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君と英雄ポロネーズ  作者: 裏耕記
第一章 始まりの春
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5th Mov. 勉強と練習

「そういやさ、発表会前に中間テストあるじゃん。つむぎ、いつもみたいに発表会に向けて、ピアノオンリーの生活でしょ。大丈夫?」


 誰かさんの狙いなのか神田さんのタイプについての話が進んでいたのだが、当の神田さんが話題を変えた。男子は、いつも馬鹿やって笑っているって言われて、何も言い返せなかったので、僕は正直助かった。

 中野も、ここでもう一度踏み込むほど愚者《勇者》でもないだろう。


 そして、勉強について神田さんに水を向けられた伏見さんは、図星とばかりにあらぬ方向を見ている。


「まあ、今回は授業が始まって一か月しか経ってないしね。高校受験の範囲がほとんどだから、何とかなるでしょ」

「そ、そうだね。何とかなるね。だから、もうちょっとピアノの完成度を高めてても大丈夫なはず!」


「大丈夫なわけないでしょ! あんた昔からそれの繰り返しで、いつも私に泣きついてくるじゃない!」

「えへへっ」


「えへへじゃない! ったくあんたは、いつもそうなんだから」


 どうも伏見さんは勉強よりピアノ優先の生活のようだ。

 あまり勉強が得意じゃないのかもしれない。それに比べて神田さんは伏見さんのお姉さんのように面倒見が良い。


 かくいう僕もそう余裕がある訳じゃない。

 発表会に意識が持っていかれがちだけど、その前に実施される中間テストの勉強に集中しないとな。


 ……それにしても発表会なぁ。


 話の流れで制服で行くわけにいかなくなっちゃった。服装どうしようか。

 ちゃんとした格好の服なんて無いし、買いに行くしかないよな。


 でも、どんなのを買ったら良いか全然想像がつかない。

 ここは適材適所。中野にお願いしてみるのが良いだろう。

 あまりテストに近くなると迷惑になってもいけないし、早めに相談してみよう。


 ※


 テスト勉強の邪魔にならないようにって早い時期に誘ったけど、そんなこと気にすんなって言ってくれた。良い奴だ。

 発表会に向けて服を買いに行きたいと相談したところ、持っている服を確認しながらファストファッションで良い感じに揃えてくれた。良い感じというのは中野の意見で、僕はそこまで似合っているとは思えなかった。


 中野曰く、色は少なく、オーソドックスにしろ。

 そうすれば自然と纏まるって。

 彼のアドバイスで見立ててもらったのは、黒のジャケットと白いTシャツ。襟付きまですると逆に浮いてしまうんだそうだ。発表会の雰囲気からすると、そこまでカッチリしない方がいいとのこと。


 これに普段履いている黒いパンツと合わせれば、良い感じなんだって。靴は綺麗なスニーカーで良いってことだから、比較的安く済んだ。


 色味が少なくて、本当にこれで良いか分からなかったけど、制服も私服も格好良く着こなす中野のお勧めなんだから、きっと大丈夫。たぶん、サイズ感とか素材感とか僕に似合うようなものを選んでくれたんだろう。


 後は髪でも切っておこうかな。キッカケは偶然に近い形でピアノの発表会を見に行くことになった。だけど、伏見さんの本気度を見ていたら、ちゃんとしなきゃって思ってしまった。



 話は変わるが、発表会前にあった中間テスト。

 テスト前に買い物に付き合わせてしまう申し訳なさを感じていたが、当の中野は気にする様子もなく、二人で買い物に行くことを楽しんでいてくれた。


 実際、その後に判明したことだが、彼の中間テストの結果は僕より全然上で、学年でも上位クラスの学年5位。

 なお、僕は案の定、真ん中くらいの成績だった。その結果を知って、中野の心配をするより、自分の心配をすべきだったと恥ずかしい思いをした。


 ちなみに神田さんは中野の三つ下の8位。勉強が苦手そうにしていた伏見さんは僕より10番くらい上だった。あれほど神田さんにピアノ中心の生活を窘められていたはずなのに僕よりも上だなんて……。


 僕なんて部活もバイトもしてないはずなんだけどな。……おかしい。

 神田さんの勉強指導が素晴らしいのか、単なる伏見さんの謙遜だったのか。それとも僕がアレなのか……。



 釈然としないながらも時は過ぎる。

 明日は人生で一度も経験のしたことのないピアノの発表会というイベント。

 挙動不審になる自信しかない。


 幸いなのは、発表会の会場が通っている高校のある八王子市内だということくらいか。いくらかホーム意識が働いて、僕の心を安らぐかもしれない。当日は、いつも乗る電車で八王子駅まで行って、駅から高校へ向かうために置いている自転車に乗っていけば、すぐ着くはず。


 四月から繰り返していた、いつもの行動。

 ただの観客の僕が、こんなに緊張しても仕方のないことなんだけどさ。

 出演者の伏見さんは、どんな心境で明日を向かえるのだろうか。


 彼女は、のほほんと過ごしている僕なんかと違って、何か月も真剣に練習に取り組んでいた。授業中も眠そうにしているくらい、夜遅くまで練習していたらしい。それの集大成を明日の発表会で披露するのだ。

 伏見さんの心情を想像しただけで、胃がひっくり返りそうだ。多数の目が集まる場所でステージに立つなんて僕には無理だな。僕が出演者なら心臓が止まりかねない。


 きっと伏見さんはピアノが好きで好きで仕方ないんだろう。そこまで好きでいっぱい練習したら、発表会に出たいと思っても不思議じゃないのかもしれない。

 そこまで物事にのめり込まない僕には、理解できそうにない感覚だった。


 こうして、かなりの不安と勝手な想像を抱いたまま、発表会の当日になった。

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