはこの世界について理解することから始めた。
「異世界か......。前世とは全く違う世界だけど、私は私。まずは、この世界について知るところから始めましょう。」
こうして、セレーネの異世界での生活が始まった。侯爵令嬢としての生活は、前世では経験したことのない華やかなものだった。
使用人たちからの寵愛を受け、優雅なティータイムや舞踏会など、貴族令嬢としての振る舞いを学んでいく。
「貴族社会もなかなか複雑ね。マナーや歴史、前世では必要なかった知識ばかり。でも、これも研究のための第一歩よね。」
セレーネは、貴族令嬢としての仮面をかぶりながらも、前世の知識を活かしながら、異世界の生活に順応していった。
セレーネが異世界で特に興味を惹かれたのは、魔法の存在だった。この世界では、魔法が現実のものとして存在し、人々の生活に根付いていた。
「魔法かぁ......。前世ではファンタジーでしか触れたことがなかったけど、ここでは現実なのね。」
しかし、魔法について調べていくうちに、セレーネはある違和感を抱いた。
魔法は伝承や口伝で語られることはあっても、体系立てて研究されている様子はない。
魔法の力を持つ者がいる一方で、その力は個人の才能や血統によるものであり、統一された理論のようなものは見当たらなかった。
「魔法を真に理解するには、体系化された知識が必要じゃないの? どうして誰もそこに興味を持たないのかしら......。」
セレーネは、魔法に対する疑問を胸に抱きつつ、この世界の物理法則について調べ始めた。そして、魔法の存在を除けば、この世界の物理法則は前世と同じものであることに気づいた。
「万有引力や電磁力といった法則はここでも適用されるのね。でも、魔法はどうなのかしら? 魔法にも何らかの法則や規則性があるはずよ。」
セレーネは、魔法と物理学の融合という前世では考えられなかった分野に挑むことに興奮を覚えた。
「魔法の体系化と物理法則との統一理論を打ち立てて見せるわ!」
一方で、セレーネは自分がカルミカ家の長女であり、公爵家に嫁ぐことが決まっていることを知る。
「お嫁入りのための勉強も必要なのね......。マナーや歴史だけじゃなく、公爵家の家系や伝統も学ばないと。」
セレーネは、貴族令嬢としての義務をこなしながら、前世の知識を活かして公爵家への嫁入りのための準備を進めた。
そして、5年後、セレーネは貴族の学園に入学する。
豪華な制服に身を包み、彼女は新たな仲間たちと出会った。その中には、幼馴染であり婚約者のカルケル・モルブスの姿もあった。
「セレーネ、久しぶりだな。学園でもよろしく頼むぞ」
カルケルは、少し照れた様子でセレーネに声をかけた。2人はしばらく離れていたこともあり、お互いの近況を語り合い、学園生活の始まりを祝った。
「貴族の学園かぁ......。学生生活もなかなか面白いわね。でも、研究の時間がなかなか取れないのは残念。」
セレーネは、学園での生活を楽しむ一方で、研究への思いを募らせていた。
学園の授業はマナーや歴史などが中心で、セレーネにとっては物足りないものだった。
天才的な頭脳を持つ彼女にとって、貴族の教養は簡単に習得でき、研究に専念できない状況に少し焦燥感を感じていた。
「学生生活が始まって3年、私は研究に没頭できると期待していたのに。マナーや歴史ばかりで、いつになったら物理学や魔法の勉強ができるのかしら......。」
セレーネがそんな思いを抱いていると、学園に新たな転入生がやってきた。彼女の名はイナーシャ、男爵家の令嬢だった。
イナーシャは、美しい銀髪と神秘的な紫色の瞳を持つ少女だった。彼女は、セレーネと同じクラスに編入し、すぐにクラスの人気者となった。
「セレーネ、あの子はイナーシャっていうの。とても可愛らしくて、みんなの注目を集めているわ。」
クラスメートの女子がセレーネに耳打ちした。セレーネは、特に興味もなくイナーシャを見ていたが、カルケルが彼女に夢中になっていることに気づいた。
「カルケル様は、最近イナーシャさんと仲がいいようね。」
セレーネが軽い気持ちでカルケルに声をかけると、彼は少し動揺した様子を見せた。
「あ、ああ。イナーシャはとても可愛らしくて、一緒にいると楽しいんだ。セレーネも仲良くしてやってくれ。」
カルケルは、セレーネにそう言うと、すぐにイナーシャをデートに誘った。2人はよく一緒にいるようになり、カルケルはセレーネと過ごす時間が減っていった。
「カルケルはイナーシャさんとばかり......。まぁ、私は研究の時間が取れて嬉しいけど。」
セレーネは、カルケルがイナーシャに夢中になっていることを知っていたが、特に嫉妬や悲しい感情は湧かなかった。むしろ、研究に専念できる時間が増え、感謝しているくらいだった。
カルケルは、イナーシャとのデートを繰り返すうちに、徐々に成績が下がり始めた。
セレーネは、そんなカルケルを少し心配していたが、自分には関係のないことだと割り切っていた。
「カルケルは好きなようにしているみたいだし、私は私で研究を進めないと。」
セレーネは、カルケルやイナーシャの動向を気にかけながらも、自分の目標に向かって歩み続けるのだった。
そんなセレーネの学園生活も残りわずかとなり、卒業式を迎えた。セレーネは、同級生たちと共に卒業証書を受け取り、新たな門出を祝った。
セレーネは同級生達は、卒業パーティー会場へと向かう。
パーティー会場は、豪華な装飾で彩られ、華やかな雰囲気に包まれていた。セレーネは、優雅なドレスに身を包み、参加者たちから羨望の眼差しを浴びていた。
しかし、パーティーの最中、カルケルは突然セレーネに向かって叫んだ。セレーネがイナーシャをいじめていたというのだ。
「セレーネ、お前は婚約者として恥ずかしい振る舞いをしてきた。イナーシャへのいじめは許容できないレベルだ。公爵夫人となる者に相応しくない。」
「......は?」
セレーネは、驚きと戸惑いを隠せなかった。イナーシャといじめ? まったく心当たりがない。
「心当たりはないわ。彼女とそんなに接点はなかったし」
セレーネは、冷静に否定した。しかし、イナーシャは涙ながらに訴える。
「セレーネ様は、私の教科書を捨てたり、水をかけたり......。昨日は階段から突き落とされたのよ。」
「それは......。」
セレーネは、確かに昨日はレケンス伯爵家を訪れていた。家伝の魔法を見せてもらう約束をしていたのだ。
「昨日は、レケンス伯爵家にお邪魔していましたわ。レケンス家の令嬢と魔法の研究をしていました。」
セレーネは、レケンス伯爵家の令嬢が証人であることを付け加えた。
レケンス伯爵令嬢も声を上げる。
「私は昨日一日中、セレーネ様と一緒でしたわ。セレーネ様を陥れようとしているんです!」
カルケルは、セレーネとレケンス家の者たちが共謀していると主張した。しかし、そこにレケンス伯爵が現れる。
「カルケル君、レケンス家を愚弄するのかね? 我が娘が嘘をつくと言うのか。それに、昨日は王家からの伝令が来ていた。彼らが証人だ。それでも、我が家の言葉を疑うのかね?」
カルケルは、王家に次ぐ権力を持つ公爵家の令息ではあるが、王家には敵わない。
しかし、カルケルはパーティーに王家の者はいないことを確認すると、強硬手段に出ることを決めた。
「セレーネ、お前をここから連れ出す。もうモルブス家の人間とは認めない。」
カルケルは、自分の護衛に命令し、セレーネを捕縛させようとする。セレーネは、このまま捕まるか、逃げるかの選択を迫られる。
「ここで捕まったら、命の危険があるかもしれない。カルケルは、モルブス公爵に知られる前に、私を亡き者にしようとしているかも......。逃げるしかないわね。」
セレーネは、冷静に状況を分析し、逃げ出すことを決意する。
「カルケル、落ち着いて。話を聞いて......。」
セレーネは、冷静に状況を打開しようとしていたが、カルケルは耳を貸そうとしない。セレーネは、ここぞとばかりに研究成果を披露することを決めた。
セレーネは、両手を上げ、左手に魔力を集中させる。そして、右手に外した指輪を乗せた。セレーネの魔力が指輪に集まり、圧縮されていく。
「セレーネ、何をしようとしている!? 悪あがきは無意味だぞ。」
カルケルは、セレーネの魔法能力を知っていた。
しかし、セレーネの統一理論は魔法の常識を超えていた。
セレーネは、少ない魔力で物理的なエネルギーを生み出し、それを魔法として攻撃に転じようとしていたのだ。
セレーネの右手に集まったエネルギーは、指輪を圧縮していく。
指輪の構成原子同士が融合し、ブラックホールと呼ばれる特異点が生まれる。局所的なブラックホールとなった指輪は、瞬時に蒸発に転じて膨大なエネルギーを放出する。
「きゃっ!」
セレーネは、予想を超えるエネルギーに驚く。理論とは違う結果に、焦りを感じる。会場にいた人々も、溢れ出すエネルギーに怯え、目を背ける。
「セレーネ、やめろ!」
カルケルが叫ぶが、すでに遅い。
セレーネは、右手で膨大なエネルギーを受け止めようとするが、制御できない。
「うそ......こんなはずじゃ......。」
セレーネの目の前が真っ白に染まる。
#悪役令嬢 冒険者編
「......ここは......?」
セレーネ・カルミカは、目覚めると森の中にいた。
卒業パーティーの参加者の姿はなく、彼女一人だけが取り残されているようだった。
「ここはどこなのかしら? 私が知る世界とは違うようね。」
セレーネは、貴族令嬢としての優雅な振る舞いを忘れず、冷静に状況を分析した。
「おいっ、あんた、逃げろ!」
突然、ハンターの声が響く。セレーネが振り向くと、そこにはイノシシに似た魔物が迫っていた。
セレーネは焦ることなく優雅にカーテシーをすると、左手を振るった。
「......!」
イノシシの首が吹き飛び、辺りに鮮血が飛び散る。セレーネの左手にはまだブラックホール蒸発の残滓が残っており、途方もない魔力が宿っていたのだ。
ハンターは、呆然とした表情で立ち尽くす。セレーネは、微笑みを浮かべると、落ち着いた声で言った。
「申し遅れました。私はセレーネ・カルミカと申します。近くの街までお連れいただけますか?」
セレーネが目覚めたのは、彼女がいた世界から遠く離れた地であった。
ここから彼女の冒険者としての道が開かれるのであった。